ジジイとラフェンと今後の話
「お姫様。あんたは俺と一緒に、皇帝陛下のところに来ていただきますぜ」
ラフェンはそう言った。
「だったらおれも行く」
トパジーひとり帝国になんて行かせたらロクなことをされないってのは明白だ。おれがトパジーを庇うように立つと、ラフェンに溜め息をつかれる。
「だぁから、おまえはここに残れっての! おまえはもう俺ら帝国の人間兵器だ。兵器は戦場に置いとくモンだろ?」
「兵器? どういうことです?」
ミリアが聞き返した。ミリアにはおれが帝国に買われたことはまだ告げていないのだ。
「フェジュは帝国が買ったんだよ。これからはルーグ・カンパニー時代以上に働いてもらうぜ」
「なんですって!?」
まだ傷が痛むだろうに、ミリアが無理して起き上がろうとしたので慌てておれが止めた。その直後、ミリアにすさまじく鋭い眼光を向けられる。
「嫌な予感が的中しました。フェジュ! オマエ、それで納得したんですか? ドモンド様も何かおっしゃってください! あたしは反対ですよ」
「ミリア、落ち着けって、傷に響くぞ。おれは納得してるんだ。ジジイだってもう反対してねーよな?」
「……うむ……」
ドモンドのジジイは苦い顔をする。皇帝の前で交わしたおれとルーグとのやりとりはジジイも聞いてた。あのときは反対してくれたけど、今さら止めはしないだろう。
「――息巻いてるとこワリィけど、いち傭兵風情がなんと言おうと我らが皇帝陛下のお考えは曲がらねぇぞ」
ラフェンの口調は冷たい。
「むしろ、ここは皇帝陛下には反逆しないほうがおまえの周辺にいる人間諸々のためだぜ。フェジュのことはもちろん、そこにいるお姫様のことについてもな」
「トパジー殿下もフェジュと同じように利用するんですか?」
「ま、利用方法は色々あるな」
なんてラフェンが言い出した。おれはすぐさま口を開く。
「トパジーにひでーことはすんな!」
「戦争に酷いもクソもあるかよ、アホガキ」
こいつ!
「待て。待たんか、フェジュ。ラフェンの言うとおり、ここで帝国に刃向かっては良いことにはならぬ」
「だけどよジジイ!」
「心配するでない。ワシがトパジー殿下のおそばに付く。のう、それくらいは見逃してくれるじゃろう、ラフェンよ。金貨五十枚でどうだ?」
「おいおい、堂々と賄賂よこすんじゃねぇよジイさん! ……もらうけど」
「交渉成立じゃな」
ラフェンは見事によそよそしい口笛を奏でながらジジイから賄賂を受け取った。手も足も出なかったおれは、むかむかする気持ちをおさえるだけで精一杯だった。くそ。ジジイ、きっとおれが金貨五十枚も揃えられないことを見越して賄賂を渡したんだ。ヴィクトロのシュバルを買い戻して以来、おれは懐が寂しいから。
「そうそう。じつは、この近くにある古城にルーグ・カンパニーの拠点を置くことになってな」
ジジイが言う。
「帝国兵の監視付きじゃが、トーワ殿下もそこにご滞在なさる。そこでミリアは怪我の治療に専念し、フェジュはトーワ殿下に魔法を教われ。むろん、このことはほかの兵士には内密にしておけよ。トーワ殿下の存在を知られてはならぬ」
「それはわかってるけどよ……」
ヴィクトロのかわりに、おれがトパジーを守りたい。けど、今のおれじゃ皇帝やジジイには手も足も出ない。何かいい方法はないのかな。そんなことを思っていると、
「トパジー?」
とつぜん、トパジーに腕を掴まれた。
「わたし、行かない。この人がいないなら皇帝のところには行かない」
「えーっと……お姫様?」
ラフェンの頬は引きつっている。
「わたしを無理やり連れていくなら、わたし、いま魔法を使う。あなたのその剣を操る。ここも燃やす」
「お姫様。おふざけはよしといたほうが身のためですよ。こちとら今ここであんたの腕を斬り落としたって困りゃしねぇんだから。姫を生かしておきさえすれば……ってのが陛下からのお達しなんでね」
「なんだそりゃ、どういうことだよ! 腕がなくなったら魔法は使えねーだろ」
「想像しろよガキんちょ。もしかして、そういう教育はまだ受けてねぇのか? それはかなりおっせぇんじゃねぇの、ドモンドさんよ」
「ラフェン、やめぬか、殿下の前で」
ジジイが咳払いした。なんのことかわからなくて、おれは頭を搔くばかりだ。
「トパジー殿下、フェジュはここに――っと!」
「トパジー殿下! なぜドモンド様に剣を向けるんです。ドモンド様はあなたの味方です!」
ミリアが叫んだ。こともあろうか、おれたちが喋っているあいだにトパジーは魔法を使い、おれが身につけていた剣を操ってその切っ先をジジイに向けたのだ。
「いやだ。こわい」
トパジーはただそれだけ言った。
「こわいって……たしかにジジイは顔とか口調はこわいけど、トパジーには優しくするぞ?」
「ばかもん! フェジュ、ワシは日ごろからおまえにも優しくしとろうが!」
「怒りで顔が赤くなってんぞ、ジジイ。そういうとこだっての!」
あーもう! おれも操りの魔法を繰り出し、なんとか剣は取り返したが、トパジーのこの様子だと見境なしに誰にでも攻撃しちまうよ。困ったな。本気でトパジーの腕を斬り落とすわけにもいかねーんだ。そんなこと、したくねーよ。
「……ふーん」
おれが魔法を使ったところを見ながらラフェンは顎に指をあてていた。何か考えてるみたいだ。
「……よし、わかった。わかりましたよ。お姫様はこいつらと一緒に古城にいてください」
「え? いいのか、ラフェン!」
「ただしフェジュ、お姫様の身に何かあれば全部てめぇとルーグ・カンパニーの責任だ。いいか、お姫様に帝国兵を殺させることも、王国兵にお姫様を奪われることも絶対にあっちゃいけねぇ。それはガキにもわかるよなぁ?」
「ああ、もちろんだ。任せとけ。ありがとう、ラフェン!」
あまりにも嬉しくておれはラフェンの手を握ってぶんぶん振り回した。なんだこいつ、いいとこあるじゃん! 「意外とチカラ強いなてめぇ」とか言われながら睨まれたけど。
結局、ジジイとトパジーも古城に滞在することになった。




