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二年ぶりの投稿です。。
【知らないということ】は恐ろしいことだ。今の私ならそう言える。けれど、【知らないということ】は幸せなことだろう。
あのころの私は幸せであったと思う。
学園の中でも上位に位置することで無駄に劣等感にさいなまれることも苦しい思いをすることもなかった。淡々としたその生活が楽しいとか幸せとか思ったことはないけれど。曲がりなりにも趣味があり、多少なりとも才能を認められ、自己否定で苦しむことはなかった。
きっと、それは幸せというのだろう。
その幸せとて常に不快なことや窮屈で面倒なことがついて回ったから、きっと外の人が思うようにただただ幸せに暮らしていたわけではないだろうけれど。
それでもきっと何不自由ない生活というのはわがままで気ままに見えたのだろうなと今なら振り返る。
遠ざかる地上と彼の姿をヘリの窓から見下ろす。はためくマントさえ判別がつかなくなり、私はやっと意識を機内へ向けた。
『やっと思考復帰?』
機内に滑り込んですぐに着けたヘッドセットからノイズ交じりに聞こえる声はやけに楽しそうだ。先ほどまでこちらはぎりぎりすぎてつかまるかとあせっていたというのに。ブンッという起動音とともにホログラム映像が浮かぶ。
「助けてもらって言うのもなんだけど」
『なんだい?』
「もっと早くこれたくせに何でぎりぎりに来たの?プロフェッサー」
白衣に黒縁めがねといういかにもという格好をしたその人はにやりと笑う。
『ぎりぎりのほうがなんだかドラマチックだろう?』
「リスクに見合っていない。非合理的ね」
『人生にはドラマが必要だよ。クアエシトール』
私はこのホログラムに写る人の名前を知らない。それは相手も同じこと。レジスタンスではお互いのために名前は明かさない。常に追いかけられているリスクとこうして通称で呼んでいれば、たとえ私が捕まっても【プロフェッサー】と外界でかかわりがあったということはスクールにはわからない。最低限【プロフェッサー】がスクールが探しているスキル保持者の誰に当たるのかということは決して判明しないのだ。そのためのただの合理性。
本人は、最近本名を忘れそうだとぼやいていたけれど。もともとスクールでもそんなに本名に愛着がわくわけでもなかった私としては、【私】を示す記号が変わっただけで特に支障はない。以前、それを話したら、これだから幼稚舎組は!とプロフェッサーに嘆かれた。
『それに、君と彼のハンターの関係はなんともドラマティカルじゃないか。それをよりリリカルにヴィヴィッドにするのがそのドラマを砂被り席で観覧する私という視聴者の使命だからね!』
「毎度のことだけれど理解できない」
『かまわないさ!出演者と視聴者が分かり合うことはない!』
至極楽しそうなその姿に相変わらずため息しか出ない。そんなプロフェッサーの腕だけは確かなのだから、人生ままならない。きっと私もどこかで誰かにはそう思われているのだろう。
「ところでこのヘリ追跡されてない?普段なら壁か地面を突き破って来そうなものなのに」
『あぁ、あれには飽きてきてね!』
「そう、飽きたの…」
正直呆れた声しか出なかった。どっと疲労が出たのも気のせいではないだろう。
『最近より高次元かつ高性能な光化学迷彩をアルスと作ってみたからそのオートヘリに搭載して、テスト飛行というわけだ!』
「ちょっと!」
『オートヘリの機能は問題ない。迷彩だってすでに数度試したがそのサイズでやるのは初めてというだけで』
安心してくれていいとプロフェッサーは得意満面な笑みを浮かべる。私は思わずこめかみをもんだ。
『その証拠にもうまもなく我々のベースにつくよ』
「早く寝たい…」
『まったく若人がそんな風でどうするんだい?クアエシトール はまだまだ若いのだからもっと精力的に活動しなくては』
「あんたに言われたくないっ!」
私よりもずっと幼い、ティーンの入り口に立っているプロフェッサーに向かって思わず怒鳴る。頭がよすぎるとどうも人格に支障をきたすらしい。私が言えることでもないと何度も思うけれど、プロフェッサーほど破綻していないとも何度だって思う。
『おぉ、怖い。そんなだとすぐに顔にしわがつくぞ』
「誰のせいよ…」
『私だな』
からからと笑うプロフェッサーに頭を抱えた。もう本当に早く休ませてほしい。
『まぁまぁ落ち着きたまえ。ほらベースにつく。続きは後でな』
「続きとかいらない」
『そういうな。アルス も心配して待っているのだから、顔を見せに来い』
スクールから逃げ出して、ここまでつれてきてくれた兄のような存在が脳裏に浮かぶ。あの人は無駄に心配性だから顔を見せないと明日大変なことになるだろう。しっかりしているし、そつがないのになぜか抜けているから。
「気が向いたらね」
それでも素直にいくというのが悔しくてそう答えるとプロフェッサーはできの悪い生徒をからかうように笑った。
『君の好きな茶菓子を用意してまっているよ、アルスが。また後でな』
ぶつりと消えたホログラムにため息をついて背もたれに体を預ける。ヘリは崖の一部に開いた浅い洞窟に見えるベースの入り口に向かってゆっくりと降下していっていた。




