皇帝オブテネラニー
うんと高い外壁の下をくぐり、おれは帝都へとやってきていた。布で頭部を隠すのは忘れちゃいない。こういう、上流階級がうようよいる都市のような場所では髪を隠せっていうのがドモンドのジジイから言われている約束だ。帝国では緑髪はブベツの対象だとかなんとか。要するに良いことはないってことだ。
さっき、帝都の守衛にはおれを怪しむまなざしを向けられたけど、ルーグ・カンパニーの人間だということを証明するとスンナリ通してくれた。あれ? でもおれ、これからどこに行けばいいんだろう。今はそう考えながらシュバルにまたがったまま帝都の中をうろついているわけなんだけど。
にしても、帝都は少なからずのんびりした空気が漂ってるなぁ。二日前の戦場の空気感がウソみたいだ。広場では親子が人形劇を鑑賞している。
「あれが親子……」
髪の色も肌の色も表情も同じな大人と子ども。それらがともに笑いあいながら同じ方向を見ている。あれがフツウの親子の姿なんだろう。
「……いてッ」
広場の光景に気をとられていると、後頭部に何かがぶつかってきた。機械ネズミだ。おれが持ってる機械ネズミじゃない。そう思って後ろを確認すると、紫髪の男兵士がシュバルに乗ったままこちらを見ていた。あれ、こいつ。
「えっと……ラフェン、だっけ、オマエ? むかしおれたちを襲ってきたよな」
間違いない。この紫髪の男兵士、おれがヴィクトロやミリアとメンテリオの家を訪ねたときに襲撃してきたラフェンってヤツだ。年齢はミリアとそう変わらないくらいか。ラフェンは不機嫌そうな表情を浮かべている。
「久しぶりだな、悪魔のガキ。皇帝親衛隊を迎えに寄越すたぁいいご身分じゃねぇか」
「親衛隊? っていうか、おれは悪魔なんかじゃねーよ!」
「緑頭をここでは悪魔と呼ぶんだよ。おら、ボサッとしてねぇでついてこい。陛下がお待ちだ」
――陛下。ラフェンはたしかにそう言った。ラフェンはローリー帝国皇帝オブテネラニーの親衛隊兵士らしい。広場の親子が見えなくなるのは名残惜しかったけど、おれはラフェンについていった。
ラフェンに先導されてたどりついたのは、コーン型の屋根が建ち並ぶ大きな城だった。ここが帝国の心臓、皇帝が住む城か。あちこちに兵士がいる。城内は都の景色とは打って変わって物々しい。ヘタなことをすればすぐに剣を向けられそうな雰囲気だ。
おれとラフェンはシュバルを厩に残し、屋内に入った。
「アダマーサの城より広いな……」
「あァ?」
うわ、やべっ。率直な感想を言ったところラフェンに睨まれた。
「その名前、二度と口にすんなよ。ガキとはいえ、ここがどこだかわからねぇ赤ん坊じゃねーだろが」
「う、うん。悪かったよ」
「頭もきちんと隠しとけ」
ルーグのところのシカリースも威圧感あるんだけど、このラフェンってヤツから放たれるプレッシャーもめちゃくちゃ痛い。こいつもきっと強いんだろうな。こいつを追い返したヴィクトロみたいに、おれももっと強くならねーと。
「陛下。連れてきましたぜ」
大広間。その最奥には玉座があり、そこにはローブをまとった青髪の男が座っていた。あれが皇帝オブテネラニーか。年齢はヴィクトロくらいか?
「うむ」
ラフェンをそばに従えた皇帝は小さく頷き、「ちょうどヤツらも呼びつけたところだ」と言った。
「……フェジュ!」
「ジジイ?」
おれやラフェンとほぼ同時刻に大広間へとあらわれたのは、ドモンドのジジイとルーグ、それからトーワのおっさんだった。おっさんもおれ同様、頭を布で隠している。
「無事じゃったか」
「なめんじゃねーよ、当然だろジジイ!」
「ま、無事じゃなくっちゃアタシのカンパニーにキズがつくけどな」
「ルーグは相変わらずだな。あ、でも、アグマ領の戦場にはキャムが……」
「キャム?」
その名前に反応したのはトーワのおっさんだった。
「その話は追ってする」
そう言ってこの場を制したのは皇帝だ。キャムの話、もう耳に入ってるのか。はえーな。
「フェジュといったか。そこのトーワ・オル・リベルロの孫息子」
「……お、おれは……」
「何わたわたしてんだよ。てめー、間違いなくトーワの孫だろ? 皇帝にはもうバレてるぜ、アタシが教えたからな」
「余計なこと言ってんじゃねーよ、ルーグ!」
おれはあわてておっさんを見る。おっさんはなんとも言いがたい顔でおれを見ていた。
「なんだよ、事実を言われただけじゃねぇか。なあ、ドモンド?」
「うむ……まあ、そうだが、ルーグ……子ども心は複雑なのだ」
ルーグとジジイがごちゃごちゃ言ってる。おれはおっさんから目をそらした。
「……余は話に時間をかけるのはあまり好きではないので単刀直入に述べる」
皇帝が言う。
「ルーグ・カンパニーからフェジュを買いたい。額はそちらの言い値でよい。いくらでも積もう」
「はあ!?」
おれは耳を疑った。




