『もう一度やりなおしましょう、わたくしたち』
――あれから一日。
おれはミリアがいる戦場、リベルロ王国とローリー帝国の国境……ゴーダ領の戦地にてシュバルを走らせていた。
昨日、トーワのおっさんとの話を終えたドモンドのジジイは何やら難しい顔をして「ひとまずトーワ殿下をルーグに会わせる」と言った。今ごろ、おっさんはきっとルーグや帝国の上層部の人間に会いにいっているはず。
おっさんがおれとジジイに話した内容は――『アダマーサを止めてくれ』。そういうものだった。
アダマーサは、あの女王は、おっさんのために……キャムでもヴィクトロでもないほかの男との子どもを〝ふたりも〟作り、さらにはじつの息子であるシュタ王太子を貴族の娘と結婚させ。
「くそッ!」
思い出しただけでムカムカする!
とにかくあの女王は性懲りもなく自分の子どもをまた利用しまくってるってことだ。ひとえにおっさんのため。いや、魔石のため? 女王の真意なんて理解したくもねーけど、女王がやってることには反吐が出ることはたしかだ。
おっさん自身も、そんな自分の妹の姿を危ぶんだのか、わざわざ王国を抜け出して帝国を頼ってきたってわけだった。女王を止められる人間は王国にはいない。だから敵地に来たってこと。
どうしておれたちは利用されるんだ。
どうして、魔法が使えるってだけで、魔石を発生させられるってだけで、こうもメチャクチャな目に遭わなくちゃいけないんだ。
――おれの弟は大丈夫かな。
弟が悪いヤツに利用されないように、おれは精いっぱい守ってるつもりだけど。もし、守れなかったら?
「――フェジュ!」
目の前に人影が現れた。おれはシュバルの足をとめる。
「ミリア!」
「ここはもう戦場。ボサっとしてちゃ命を落としますよ!」
久しぶりに会ったというのにミリアはそんな叱責を寄越してきた。けど、不注意だったのはおれのほうだ。
歩兵として戦っているミリアの言うとおり、眼前にはあちこちに兵士が入り乱れている。
「さっき機械ネズミがオマエの居場所を教えてくれました。いったん戦線をさがりますよ」
そう言うなりミリアはおれのうしろに飛び乗った。おれはやや緊張しつつ、言われたとおりに戦線を離れた。
「ご苦労でしたフェジュ。トーワ殿下は無事に?」
ゴーダ領戦地のはずれにある雑木林にて、おれとミリアはシュバルからおりて会話している。
「うん。ジジイがルーグに会わせるって。たぶん帝国の上のヤツらとも会わせてるはず」
おれがそう答えると、ミリアは戦闘からくる疲弊の色をわずかに見せながら眉をしかめた。
「展開が急ですよ。何があったのか教えてください」
「うん……」
おれはトーワのおっさんから聞いた話をミリアにあらかた伝えた。
「じゃあトーワ殿下はアダマーサ陛下の手先……ってわけじゃないんですね」
「そうだと思うよ、ミリア。おっさんは必死な顔してた。本当に女王を止めてほしいんだと思う」
「でも、女王を本気で止めたいなら、トーワ殿下ご自身でできるはずでは? トーワ殿下も魔法が使えるんですから!」
「それなんだけどさ……」
おれはおっさんから聞いた話をもうひとつ伝える。
「おっさん、もう魔法は使えないんだって」
「は? どうしてですか?」
「死人だから。『いちど死ぬと、もう二度と魔法は使えなくなるみたいだ』って言ってた」
するとミリアは黙りこくった。
「それとさ。おっさんがどうして死んだのか、についてだけど」
「たしか、ヴィクトロ殿下は以前、〝トーワ殿下は戦死した〟と言ってましたけど」
「それは女王が情報操作したらしい。本当は、女王に殺されたんだ」
「……は……?」
ミリアは不穏な表情を浮かべる。
これはたしかにトーワのおっさんから聞いた話だった。女王は二十年近く前、自分の実の兄であるおっさんを殺した。人知れず。
「そのとき――おっさんが殺される直前、女王はおっさんにこう言ったんだって。『邪魔者がいない世界でもう一度やりなおしましょう、わたくしたち』って」
これでおれがミリアに伝えるべき話は終わりだ。おれがミリアの反応を待っていると、
「ふふ……ふ、アハハハハ……」
ミリアはとつぜん笑いはじめた。
「……え、ミリア? どうしちまったんだ? おい!」
どうしよう、ミリア、おれの呼びかけにも答えねー!
「あははは! はははははは……あーもう」
しばらく笑いつづけたあと、そしてミリアは真顔になった。
「ごめんなさい、フェジュ。怒りを通り越して笑ってしまいました」
「う、うん」
すげービックリしたんだけど。
「あの女王、正気ではないとは知ってましたが、まさかそこまでとは」
「うん、そうだよな」
「いちばん正気でないのは、そんな女王を愛した殿下なんですけどね……はあ、もう」
一瞬、落ち込んだ顔を見せたかと思うと、ミリアはいつものミリアに戻った。おれは、なんか胸がチクッとした。
「さあ、戦線に戻りましょう、フェジュ。オマエは大丈夫ですか?」
「大丈夫って、なにが?」
「ここからは人と人の殺し合いです。……人を殺す覚悟、できてますか?」
ミリアはいたって真剣な様子で尋ねてきた。
おれはアジトから剣を持ってきた。剣は人を傷つけるための武器だ。そんなこと、わかってる。
「おれはヴィクトロを助けるためなら、その障害になる人間は殺したい。殺したいから、殺せる。だから大丈夫だ」
おれがそう言うと、ミリアは納得したようにうなずいた。
そしておれたちはシュバルに乗って戦場に戻った。




