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王女の出現

 おれはアグマ領の戦場へとシュバルを走らせている。頼むシュバル、一刻でも早くミリアのところへ急げ! ミリアが――危ない。


 ミリアがおれのもとに飛ばした鳥アケラの足には、ミリアが書いた手紙がくくりつけられていた。おれやドモンドのジジイ、ルーグはそれを読んで驚いた。つい二日前、キャムが殺害されたばかりのアグマ領戦地に、トパジー王女があらわれたというのだ。おれは書面をトーワのおっさんや皇帝、それからラフェンにも見せた。その場にいたおれたち全員の推測はひとつの答えにたどりついた。〝トパジー王女はアダマーサの差し金として、魔法を使う兵士として仕向けられた〟。きっとそうだ。

 気づけばおれは帝都を飛び出していた。いくらミリアであってもトパジー王女には勝てない。絶対に。そんな予感が頭に浮かんだからだ。


「よくやった、シュバル。さすがはヴィクトロの相棒だ。一日で着いたぞ!」


 シュバルには今までで一番の無理をさせちまった。だけどさすが、おれを買い戻してくれたシュバルだ。おれはシュバルの頭をひとしきり撫でたあと、こいつを帝国軍の野営地で休ませることにした。

 野営地には死傷者の群れが広がっている。死屍累々っつーのはこのことだな。ミリアはどこにいるんだ? おれはフードをかぶったままミリアの姿を探す。けど、ちくしょう、どこにもいねー。


「なあ、ちょっと失礼」


 おれは帝国兵に尋ねることにした。


「銀髪のグレ族の女兵士を見てないか? 探してるんだけど」

「そいつはもしかして傭兵のことか? だったらあっちにいるよ……」


 帝国兵が指したのは――爆炎がたちのぼる戦場だった。


 トパジー王女が出現したのは昨日。王女は魔法のちからで、瞬く間に戦場を支配したそうだ。止むことを知らない爆発、王女に操られる武器の数々。帝国兵はとても太刀打ちできず、もともと帝国が王国に押され気味だった戦況はより勝敗の色をハッキリさせていた。

 血溜まりに倒れる帝国兵の死体。もはや人だったかもわからない肉塊。それらがいくつも転がる戦場に、おれは足を踏み入れた。


「いた! ミリア!」


 銀髪にとがった耳、褐色の肌。間違いない、ミリアだ。誰かと戦ってるみたいだけどまだ無事だ!

 煙が薄れたところでおれはミリアへと手を伸ばした。そのときだった。こちらに振り向いたミリアが、血を吐きながら倒れたのは。


「ミリアッ!」


 ウソだろ。あのミリアが手も足も出ないなんてよ。

 おれはミリアを抱きかかえた。ミリアの腹部にはいくつもの剣が刺さっている。生々しい傷も体のあちこちにある。ミリアにこんな傷をつけた相手は――おれと同じくらいの年齢の、緑の髪の女の子だった。

 女の子――トパジー王女は泣きながら両手を組んでいる。魔法を使ってるんだ。だが彼女はミリアだけを狙っているというよりは、ただ無差別に周囲を攻撃しているように見える。

 すぐに応急処置しねーとミリアは助からない。死ぬなよ、と腕の中のミリアに声をかけながら、おれはトパジー王女の隙をついて帝国兵の野営地に急いだ。


「おいミリア、しっかりしろ。気ィ失うんじゃねーぞ!」


 ミリアの腹から剣を抜いて止血した。ミリアの体はすでに冷たくなってる。だが、かろうじて息はしてる。意識もなんとか保ってるようだ。


「来てくれたんですね……フェジュ……」


 聞いたこともないような弱い声でミリアが言った。やべえ、おれの背中にイヤな汗がどんどん出てくる。ミリアは大丈夫だ、ミリアは大丈夫だ、ミリアは大丈夫だ。そう自分に言い聞かせても、ちっとも汗はやまない。


「フェジュ……お願いです……」

「なんだ? なんでも言え!」

「トパジー殿下を……殺さないで。あの人が……悲しむ……から……それだけは……」


 ああ、やっぱりだ。


「バカミリア、こんなときまであいつの心配してんじゃねーよ……」


 やっぱりおれの予感は当たってた。ミリアはトパジー王女には絶対に勝てない。なぜなら、トパジー王女はあいつの――ヴィクトロの大切な娘だから。だから、いくらミリアが強くても、トパジー王女には勝てないんだ。

 おれはこぶしを握りしめ、ふたたび戦場に向かう。――ヴィクトロが悲しむから、トパジー王女を殺すな?


「それだけじゃねーだろ、ミリア。それだけじゃ足りねーよ」


 おれは魔法を使い続けているトパジー王女と対峙する。彼女は相変わらず涙を流している。正気を保っているかもわからないうつろな顔だ。場違いなドレス姿の彼女がなぜこんなところに来たのか、なぜ戦っているのかは今はどうでもいい。


「ヴィクトロが悲しむなら……こんなところで王女を戦わせちゃいけねーんだ。泣きながら魔法を使わせるなんてこと、しちゃいけねーんだよ!」


 ここはおれがトパジー王女を止める。止めてやる。そんな決意を秘め、おれは両手を組んだ。

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