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ヤーデの息子

「まさか、きみがヤーデの息子だったなんてね。どうして会ったときに言ってくれなかったんだい?」


 翌日。古城の一室にてさっそく開始されたおれの魔法の授業中、先生であるトーワのおっさんはそう尋ねてきた。


「どうしてって言ったって」


 おっさんが簡単に書きとめた魔法の説明を読みながらおれは答える。


「気まずいだろ、そんなもん!」

「どうして?」

「どうしてって……そう何回もどうしてどうして訊くなよ!」

「まだたった二回だけど。すまないね、生き返ったもののわからないことだらけなんだ」


 おっさんが生き返ったのは一年前だったっけ。


「おっさん、何年死んでたんだ?」


 まさか人間にこんな質問をするとは思わなかったぜ。つーか、人間が本当に生き返るとも思ってなかったけど。


「おっさん、ホントに死んでたんだよな?」

「きみも質問だらけだね」

「まだたった二回だっつーの!」

「ふふっ」


 緑髪を耳にかけながらおっさんが笑った。おれも、つられて笑うしかなかった。


「トパジーとは仲良くやっているかい? あの子の様子はどうだ?」

「うーん……トパジー、おれかミリアがそばにいないと不安がるんだよな。ほかのヤツには懐いてない。今はドモンドのジジイとラフェンと一緒にミリアのところにいるよ」

「そうか」


 おっさんはテーブルに手を置きながらうなずいた。テーブルの上にはおっさんが用意してくれた紙だらけ。魔法の基本的な使いかたとか、種類とかが書いてある。


「先ほどの質問だけど。ぼくは二十年くらい死んでいたようだ。その間の記憶や意識というのかな、とにかく感覚がすっぽり抜けていてね。だから本当に死んでいたと思う」

「確証はないのか?」

「うん。だって、死ぬなんて初めてだしね」


 まあ、そうか。生きてる人間、誰だって死んだことはない。ましてや生き返るなんてめったにない経験だよな。


「その二十年間で、おれの産みの親――ヤーデはローリー帝国に拉致されたんだ。そこでおれと弟を産んだ」

「きみ、弟がいるのかい」

「あんまり会ってねーけどな。弟はヤーデとその夫のメンテリオって男と暮らしてるよ」


 すると、おっさんは手を引っこめた。


「じつの家族なのに、なんだか他人行儀な口ぶりだね」

「……それが最初の質問の答えだよ」


 おれがそう言うと、おっさんはさらに訊いてくる。


「ならどうして弟を庇って帝国に買われたんだい?」


 ルーグに言いくるめられたとはいえ、おれが帝国に買われたことがおっさんには不思議でならないらしい。


「守ろうと思ったからだよ」


 おれの返答におっさんは首をかしげる。


「弟はまだ小さい。だから戦えるおれが守るんだ。おれは大切な人から『戦えない者を守ること』を教わったからな」


 忘れもしない、ヴィクトロに教えてもらったことだ。

 おっさんは「そうか」と小さく返事を寄越した。


「なあ、おっさんは、自分の奥さんのこと聞いてるのか?」

「バマリーンのことだね。直接、妹に――アダマーサに聞かされたよ」


 バマリーン。七年前、おれはヴィクトロやミリアと一緒にその人を探した。結局その女の人は、王城の地下で殺されてたんだけど。あの死体を見たときの悪臭とか、異様な光景は七年経っても忘れらんねーな。殺されたうえで内臓をまさぐられたんだから、バマリーン――おれのばあちゃんも浮かばれないぜ。


「そんな話を聞かされてなお妹に心を許して信じることなんて、できるわけがないよね」


 おっさんは自虐気味に言うのだった。




「ミリア! トパジーと三人でメシ食おうぜ!」


 その日の夜、おれはトパジーと一緒にミリアの部屋を訪れた。ミリアはベッドから身を起こす。


「ごはん食べようぜ、ですフェジュ。ヴィクトロ殿下にも指摘されたでしょうに」

「……メシ食べようぜ! パンスープ。トパジーと作ったんだ。これならミリアも食べやすいだろ?」


 おれが持つトレーの上には三人分のメシがある。


「トパジー殿下に料理させたんですか、フェジュ!」

「そんなに怒るなよ。怪我はさせてないそ。おれが作ってるあいだ、トパジーが暇そうに待ってたんだよ。なあトパジー」


 トパジーは無言のままうなずく。トパジーは料理を始める前、いや、魔法の授業を終えたときからおれにべったりだ。

 ミリアがトパジーとついでにおれへと礼を言い、おれたちは夜飯を食べ始めた。


「ミリア、だいぶ動けるようになったな。よかった」


 床に座っているおれはベッドに腰かけるミリアを見上げた。その横ではトパジーがもくもくと食べている。ミリア、戦場ではひどい怪我に見えたけど、本人は今やケロッとしている。


「ドモンド様がルーグのところから薬を持ってきてくれたんです。そのおかげですね。戦時中とはいえ、この古城には必要な物資がありますから助かってます」

「でも、物資もいつまで保つかわかんねーよな。いつも屋上から戦場を見てるけど、毎日やってるし」


 とか言ってるおれ自身、いつ戦場に駆り出されるかわかんねーし。というか元々傭兵だから、本当は今ごろ戦ってなくちゃおかしい。それを免れてるのはひとえにおれが未熟な魔法使いだからだ。魔法使い、か。


「なあトパジー、もしおれが戦場に行っても、オマエはここに残れよ。ドモンドのジジイとかトーワのおっさんと一緒に」

「……トーワ……?」


 トパジーが緑髪を震わせながらスプーンを置いた。


「やだ!」


 そして叫んだ。

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