つめたいところ
「スキありぃっ!」
「ぬおッ」
しまった、躊躇している隙に攻撃された。
避けることができてよかった。私は男兵士と距離を取り、こう言う。
「じつを言うと私はいま、貴様を殺すかどうか悩んでいるのだが」
「馬鹿正直すぎんだろ! 鬼だってもうちょっとオブラートに包むぞ!」
「まあ待て。その前に聞かせろ。なぜ帝国兵がフェジュを狙う? リベルロ王家の血を引いているからか?」
すると男兵士はチラッとメンテリオの家を見た。
「魔法使いがいつ女王の味方するかわかんねーからな」
男兵士はそう答え始めた。歳若いが、案外すなおだ。
「しかし、そうなると独立戦争の二の舞になる。だから危険因子はあらかじめ排除するってのが我らが皇帝陛下のご意向だよ」
男兵士はそう答え、ついでのように「あの変人学者も始末しとくかなぁ」と呟いた。
ローリー帝国はメンテリオをうとましく思っているようだ。あいつも、複雑な立場なのか。
「はー、緑髪のガキに変人学者、おまけにエグオンス。こちとら手が足りねーよ、俺ら帝国の敵はリベルロ王国だけじゃねえってのに」
男兵士が言ったように、ローリー帝国は、リベルロ王国のほかに隣国との紛争も絶えないという話は昔からある。
「おまけにおまえ、なんなの? 現女王の旦那はメチャ強い武人っつうウワサは帝国でも有名だけど、そもそもなんで王配が戦ってんだか」
「闘えるから戦っているのだ」
「その思考がオカシイんだよ、王族なのに。そこらへんも女王に操られてるんじゃねーの?」
「なッ……」
私は絶句した。
そこらへんも、というのは、私が戦っていることすらも……ということか? そんな、まさか。だが、ヤーデ姫の話が本当なら、アダマーサは私の〝何を〟操っていたのだ?
くそっ、嫌な考えばかりが浮かぶ。
「あーあ、魔法使いなんてロクなもんじゃないね、まったくよ」
男兵士は肩をすくめる。
「魔石のことを報告しなきゃなんねーから今日のところは引き下がるけど、おまえ、いや、おまえらリベルロ王家はいつか俺がブッ潰してやるからな、おぼえとけ」
「王家を? あ、ちょっと待て!」
「そうだ。俺の名前はラフェン。おまえの〝名を誇れ〟っての、気に入ったよ。じゃあな」
そう言うと、ラフェンは私に追う暇など与えずに足早に姿を消していった。
私よりも足が速いのではないか、あの男は?
とにかくメンテリオの家に戻ろう。
◇
「――戻ったぞ」
メンテリオの家に戻ると、みな不安げな面持ちで待っていた。赤ん坊が泣いている。
「殿下、さっきの男は?」
フェジュと手をつないだままのミリアが尋ねてきた。
「おそらく上司か皇帝のもとへ帰っていった。帝国軍の正規兵のようだったしな」
「あたし、追いましょうか」
「やめておけ。どうせ追いつけん」
「あ、そだ。まさかとは思いますが、殿下、ご身分を明かしてはいないですよね?」
「さあ! 話の続きといこうじゃないか、メンテリオ」
「そのあからさまな話題の逸らしかた。明かしちゃったんですね……」
「もとはと言えばお前が私を『殿下』と呼ぶからだ、ミリア!」
もっとも、名を誇らないという選択肢は最初から無いがな。
「さて、魔石のありかについての話だったな」
赤ん坊も泣き止んだことだし、私は改めて話題を戻した。メンテリオは穴が空いた壁を不服そうに見ながらも話に応じる。
「……魔石のひとつはここにある。ほら、ボクが持ってる」
「ふむ」
私とミリアはメンテリオが懐から取り出した〝魔石〟を拝見した。
虹色、と表現すればよいのだろうか。とにかくひとことでは言い表しがたい色をした石だ。フェジュも初めて見るようで、メンテリオとは距離を置きつつも、興味ぶかげに魔石を見つめている。
「それで、貴様はこの魔石で〝なんの魔法の効果〟を高めていたのだ、メンテリオ?」
「ぬあっ! だ、誰もフェジュに操りの魔法をかけていたとは言っていないだろうっ!」
「……そうだな、誰かがフェジュに操りの魔法をかけていたとは今、貴様が初めて口にしたな、メンテリオ」
「ぅわふっ! し、しまった!」
やはりこいつもマヌケだった。と思うと同時に、私の右手はこの男の頬を強く殴っていた。
「貴様が貴様とヤーデ姫のぶんを殴られろッ!」
私が叫び終えるころ、メンテリオの体は壁に打ちつけられていた。すごい音がしたが、すごく殴ったので当然だ。
「言葉よりも先に殴ってますよ、殿下……」
私のうしろでミリアが何か言ったが聞かなかったことにしよう。
「アナタ!」
ヤーデ姫が赤ん坊を抱えたままメンテリオに寄り添う。そして私を睨みつけてきた。
「おまえ、わたしの夫になんてことをしてくれるの!」
「あなたたちが子どもに何をしているのだ? おい、なんとか言え、メンテリオ!」
「うぐっ……」
鼻血をたらしたメンテリオは赤く膨らんだ頬をさすりながら言う。
「……ああそうだ。魔石の効力をたしかめるため、そして金のため、フェジュを操ってエグオンスのもとへ売ったよ! いくらガキとはいえ魔法使いに抵抗されちゃかなわんからな!」
こいつ!
「わたしたちの勝手でしょ!」
「ヤーデ姫……」
姫が、メンテリオを庇うように立ちふさがった。
「おまえたちは一度もわたしを助けにこなかったくせに! 十年、一度も助けにこなかったくせに!」
ヤーデ姫は血眼になって訴える。
「そんなおまえたちと違って、この人はわたしに手を差し伸べてくれた。〝悪魔の子孫〟と呼ばれたこのわたしに! わたしがこの人とここで何をしようが勝手でしょ!」
「……ええ、たしかにそのとおりだ。リベルロ王国はいまだローリー帝国の奥へ侵攻できてはいません」
「ちょっと、殿下! なに言い負かされてるんですか……」
「だが!」
ミリアの言葉をさえぎり、私は強く言い放つ。
「フェジュがなぜ、ここが〝つめたいところ〟だと言ったと思う? あなたのために、私が何人殺したと思う? ヤーデ姫、あなたがアダマーサ一世陛下のように魔法のちからで奮起していればッ! 十年も戦争が続くことも、誰も助けに来ぬと嘆くことも、我が子を道具にすることも、その子どもが親元を忌むことも無かったはずだ!」
「無責任なこと言わないで! ひとりで戦っていればよかったと? わたしがどんなに苦しかったことか……」
「残念でしたな、それがフェジュを利用していい言い訳になると思ったら大間違いだ!」
「くっ……」
それ以降、ヤーデ姫は口を閉ざした。メンテリオも黙っている。私は乱れた息を肩で整える。
「十年間、あなたを救い出せなかったことには心から謝罪します。そしてあなたはご主人に感謝してください、ヤーデ姫……まだ幼い子どもをいいように利用したこいつとあなたのぶんを、こいつはひとりで殴られたのだ」
お労しいヤーデ姫と思っていたが、困ったことに、今となっては憎たらしいにも程がある。
「……いいよ」
「フェジュ?」
フェジュが小さく言ったので、私はあわてて彼のほうを振り向く。
「もう、いいよ! ヴィクトロ、おれをこいつらの子どもだって思うんじゃねー!」
「あっ、おい、フェジュ!」
フェジュがミリアの手を振りほどき、家の外に飛び出していった。
「ミリア、私が行く」
私も急ぎ駆け出した。




