やっぱりガキだ
そのあと、おれはミリアとトパジーが眠る部屋の前に戻り、扉の前で考えていた。
トパジーに操りの魔法をかければおれの弟は帝国に利用されることはない。魔法で人殺しなんて、まだ小さい弟にはさせられない。それに、トパジーには〝帝国に従うように操る魔法〟をかけるだけだ。トパジーの意志すべてを操るわけじゃない。帝国へ刃向かわないようにさせるだけだ。
これはトパジーのためでもある。もしもまたトパジーが帝国兵を攻撃したら、それこそトパジーはラフェンや皇帝に殺されかねないんだから。トパジーの命を守るためだ。そうだ、おれはトパジーを守るって決めたじゃないか。
「くそっ」
おれは扉にもたれかかり、その場に座りこんだ。
何ゴチャゴチャ考えてるんだ、おれ。ハッキリわかってるじゃねーか、トパジーを操るなんてイヤだって。何が『トパジーのため』だ。そんなわけないってこと、自分でもわかってるじゃねーか。おれはただ自分の都合のため、弟のためにトパジーを――利用してるだけだ。おれがトパジーを利用してるんだ。
それに。
それに、トパジーを操ってしまったら、トパジーのヴィクトロへの愛情まで消えてしまうんじゃないか?
トパジーは母親である女王に操られたことで、双子の兄シュタ王太子ともども血の繋がらない父親である(ただし、王太子やトパジー本人はヴィクトロを本当の父親だと思っていた)ヴィクトロに初めての愛情を向けた。その愛情の証拠に、ヴィクトロは結晶化してしまった。なら、魔法が未熟なおれがヘタにトパジーの心を操ってしまっても、トパジーのヴィクトロへの愛情はきちんと残るのだろうか?
トパジーがヴィクトロの父親だと思わないようになるなんて、おれイヤだよ。たとえ血が繋がっていなくても、トパジーの父親はヴィクトロだ。
――『あれもイヤこれもイヤでこの世は生きてけねぇんだぜ、アホガキ』
ああもう、わかってるよ。ラフェン、オマエの言うとおり、おれはアホガキだ。
イヤイヤ言うんじゃなくて、どこかで何かを我慢する。それが〝おとな〟なんだろ。
ヴィクトロが家族のところから離れてまでおれを助けたように。おれと引き換えに自分のシュバルを売ったように。ドモンドのジジイが女王への忠誠のためにヴィクトロを殺そうとしたように。ミリアがヴィクトロへの愛情を隠していたように。キャムが何かをわかっていながら暗殺されたように。〝おとな〟って、そういうモンなんだろ。
べつにおとなを馬鹿にするつもりはない。だってみんな、何かを守りたかったんだ。誰かのために我慢したんだ。それって、すげーよ。
おれはヴィクトロとの会話を思い出す。
『人間はいつだって、あっという間に年齢を重ねていく。キミかおとなになる前に、きちんと教えておきたいのだ』
『戦えない者を守ること、を?』
『ああ』
あれから七年。たぶん、今が、おれがおとなになるときなんだ。
でも困るよ。守りたい、戦えないヤツがふたりもいるんだぜ、ヴィクトロ。
ラフェンからトパジーを操れという命令を受けてから、あっという間に二日が過ぎた。今は三日目の朝。
おれはまだ魔法を使えていない。悩みすぎて魔法の授業も手につかない。テーブルを挟んだおれの向かい側では、トーワのおっさんが困ったようにこっちを見ている。
「何か悩みごとかい? ぼんやりしているね」
「おれにもいろいろあるんだ」
「そうか。気難しい年ごろだからね」
「そー。難しいんだよ」
今日の授業はよりにもよって〝操りの魔法について〟。タイミングよすぎだろ、悪い意味で。
「ぼくでよければ相談に乗るが」
「いいよ。自分で解決するよ」
解決できずに三日が経っているわけだが。
「……だが、悩むことができるというのも、人間にとって大切なことなのだろうね」
おっさんが続ける。
「悩んでいるきみには悪いが。しかし、たとえばこの紙に書いてあるような〝操りの魔法〟をかけられた人間は、悩むことすらできないのではないかと思うんだ、ぼくはね」
「悩むことすら?」
「うん。ぼくの妹アダマーサは自分の子どもを操っている。六歳になる子どもを。子どもの愛が誰に向くのかを、自分の意のままにしたいんだ。とうぜん子どもの愛はアダマーサの思惑どおりの人物に向いたが……それって〝本当の愛〟と言えるのか、ぼくには不思議でね」
「本物の愛情じゃないって言うのかよ?」
「だって、愛したくて愛するわけではないのだろう、操られているのなら」
そんな。それを言ったらトパジーは!
「つくづく、誰かを操るなんて罪深いことだと思うよ」
おっさんはそう言い終えた。
罪深い。そうだ、おっさんの言うとおりだ。人が人を操るなんてふざけてる。おれだって産みの親に操られて傭兵団に売り飛ばされた。そのせいで殺されかけたりもした。誰かを操っても良いことなんかない。
「そうだな」
おれは、そんなことしか言えなかった。なんで、おっさんに言われるまで気づかなかったんだ、おれ。
授業が終わり、おれは古城の屋上にトパジーを呼び出していた。空はもう赤い。
「トパジー。だいじな話があるんだ」
「なぁに?」
数日をともに過ごしているおかげか、トパジーは初めて会ったときよりもより自然におれと話してくれるようになった。喜んでる場合じゃないってことはわかってるが、やっぱりなんだか嬉しい。
「あのな。よく聞いてくれ。おれ、オマエを操れって言われた」
「え?」
トパジーは目を丸くさせる。この夕焼け空と同じ、いや、それ以上に赤い瞳を。
「ラフェンって兵士のことはオマエも知ってるだろ? アイツに言われたんだ。トパジーがもう二度と帝国兵を、帝国を攻撃しないようにさ」
今おれがトパジーに打ち明けていることはズルだ。やっちゃいけないことだ。
命令を受けたことはミリアにだって明かせられない。ラフェンは皇帝のためなら誰にだって容赦しなさそうだし、わざわざ深夜におれに命令したってことは、ほかのヤツには内緒にしろってことだろうから。
「でも」
おれは続ける。
「おれはそんなことしたくない。大切な人を操ることなんてしたくない。トパジーさえ帝国を攻撃しなければそれで済むんだ」
「わたしが……帝国を……」
「……王国でオマエに何があったのかは知らない。だけど、オマエ、あのとき泣いてただろ? 戦場で泣くってことは、戦いがイヤだと思ってるってことだ。ううん、ほかにも何かがオマエを悲しませてたのかもしれねーけど……けど、戦いは怖かっただろ?」
おれの言葉の途中、トパジーはうつむいた。
「あのさ。うまく言えないんだけど、人を操るって、ダメなことだと思うんだ。何より、ヴィクトロが大切にしてたオマエのことを操るなんてできねーよ。オマエを戦わせることもな。だからおれと約束してくれないか? もう帝国を攻撃しないって」
すると――トパジーが涙を流し始めた。
「トパジー?」
「……った」
「ん?」
おれは震えるトパジーの頭を撫でる。
「こわかった……! いきなり……男の人が……」
「……男?」
なんのことだ?




