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最期の質問

 魔王城というイメージからかけ離れた白を基調としたシンプルで美しい城は、内部で大きな争いがなかったらしく、目立った汚れも破壊の痕跡もなかった。

 何事もなかったかのようなたたずまいが、腕にかかる重みをより一層悲痛なものに感じさせ、幸雄は奥歯を噛みしめた。

 謁見の間までモンスターによる出迎えはなかった。

 おそらくほとんどが城外で待ち構えていたのだろう。

 たとえ悪魔隊長が魔王城を掌握してからずっとレッサーデーモンを製造していたとしても、それくらいの数は先程の魔法の一撃で仕留めていた。

 巨大な扉を押し開けると、巨人の城にふさわしい広大な空間がそこにあった。

 幅も奥行きも軽く五〇メートルはあるだろう。

 天井までの高さも二〇メートル近くあり、随所に見える壁面埋め込み式の光源のおかげで深夜にもかかわらず充分に明るく照らし出されている。

 そんな部屋の最奥、本来なら無貌の仮面をつけた巨人が腰を下ろしているはずの玉座に見慣れない姿の、だが明らかに邪悪な存在とわかるような毒々しさを放つ何者かが座っていた。

 その左右には先程首を刎ねたのと同じアークデーモンが控えているため、おそらくあれが悪魔隊長グレスドッドゥスの戦闘時の姿なのだろうと幸雄は思った。

「おいおい、それがお前の第二形態か? 第何形態まであるのか知らないが、面倒だから最初から最終形態にしておけよ? まったく二次元だけのお約束かと思ったら、こんなところにテンプレ野郎がいやがったぜ。まあ、ラスボスだし、そのくらいは許してやるか」

「ほう、この姿を見ても驚かぬか。異界のラスボスというのもあながち嘘でもないようだな」

 頭髪のない赤黒い頭部に雄牛のような角を突き立てた悪魔が立ち上がった。

 身長も二メートルを遥かに超え、隆々とした筋肉が全身を覆い、荒んだ仰々しい翼を背に持つ姿は第一形態とは似ても似つかないものになっていた。

 幸雄は、元の世界で見た悪魔の画像に似てるなと思ったが、特に恐怖を覚えることもなく、無感情と言ってもいいほどに冷徹な眼差しを向けるだけだった。

 既に感情を制御する重要な何かが壊れてしまっていたのかもしれない。

「殺る前にひとつ聞いておく」

「なんだ、小僧?」

「なぜ、魔王を殺した?」

「ふっ、最期の質問がそれか? いいだろう。教えてやる。そいつが親父の仇だからだ」

「なん……だと?」

 意外な返答に、思わず素でそんな言葉が漏れてしまった。

「聞いていないか? そうだろう。不都合なことをあえて言うわけがない。まだ一年も経っていないな。そいつはあろうことか『竜神』とも呼ばれる第一魔王にけんかを売った。そして当時の魔王軍の全隊長を率いて第一世界に攻め込み、返り討ちにあって隊長たちは全滅、だが大魔王の仲介もあってそいつだけは怪我ひとつなく逃げ帰ることに成功したのだ」

「――――っ!?」

「ラッテやダラリウスの父も当時の隊長で、その時に犠牲になっている」

 そんなバカな、と幸雄は思ったが、あまりの衝撃に声に出すことはできなかった。

 それに、魔王自身が言っていたこととも矛盾してはいない。


 ――先代の隊長たちは少し前に全員戦死した。


 だが、納得はできない。

 あの魔王が他の魔王にけんかを売るなど、到底考えられないし、隊長たちを無理やり引き連れていったとも思えない。

 むしろ何者かの罠にでも嵌められたのではないだろうか。

 異界のラスボス召喚という重要な召喚魔法で人違いをやらかすような男だ。

 それに、仮に第一魔王に無謀な戦いを挑んだにせよ、むしろ隊長たちは進んで魔王についていったのではないか、と思えてならない。

 なにしろ勇者に憧れていたこの自分でさえ、あの魔王にはなぜか気を許すようになってしまったのだから。

 間が抜けているにせよ、人徳だけは妙に備わっていたと言えなくもない。

 ならば質さねばならない。

「ラッテたちはそんなことは言ってなかったぞ。なのに、お前はなぜ魔王が第一魔王にけんかを売ったと知っている? なぜお前だけが魔王に復讐しようと考えた?」

「やつらはバカだからな。魔王にこうだと言われれば疑いもなく信じてしまう。だが、俺は違う。そいつにばれないように調査した。よく考えてみろ? 第三世界の魔王軍の全隊長が全滅だぞ? そんなバカな話を信じられるか! 絶対に何かあると確信して調べた結果が第一魔王への挑戦だ。バカバカしい。所詮、巨人の王ごときが竜の神に勝てるわけがないだろう。だから先代隊長たちは皆犬死にだ。俺はそれが許せなかった。絶対に仇を討ってやると思っていた。さあこれが俺の答えだ。満足したか、異界のラスボスよ」

「くっ……」

 正直なところ、これは想定外だった。

 ただの謀叛だと思っていた。

 己の野心ゆえに他の隊長たちを出し抜いて魔王を虐殺したのだと、そう思っていた。

 しかし、悪魔隊長の発言が事実なら、それは充分に魔王打倒の理由たり得る。

 悪魔だからではなく、人間だって肉親の仇討ちは誰もが考えてしまうことだからだ。

 だがそれでも、幸雄としては見知らぬ先代隊長たちの死の真相より、魔王虐殺の方が許し難い暴挙に思えた。

 考えれば考えるほど、その想いは一層強くなっていく。

 悪魔隊長の言葉がどんどん疑わしく思えてくる。

 むしろそうであることを望んでしまう。

 人は精神的に大きな衝撃を受けると、自分に都合のいいように解釈してそのショックから身を守ろうとすることがある。

 この時の幸雄もそれに近い精神状態になっていたと言えるだろう。

 だから真相がどうであろうと、自分が今ここで為すべきは魔王の仇討ちであるという方向へと思考が加速していく。

 この状況も幸雄が知るお約束とは外れていた。

 推理小説などを除けば、復讐を狙う者はそれを実行するまでに様々な人々と出会い、話し、復讐の実行に迷い、躊躇い、やがて説得されたり、実力行使で止められたりするものだ。

 その葛藤がドラマであり、その登場人物の生き様となって読者や視聴者を惹きつけるものだからだ。

 しかし、幸雄が復讐を決意した直後にその相手が目の前にいた。

 相手が語る事の真相も疑わしく感じられ、その激情を打ち消すほどの要因とはなりえなかった。

 そして、彼の行動を止めようとする者もまた傍にはいなかった。

 ふと静かな殺気を感じて幸雄が隣に目を向けると、ディフィルは既に剣を抜いていた。聞く耳すら持っていなかったのかもしれない。

 たしかに、いつからかは知らないが魔王との付き合いは自分よりも長く、深いものだったのだろう。

 あるいは、真相を知っていて、悪魔隊長の言葉に偽り有りと判断して怒りを募らせたのかもしれない。

 ――いや、きっとそうだ。こいつがそう簡単にキレるわけがない。

 幸雄は大事に抱えていた首を扉の横に設えられている棚の上に乗せて正面を向かせ、ついにまともに見ることの叶わなかったその顔に、なあ魔王、と語りかけた。

「これから行うことは復讐だ。仇討ちだ。数々の物語で、それを行おうとする登場人物が他の誰かに諌められてきた愚劣な行為だ。死んでいった者は誰もお前にそれを望んでいないと、過去ではなく未来と向き合えと、そんなきれいごとで教えさとし、それでも治まらない激情は戦うことで昇華してしまうんだ。復讐はさらなる復讐を呼び、その連鎖は誰にとっても悲劇しかもたらさない。俺だってそんなことはわかってる。いくつもそんな物語を読んできたし、その甘い考えにその通りだと賞賛を送ったこともある。だがな――」

 幸雄は一度目を伏せて振り返った。

「だが、それは勇者的な発想であり行動だ。今でもその考えがまちがってるとは思わない。それでも、今の俺は異界のラスボスであり……魔王、お前の代理であり、お前の遺志を継ぐ者だ。勇者でも正義の味方でもない。だからよお、この怒り、この憎しみを抑え込んでヤツを許すことが正義だと言うのなら、そいつは魔王代理たる俺にとっての敵だ! 俺はみずからの意思でお前の仇を討つ!」

 幸雄は改めて宣戦布告を突きつけるように、魔王から預けられた大剣――今や遺品となってしまった魔王の剣『フィズテイザー』を抜き放った。

 それは美しい剣だった。

 だがそれは、日本刀の刀身や波紋が描きだす曲線による怜悧で芸術的な美しさとは異なっていた。

 どこまでもまっすぐ貫き通すような、決して何者にも屈さない揺るぎない闘志を纏うかのような、そんな直線的な美しさだった。

 本来なら身長四メートル近い魔王用に幸雄の身長すら超える刀身を誇っていたが、今では魔王によって幸雄にフィットするようにそのサイズ、形状を変化させられていた。

 まるでこんな時のためにと、自分の後を幸雄に託そうとするかのように、魔王は自分の剣に大掛かりな魔術的処置を施して預けて行ったのだ。

「ふんっ、キサマも所詮はヤツの犬か。いいだろう、ふたりまとめてあの世で待ってるヤツの元へ叩き込んでくれる!」

 こうして最終決戦の幕が切って落とされた。

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