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召還命令

 その日はミリアとともに戦線から離れた。陽が落ち、帝国兵の野営地に間借りして寝そべっていると、ミリアが炊き出しのスープを持って隣に座った。


「密偵として王国軍に紛れ込んでるシカリースから機械ネズミが来ました」


 スープの香ばしいにおいを漂わせながらミリアが言う。シカリースとは、ルーグ率いる傭兵団の一員である赤髪の男だ。ルーグの信任厚く、今は帝国のスパイとして王国に潜入してるらしい。


「王国は、はじめからああするつもりだったそうです」

「はじめからって?」

「女王にとってキャムはもう用済み。むしろ、最近の女王の思惑にとっては邪魔者になっていた。だからキャムの殺害を講じ、兵士に実行させたんだそうです。キャムには適当な理由をたてて戦線に行かせて」


 おれは頬をひきつらせた。


「哀れにも、キャムは何も知らなかったのでしょうね」

「……ううん、ミリア。それはわかんねーぞ」

「え?」


 ミリアが訊き返してきたのでおれはこう言う。


「『多大な精神的ストレスと他者からの洗脳はときに絶大なパワーを生み出すらしい……』とかなんとかキャムは言ってた。あいつ、たぶん、女王に洗脳されてたんじゃないかな。で、キャム自身、それに気づいてたんじゃないかな」

「ならキャムはどうして戦場に来たんです?」

「わかんねーけど、でも、ヴィクトロがそうだったろ! 女王に操られてたってわかっても、ヴィクトロ、女王のこと殺せなかったじゃねーか」


 おれがそう言い終わると、しばらくの空白を挟み、次はミリアが言い始める。


「キャムにされた仕打ちを考えると、ヤツに同情の余地はありませんし、殿下と同列に扱いたくもありませんが」


 そして続ける。


「ただ女王のやりかたが気に食わないです。そういう女なんだってことはじゅうぶん理解できますが……その〝理解できる〟ってことが何より気持ち悪くておそろしい。同じ女、いや、同じ人間だなんて思いたくない。でも、そんな女を殿下は殺さなかった……」

「ミリア」


 ダメだ、これはマズい流れだ。そう思ったおれは飛び起きた。


「ヴィクトロが殺せないんなら、おれが女王を殺す。殺すよ」


 するとミリアは暗い顔をあげ、苦笑した。


「ごめんなさい。オマエに気をつかわせちゃいましたね」

「つかうもんか」

「さあ、きちんと空腹を満たしてから休みましょう。明日も戦いです」

「おれじゃ頼りねーのかよ!」


 おれの声が夜空に響いた。とっさに口を手でおおったけど、やばい、ほかの兵士に聞かれちまったかな。なんて考えていると、ミリアの手が頭上に伸びてきた。


「そういうのは、あたしより強くなってから言え、です」


 ぐうの音も出ない。事実、おれはミリアより弱い。それどころか、キャムとさえ対等に渡り合えなかった。おれが口ごもると、それっきり、ミリアは暗い顔を見せなかった。



「――おれに召還命令? おれだけ?」


 翌朝、おれを叩き起こしたミリアは機械ネズミを片手に持っていた。ミリアから言い渡されたのは『フェジュは帝都に向かえ』という、ルーグからの伝言だった。


「なんでだよ。ここの戦況は好転してねーんだろ?」

「ルーグ側の詳しい事情はあたしにもわかりません。とにかく至急、帝都に来るようにだそうです」

「帝都って、おれ、一度も行ったことねーけど」


 帝都に行く用事があるのはおもにジジイやルーグだけだ。組織の上役しか行かない場所っていうイメージ。おれやミリアが帝都に派遣される理由もないしな。


「帝都って皇帝がいるところだよな?」

「なに寝ぼけたこと言ってるんですか、フェジュ。そんなの当たり前でしょう」

「だよな。そんなところにおれを……今ならトーワのおっさんもいるのかな?」

「しっ。その名前はこんなところで呼んだらダメです」

「そ、それもそうか。ごめん」


 ミリアの言うとおり、うかつに口にしていい名前じゃないな。仮にも敵国の王族なんだし。死人だけど。


「とにかく社長命令です。従いなさい」

「ミリアはどうするんだ?」

「そりゃ、あたしはここに残りますよ。傭兵なんですし」

「そんなの危険じゃん!」


 おれたち傭兵は帝国兵との連携が万全とは言いがたい。だから自分の身は自分で守るのが基本。おれはそう言いたかった。


「だから、あたしの心配するのは百年早いってんですよ」


 ミリアはおれの気持ちを一蹴する。


「もっと強くなってから言いなさい!」

「なんだよ、心配もしちゃいけねーのかよ……」

「あたしよりも自分の心配をしろって言ってるんです。なんだかイヤな予感がするんです」

「どんな?」


 首をかしげるおれをヨソにミリアは仏頂面をしている。


「……んー。あたしの考えすぎかもしれませんけど……まあいいです。お互い、何かあったら連絡しましょう」

「絶対だぞ。連絡よこせよ」

「ちょっとはあたしの腕を信じろ! ほら行った行った」


 なんか腑に落ちねーけど、命令に背いたらルーグにドヤされるのはミリアとドモンドのジジイだ。おれは帝都へとシュバルを走らせた。

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