第28話 記者の懺悔
第28話 記者の懺悔
■キタ・タロウ 視点
五月の終わり、重たい雲が垂れ込めた空の下、出版社「ブンゲイ社」では誰もが言葉少なだった。
応接室の一角。キタ・タロウは、娘・カナエが生前に書いた一枚の作文をじっと見つめていた。
——『わたしのおとうさんは、ひとのわるいところをしらべて、にんきものにするおしごとをしています。でも、あるひ、がっこうで“あんたの親のせいで死んだ人がいる”って言われました。わたしは、どうすればいいのか、わかりませんでした』
震える指でその紙を撫でながら、キタは天井を仰いだ。
「……ごめんな、カナエ」
その言葉は、すでに帰らない時間と、娘の無言の問いかけへの答えだった。
■謝罪文の全文公開
数日後。記者としては極めて異例の行動に、業界はどよめいた。
キタ・タロウが自身の名前と顔写真を明かしたうえで、公に謝罪文を発表したのだ。
《私は、報道の自由を盾にして、人の人生を“素材”として切り取ってきました》
《その結果、一人の芸人のキャリアを奪い、家族を壊し、娘を復讐者に変え、そして命までも……》
《それでも私は、“事実に基づいた報道”だと信じていた。責任から目を背けていたのです》
《しかし、娘の苦しみを前にしてようやく理解しました。報道が“正義”になるには、相手が“人間”であるという視点が絶対に必要だということを》
《タカタ・ユナさん。あなたの命が私に残したものは、“償いの意志”です。私はあなたを許してほしいとは言いません。ただ、これからも問い続けます。あなたの沈黙に、言葉で応え続けます》
■記者クラブでの会見
キタは壇上に立ち、淡々と語った。
「私は、取材という名のもとに、常に他人の人生を“切り売り可能な素材”と見ていました。人間としてではなく、“数字の対象”としてしか捉えていなかったのです」
「ヒサシ氏の記事も、“売れる”としか考えていなかった。そこに、“人間”は存在しませんでした」
「結果として、私は彼の死に加担し、ユナさんを孤立に追いやりました。……私は“殺した”とは言いません。でも、“火を点けた”のは間違いなく、私たち記者です」
報道陣は誰も反論できなかった。
■アユミ 視点
その会見をモニターで見つめるアユミは、机上のスマートフォンに映るコメント欄を見ていた。
【謝って済む話じゃない】【でも、ようやく言った】【あの子の死が、ただの炎上で終わらないなら……】
「……これが、ユナが求めた“責任のかたち”なのかもしれないね」
彼女はノートにこう記した。
——「言葉で壊された世界は、言葉でしか立て直せない。私たちは、その責任を受け継ぐしかない」
■レイナ 視点
その夜、レイナはユナのチャンネル「YUNA/REVENGE」に新たなピン留めコメントを加えた。
【記者の一人が、沈黙を破りました。それが遅すぎるものであっても、私たちは記録します】
【ユナの死が、ただの悲劇で終わらないように。誰かが、誰かの“過ち”を受け継ぎ、修正できる世の中でありますように】
そして、最後に映像でユナの言葉が流れた。
——「報道が命を奪ったのなら、その命で社会を照らしてやる。それが、私にできる“最後の復讐”だから」
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