おれさえ戦えば
ローリー帝国皇帝オブテネラニーから言われたのは、〝おれを買いたい〟などという突拍子もないものだった。なんだよそれ!
「この子を買うですと?」
驚いているのは何もおれだけじゃないようだ。ドモンドのジジイも、さらにはトーワのおっさんもビックリした様子だ。ただひとり、ルーグだけは冷静そうな顔だけど。
「それはこの子――フェジュが魔法使いだから、という理由ですかな?」
「察しがよいな。そのとおりだ、ドモンド・オーリブよ」
皇帝は頷いた。
「我が国とリベルロ王国との戦いが激化していることは傭兵家業のそなたらもじゅうぶんに知っておろう。しかし我が国の敵はリベルロ王国だけではない。現在、我が国は他の隣国からも虎視眈々と狙われている」
「だからフェジュの魔法で敵を一網打尽にしたいってわけですかい、皇帝さん」
ルーグは腕を組みながら言う。
「けど困るねェ。フェジュはウチ、ルーグ・カンパニーのだいじな商品だ。そこいらの兵士よりも希少価値が高い。なんてったって、おたくやドモンドの言うとおり、魔法使いの末裔だ」
「なればこそいくらでも積むと申しているのだ」
ルーグは姿勢を変えず口を閉じた。何かを考えている顔だ。ルーグのことは、掴みどころがねーオバチャンだとおれは思ってる。おまけに最初にメンテリオからおれを〝買った〟のはルーグ本人だ。だから今回、ルーグが金に動かされるなんてことも可能性としてはありえる。考えたくもねーけどな。
「フェジュを買ったあと、この子をどうするおつもりで?」
ドモンドのジジイが皇帝に尋ねた。
「そんなもの決まっている。リベルロ王国との戦争に役立ってもらう」
「まさか、この子ひとりで戦争を終わらせられるとでもお考えなのですかな? 相手はあのアダマーサ女王ですぞ。……あ、いえ、トーワ殿下、失礼」
ジジイはトーワのおっさんを見てへこへこ頭を下げた。おっさんは「いいんだよ」と片手を挙げている。
「質問なのですが……」
おっさんが皇帝に向かって口を開く。
「このフェジュは、アダマーサに対抗できうるだけの魔法を使えるのですか?」
「……どうなのだ、フェジュよ?」
全員の視線を受け、おれは静かに首を振った。
「魔法使いとしての実力は未知数なんだよねェ、こいつ」
ルーグがぼやく。
そう、おれは七年前、ヴィクトロと初めて会ったとき以来、魔法を使っていない。この七年間は武術を鍛えることに重きを置いてきたし、アダマーサの所業を見たことで、魔法を使うことが怖くなったんだ。
「魔法の種類や使いかたは、リベルロ王家に伝わる文献に詳しく記述されていますが……今や文献はアダマーサが独占している。文献を奪うのは難しいですよ、オブテネラニー陛下」
おっさんが言った。
「ちょっとお待ちください」
そこへジジイが割って入る。
「フェジュの意向は無視なさるのですか? 買われるにしても、戦うのはフェジュ本人なのですぞ! そもそもルーグ・カンパニーはフェジュを手放すなどとは考えておりませぬ。そうだな、ルーグ?」
「社長はアタシだぞ、ドモンド。社長を差し置いて勝手にしゃしゃり出るな」
「ルーグ! 貴様!」
「ドモンド、落ち着けって。ま、一応、フェジュの気持ちも聞いてやらんこともない。そのくらい許してくれるよな、皇帝。で、おまえはどうなんだ、フェジュ?」
「おれは……」
おれは胸に手をあてて考える。
「おれはルーグ・カンパニー……ジジイたちのもとから離れたくない」
「そうか、わかった。じゃあフェジュは国家予算の三分の一で売るぜ、皇帝」
えっ?
「ルーグ! 今のフェジュの言葉を聞いておらんかったのか!? この子はワシらのもとを離れたくないと……」
「聞いたよ聞いた、いかにもガキくせぇ言い分をな」
「ガ、ガキくせぇってなんだよ! おれは真剣に考えたんだぞ!」
ルーグ、こいつ酷すぎるよ!
「フェジュ。おまえ、アダマーサをぶっ飛ばしてやりたいだろ?」
「もちろんだ!」
「なら、ドモンドたちに後ろ髪ひかれてないで、ちゃっちゃと殺ってこいッつってんだ。今なら帝国の全力バックアップ付きだぞ。こんなチャンスみすみす逃すっつーのか、くだらねぇ寂しさを理由に?」
くだらねぇ寂しさ。たしかにそうかもしれない。おれは唇を噛みしめる。
「魔法の技術ってのはこのトーワを利用すればいい。トーワ、おまえ、今は魔法が使えなくても生前は使えたんだろ? フェジュに教えてやるくらいのことは可能だよな?」
「ああ、可能だ」
ルーグとおっさんは勝手に話を進めている。
「フェジュ、大丈夫か?」
ジジイが訊いてきた。大丈夫じゃねーよ、おれはそう答えた。そんなおれを見かねたのか、ルーグがうんと近寄ってきてこう言う。
「おまえはここで折れとけ」
小声だ。
「皇帝はおまえが買えないとなりゃ、次はおまえの弟を利用するハラだぜ。国内にいる魔法使いはおまえとおまえの弟と、ヤーデ姫だけだからな」
「それはイヤだ!」
大声を出したおれに、皇帝やラフェンは眉をしかめた。おれは慌てて声をひそめる。
「おれが皇帝に協力すれば……弟は巻き込まれないのか?」
「そこはアタシに任せろ。皇帝がどう言おうが、アタシが悪いようにはさせねぇ」
「……本当だな?」
「信用しろ。それに、何もおまえひとりで戦えなんてアタシゃ言わねぇよ。ルーグ・カンパニー総出でおまえをサポートする。おまえだけ戦わせやしねぇさ」
おれさえ戦えば、弟を守れる。守れるんだ。
「――わかった。買われてやる!」
おれは皇帝に宣言した。ちょうどそのとき、どこから入ってきたのか、一羽の鳥が広間の中に旋回してきた。あれはミリアが飼っている鳥、アケラだ!




