トパジーの怯えかた
帝国のはじっこ、ゴーダ領の山中にその古城はあった。石づくりの古くさい城。付近はなだらかな山ではあるものの、古城の屋上に出れば隣接するアグマ領の戦場が見渡せる。今日も戦いが続いている。
おれやミリア、ドモンドのジジイ、それからトパジーが古城に来て五日。おれにはまだ出動命令は下されていない。もしも戦場に出ろと言われるときは、皇帝が放った機械ネズミがおれのところに来る手筈になっている。なんだかちょっとドキドキする。悪いドキドキだ。
「……フェジュ……」
「ん? ああ、トパジー」
屋上で戦場を眺めていると、階段をのぼってきたトパジーがあらわれた。
「ミリアの部屋で昼飯食ってたんじゃなかったのか?」
トパジーは食べかけのパンをひとつ両手で握っている。
「……人が来た」
「見張りの兵士か。まだ慣れない……よな、やっぱり」
トパジーには見張りの帝国兵が付きっきりだ。トパジーの何歩かうしろ、あるいは横、正面から、とにかくどこにいても兵士がいる。トパジーはそんな生活にまだ慣れていないようだ。城に兵士――いくら衛兵を見慣れているトパジーでも、王女として王国で暮らしているときとはワケが違うしな。
「じゃあ、そのパン、ここで食べ終わっちまえ。おれがいるのは平気だろ?」
「うん……」
うーん。なんかオカシイんだよなぁ。トパジーの人に対する怯えかた、普通じゃない気がする。
おれとミリアに対してはなんの問題もなさそうなんだけど、帝国兵はもちろん、ドモンドのジジイにもすごく怯えるんだ。ジジイも不思議がってると同時に「ワシ、殿下に何か悪いことしたのじゃろうか……」ってものすごい暗い顔で落ち込んでる。そりゃもう目も当てられないほどに。ジジイはトパジーと血の繋がりはないとはいえ、七年前まで孫として、守るべき王女として接してきたんだ。その相手からあからさまに怯えられちゃーな。ちょっと気の毒。
「あ。そういや、トパジーって何歳なんだ? おれは十五歳!」
「……十三歳」
「なんだ、おれのほうがオニイサンだな! じゃあシュタ王太子も歳下かぁ」
「おにいちゃんのこと、知ってるの?」
「えっ? あ、ああ……そりゃ、まあ。ヴィクトロに聞いたんだ」
「……パパのことも知ってるの?」
うっ、やべー。トパジーはおれがヴィクトロやミリアと旅をしてたことを知らないんだ。おれ、何から話せばいいんだろう。どこまで話せばいいんだろう。
「パパ……どこにいるの……?」
「それは……」
「わたしが六歳のときに、とつぜんいなくなった。六歳のとき、おシュバルさんごっこで遊んでもらってから、それきり……」
おシュバルさんごっこってなんだろう。
「みんな、パパはいなくなったって言う。こないだミリアもそう言ってた。なんでいなくなったの。パパに会いたいのに……」
この流れは、マズイ。
「よ、よーし、その話はあとだ! 先に食えって。なっ!」
「……うん……」
ふう。ひとまず、〝あの流れ〟は回避できた。よしよし、よくやった、おれ。ちなみにあれ以来、トパジーの発作(と、おれやミリアはそう呼んでいる)は一度も起きていない。
「お?」
もぐもぐとパンを食べているトパジーの横で、おれは眼下の様子に気がつく。シュバルに乗った人が何人かいる。そのうち大半は兵士だ。あっ、あの紫髪はラフェンだな。そしてあのフードをかぶった人は。
「トーワのおっさんだ」
「……えっ」
おれがその名前を呼んだ瞬間だった。トパジーがパンを落とし、おれに抱きついてきたのは。
「……えっ。えっ? トパジー、どうした? どうしたんだ!?」
え? なんでおれ、トパジーにひっしと抱きつかれてるんだ? わけがわからねー! おれ、どうすりゃいいんだ。
「……って」
「ん? トパジー、今なんて言った?」
「守って……!」
そのとき、トパジーの肩が、見たこともないくらい震えていた。怯えてる。なんでだろう。不安なのかな。
「ああ。トパジーとトーワのおっさんのことはおれが守るよ。心配すんなって!」
トパジーは安心してくれた、のかな。わかんねーけど、おれから身を離し、うつむいた。おれ、かける言葉を間違ったかな。ますますわかんねーな。
「このパン、落ちて汚れちまったし、おれのパンと取り替えてやるよ。下に行こうぜ」
「いらない。おなかいっぱい。ここにいたい……」
「でも、ずっとここにいると風邪ひいちまうぞ。風が吹いてるし、寒いだろ」
「風邪ひいたほうがマシ」
「なんでだよ! 風邪ひいたら動けなくなっちまうぞ。それに、トパジーが病気したらおれが怒られるよ」
ミリアやジジイ、ラフェンの野郎からボッコボコにどやされる。
「フェジュ! と、トパジー殿下……ここにいらっしゃいましたか」
おれが困っていると、助け船もといジジイがあらわれた。ジジイはトパジーを見ると気まずそうにし始めたけど。
「トーワ殿下のご到着だ。フェジュ、お迎えしろ。トパジー殿下も……トーワ殿下のことはご存じでありましょう?」
トーワのおっさんは生き返ったあと、先日まで女王――アダマーサのもとで暮らしてたはず。女王のところにいたのはトパジーだって同じだ。ふたりが顔見知りであってもおかしくはない。親戚なんだし。
「ささっ、行きましょうぞ」
ジジイは気持ち悪いくらいの笑顔でトパジーの背中を押した。なんだよその眩しい笑顔。おれ見たことねーぞ。と、おれが冷ややかな目を向けていると、それに気づいたらしいジジイはすぐに鬼の形相になりおれを顎で使いやがった。「おまえもはよ行かんか」って言ってる。トパジーとの扱いの差にむかついたのでおれは負けじと顔に力をこめてジジイに返した。けっ。




