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痛いこと

「男って?」


 おれは目の前で涙を流すトパジーに尋ねた。


「わたしメイドといたの。お部屋にいたの。夜ねむってたら、いきなり……男の人が……」

「……おい、ちょっと待て。それって城でのことか?」


 おれがさらに質問すると、トパジーはこくりとうなずいた。「何日も来た」とトパジーが言う。〝そこ〟で何があったのか、〝何をされたのか〟なんて、いくらガキなおれだって理解できる。いや、詳しいトコはわかんねーけど、でもトパジーが酷いことをされたってことくらいわかるよ。


「ママ助けてって言ったら、そしたら、ママが『そんなこともできないなら敵を殺しなさい』って。わたしイヤだったよ。ぜんぶイヤだった!」

「はあ!? なんだそりゃ! 女王はオマエを助けなかったのかよ!」


 なんだあの女王。ふざけんなよ! おれはつい大声を出した。そんなこともできない? イヤがる相手にさせることじゃねーだろ。


「それでオマエは戦場に呼び出されたのか?」


 おれが訊くと、トパジーはうなずいた。


「お部屋に戻るとママが男の人を呼んでくるから……でも外で魔法を使うのもこわかった……」

「……ママが呼んでくる? じゃあその男たちは女王がトパジーの部屋に来させたってことか? なんだよそれ……」


 なんで自分の娘にそんなひどいことができるんだ?

 いや、ちょっと待てよ。そしたらトパジーはもう女王に操られてなんていないんじゃないか? だって、もしも今も女王がトパジーを操ってるんなら、トパジーの部屋でおとなしくさせてたはず。だからってひとつも状況は良くなってないんだけど。

 やべー、頭にくるあまり言葉が何も出てこない。ミリアやドモンドのジジイがこれを知ったら――あ。そうか。


「だからジジイのことも怖いんだな?」


 おれの思ったとおり、トパジーはまた首を縦に振った。トパジーがジジイにまで怯える原因が今までわからなかったけど、これで納得だ。なんだ、ジジイがトパジーに嫌われたわけじゃねーんだな。それはよかったけど、全部に『よかった』なんて言えない。あーくそ、はがゆい。つまりトパジーは〝男〟に対して怯えてる。けど、どこもかしこも男ってもんは居るし。


「ん? だけどトパジー、おれのことは平気なのか?」

「フェジュは……わたしに痛いことしないって言ってくれた。だからこわくない」


 トパジーはおれが戦場で言ったことをおぼえてくれているようだ。嬉しいな。


「だったら、おれと約束してくれないか? おれはオマエに痛いことはしないし、させない。だから帝国兵を攻撃しないって約束してくれないか」

「約束したら……男の人は来ないの?」

「来ない。近づけない。怖い思いはさせない! オマエのパパのかわりにはなれないけど……おれがここでの、オマエの居場所になってやるから。な?」


 七年前はおれがヴィクトロに居場所をもらった。おれを操って傭兵団に売り飛ばしたおれの産みの親に怒ってくれた。痛いことは悪いことだ。だけど今度はおれが、ヴィクトロの大切な子どもを守らなきゃ。

 トパジーは何度もうなずいてくれた。見てろよヴィクトロ。おれだってオマエみたいになってみせるんだから。


「つくづく甘いガキだねぇ」

「……ラフェン!」


 おれとトパジーのもとにラフェンが現れた。こいつ、まさか話を聞いてたんじゃ。


「帝国兵を攻撃さえしなければ俺が黙ってるとでも思ったかぁ?」


 ああ、くそ。やっぱり聞かれてた。ラフェンはいまトーワのおっさんの護衛をしていると思って油断してた。


「頼む、ラフェン。見逃してくれ。トパジーはもう帝国兵を攻撃しない。王国兵はおれがやっつける」

「あららー、手持ちの札がなくなったとたん情任せのゴリ押し懇願か? フェジュ。ンなもん誰にでもできるっつーの。そんでもって情に流される俺じゃねぇーんだっつーの。俺が流されるのは……」

「金と皇帝だろ。わかってるよ」

「ハイよくできました。じゃあ、おまえはそのどっちも用意できないってこともちゃんと理解できてるよな」

「わかってる! けど……」


 おれが言いかけると、右肩にラフェンの肘が乗っかってきた。


「『トパジーを操るなんてイヤだ』? おまえいい加減にしろよ。自分が置かれてる状況くらい自分でわかれ」

「でも!」

「俺がこの世で嫌いなもの、『でも』『だって』とかヌかす子ども。そんな言葉を使うガキの理想が通用するようにはできてねぇんだよ、オトナ相手の社会はさ。いや、わかる。おまえの気持ちもわかるぜ? そりゃ俺も昔はガキだったもん。けどなぁ」


 ラフェンはおれから身を離し、屋上のふちに向かっていく。


「今おまえがいる場所はオトナが支配してるんだわ。おまえの理想ばっか追い求めてくれねぇんだよ、オトナたちは!」


 そう言ってラフェンは屋上から飛び降り、壁や屋根づたいに地上へ向かっていった。おれとトパジーは屋上からラフェンの姿を追う。

 ラフェンが向かっていったのは、この古城に来る寸前のシュバルの車だった。貨物車だ。食料はもちろん、人間も乗せている。


「……あれは!」


 頭巾で髪は隠れてるけど、シュバルが引く貨物車に乗せられてるのは、おれの弟と――産みの親であるヤーデだ。

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