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〝おとな〟(?)なラフェン

「お姫様を魔法で操れば、おまえのこの腕は助かる。おまえの弟にも手出しはしねぇ。それとも今ここでおまえの腕を俺に斬り落とされるか――もちろんそんなことをしたらおまえは魔法が使えなくなるが、そのためのおまえの弟だ」


 きっと皇帝から言われたんだろう。おれにトパジーを操らせろって。おれの心を見透かしたようにラフェンはにやりと笑う。


「勘違いするなよ。俺ら帝国は〝おまえ〟が必要なんじゃない。緑頭、いや〝魔法使い〟という人間兵器が必要なんだ」

「ンなもん、わかってるよ……」


 要するに、帝国のあるじ、皇帝は、おれの価値を〝魔法使い〟としてしか見出していないってことだ。そのためなら大金だって惜しみなく動かせる。それくらい、魔法使いは希少価値が高いから。


「オマエら〝おとな〟は、おれたち魔法使いのガキを自分たちの都合よく利用したいんだってことくらい、よーくわかってる。七年前からな」

「うんうん、頭のほうは意外にも上出来だねぇボクちん。えらいねー、俺ぁ見直したヨ!」


 ラフェンはおれをからかうようなイヤな顔を浮かべた。


「んじゃァこっちの都合もその頭でキチンと理解してくれるよな? くれねぇとは言わせねぇぜ」


 かと思えば、またすぐにぶっきらぼうな顔に戻った。こっちの顔がラフェンの素顔だっつーことは、こいつと付き合いの浅いおれだって知ってる。


「ひとつオマエに教えとくけど……トパジーはすでに操られてるぞ」


 おれはラフェンにそう言った。ラフェンは首をかしげる。


「あ? 誰にだよ?」

「女王に。トパジーがヴィクトロ――女王の元配偶者のことを初めて愛するようにって女王が魔法をかけたんだ。七年前な」

「なんじゃそりゃ。ヴィクトロも本ッ当に大馬鹿野郎だなぁ……けど、ふーん、それは初耳だよ。教えてくれてサンキュな」


 おれの手首に剣を当てたままラフェンは続ける。


「女王がかけたその魔法が現在も効いてるのかはわかんねぇがよ、それならますますおまえがお姫様を操ったほうがいいんじゃねぇの? いや、マジなとこ、な? それがお姫様のためだぜ。これは俺の優しい優しい心からのアドバイスだ」


 トパジーのため? おれに操られることが?


「おおかた女王に操られて戦場に来たんじゃねぇの、あのお姫様? 俺は女王に会ったことはねぇけどさぁ、四方八方からのいろんな話やウワサを聞くに、女王がとんでもなくロクでもねぇ女だってことは容易に想像つくしよぉ」


 たしかに、ラフェンの言うとおりなのかもしれない。トパジーが女王に操られて泣く泣く戦場に駆り出されたってのも、ありえねー話ではない。だけど、じつの娘を戦場に? 魔法使いっていう希少な血筋の人間である娘を、危険な戦場に行かせたのか、あの女王は? いや、それを言うなら傭兵をやってるおれって。でも、おれは王族じゃないし。ああもう、わかんねー。

 けど。けど、ここでおれがトパジーを操らないと、今度はおれの弟が戦場に駆り出される。弟はまだ七歳。七年前のおれみたいに、戦いも、世間のことさえまだ何ひとつとして知らない子どもだ。子どもなんだ。ここでおれが選ばなきゃならないのは――


「んーで、どうすんだ、フェジュ? いいかげん決めたかぁ?」

「わかったよ……」

「お?」

「わかった。トパジーを操るよ。だから弟には手を出すな」


 おれの手首から剣が離れていく。だが、手首をつかむラフェンの手は動こうとしない。


「その言葉、ウソじゃねぇな?」

「ウソついたらどうなるかってことくらい理解できてるよ。だからもう離せ」


 ラフェンはおれの手首を解放し、剣を渡してきた。


「期限は明日含め三日だ。それまでに、やれ」


 それっきり、ラフェンはこの場を立ち去ろうとした。おれはラフェンの背中に「なあ」と呼びかける。


「ラフェン、オマエはヴィクトロのことよく知ってるのか?」


 さっき、こいつがヴィクトロのことを『大馬鹿野郎』って言ったのをおれは聞き逃しちゃいない。


「まっさかぁ」


 ラフェンは肩越しに笑う。


「ヴィクトロとはたった一度、剣を交えただけだぜ。メンテリオの家の外でな。おぼえてんだろ、おまえも?」

「うん」

「ただ、アイツが俺に言った〝名を誇れ〟ってのが気に入っててね。そのときアイツを殺しそびれたのは非常に心残りではあるんだが、べつに、それだけさ」

「そうなのか」


 相づちを打ったおれに、まだ話があんのか、とラフェンが視線を飛ばしてくる。


「ラフェン。おれ、オマエが悪人なのか良いヤツなのか、わかんねーや」


 見た目はどう受け止めても悪人なんだけど、なんて言うのかな、ふとしたときに〝良いヤツの顔〟をする。ドモンドのジジイに金で動かされたとはいえ、トパジーがこの古城に住むことを見逃してくれたのもこいつだ。さっきは『サンキュ』って言葉も聞こえたし。


「ハッ」


 なんて考えていると、ラフェンに鼻で笑われた。


「そういう見極めも自分でできねぇうちはまだまだガキってもんよ、ボクちん」

「ばかにすんなよ」

「聞けって。オトナってのは、自分の価値観で善悪を判断しなけりゃなんねぇんだ。こないだおまえンとこのジイさんから賄賂を受け取ったのは、俺にとっては善だった――そんなふうにな。いちいち手とり足とり教えてくれる人なんざいねぇんだぜ。……おっといけねぇ、こんなにかっこいいオトナな俺を見習う気にさせちまったか?」

「ぜんぜんなってねーけど。賄賂って、悪いことじゃねーの?」

「そんなおカタいコト言うなよ〜、ガキくささ丸出しだぜぇ。だって俺は金が好きなんだもぉん。自分の命と皇帝陛下と同じくらい大切なモンだからな、金ってヤツはよぉ〜!」

「ふうん……」


 金か。オトナがホイホイ動かすような大金さえあれば、いろいろ片がつくのかな。今、目の前にある問題も。


「……まあ、けど」


 あ、ラフェンが素に戻った。


「おまえは自分にとって大切なものがなんなのかは、ちゃんとわかってるみてぇだし。そのまんまスクスク育っていきゃぁいいんじゃねぇーの」


 こいつ、やっぱり良いヤツだ。不思議とそう確信した。でも、その良いヤツの口からイヤなことを命じられたのも事実だ。それが〝おとな〟なのか?

 ラフェンの去りゆく足音を聞きながら、おれは自分の両手を見た。トパジーを――操らないと。

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