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彼と、私の出会いはまだ私達が学生の頃だった。
巨大な学園のなかで理系と文系の人間が出会うことなんてあまりないわけだけども、偶然、同じ部活を選んだだけ。巨大過ぎる学校のなかではそれも十分な縁になり。会えば話したり食事をしたりするようになった。
私達が所属していた通称スクールと呼ばれる巨大な学園は政府直属のあらゆる分野で即戦力になるようなスペシャリストを育成する小中高大一貫の学校。もとは持つ者が世間に正しく才能を還元するために作られたという経緯があるらしい。一度入ってしまえば滅多なことでは出ることができない、望む望まないに関わらず。そんな閉鎖的な学園都市だ。
初等部過程はとくに区切りなどは存在しないが、高学年になれば選択授業などで、若干の専門性が出る。中等部過程になれば漠然と理数系と文系に分けられる。それも明確なものではないが、選択授業の幅が広がるためにそう見えるだけかもしれない。高等部過程では文系理系体育系芸術系に分かれ、系統が違えば、ほぼ知り合うことはない。複数分野について長けている場合は例外ではあるが。それがさらに細かく分類されるのが大学部過程。ここまでくると専門性はかなり高く、また、選んだ分野によってはプロの人間とともに突き詰めていくところも少なくない。
この世界には多くの職業が存在する。そのどの職業に関してもなりたいのならスクールに入学することがなによりの近道だ。才能があるものを受講することは強制だが、無理のない範囲なら意思を通すことができる。すべてランク付けされるため、ものにならなければ才能のある分野に押し込まれるリスクはある。しかし、どの職業であれ、オンリーワンとして存在を主張するためにはそこで無理やりにでも所謂才能を開花させるしかない。
まぁ、勿論というか、脱落者というものはいるわけで。厳しい監視を掻い潜り、スクールを抜け出す者が一定数いるのも事実。彼らの才能レベルにもよるがA、S、SSを持つ人間は大抵ハンターのターゲットになる。ハンターとはそういう人間を捕まえるために政府及びスクールが設置した職で、体育系と文系もしくは理系の二分野での才能が必要となる。
ハンターに捕まったターゲットは政府かスクール監視下に置かれ、自由がかなり制限される。ハンターとしての最終試験は才能の有無に関わらずターゲットを確保することというところを見てもこの職の目的が一つであることもよくわかるところだ。ハンターはターゲットの監視、保護も仕事としているところから多忙であるが、給料のよさや、他の職より自由が効くところからそこそこ人気のある職でもある。
私はそんなスクールに初等部一年からいる。幼等部はスクールには存在しないが、スクールと明言していないだけでスクール系列の幼等部は存在する。
二歳児だか三歳児だかの検診で見事ヒットしたらしい私はその幼等部に強制的に入園。そこからずっとスクール所属で寮住まい。家族の顔は疾うに忘れた。
同じような子供たちは何人もいたけれど皆暗い顔をしていた。簡単な話。スクールに入学すれば、家族と会うことはできないが、その分、家族に纏まった金額が渡されるのだ。慰謝料と言う名の。
そんな経緯で預けられた子供だ。お互いの才能だけをたよって生きていくしかない。仲がいいのではなく、ただ傷のなめあいだけが存在した。そんななめあいもランク付けがきつくなり細分化されるたびに格差が生まれ、上下関係が生まれた。この狭い世界でランク付けは絶対。割り当てられる教師から、部屋や食事、お小遣いと称されて配られる金銭にまで影響がくる。そのため自然と距離が空いてしまうのだ。
さらに入ってきたタイミングによってもグループが別れる。幼等部、初等部低学年、初等部高学年、中等部、高等部、大学で入る生徒は年に一人いるかいないかだ。必然的に単独行動を選択する生徒も増える。
私は自分の専攻分野ではないが、幸いなことにSとAとつけられた分野が存在したため、不自由しなかったが、幼等部で初めてつるんだ相手はそうでなかった。そのため、初等部に上がるころには深い溝があったが、お互いそれを悲しむわけではなく、なるべくしてなったととらえ、今では関わったという記憶さえないようにふるまっている。
スクールはそういう無味乾燥な場所だ。早くに入れば入るほど、人間関係が希薄になる偶には本当の友人になれることもあるようだが、なかなかそんなケースは存在しない。容姿から学力から運動神経からすべてをランク付けされて細分化されて競わされ劣等感を逆なでされてている環境。傷のなめあいや言葉の裏に隠された高いプライドによる優越感と劣等感。
ぐるぐると黒く渦巻く魔窟のようなここになれて、凍らせた心。砂を噛むような味気ない日常。それが変わったのは彼に出会ったそれだけ。
これから私は想像もしなかった未来を歩むことになるなんて私はこのときかけらほども思っていなかった。




