私とフェジュ
いくらなんでも、フェジュの前でメンテリオを殴ることはなかっただろうか? もっと穏便な態度でいたほうがよかっただろうか? フェジュに我慢させすぎていただろうか。いや、
「過ぎたことを考えてもどうにもならんな」
今ちゃんとフェジュと向き合うべきだ。
私はメンテリオの家から少し離れたところの木陰にフェジュの姿を見つけ、近寄った。
「フェジュ」
フェジュは小さな体を丸めて座り込んでいる。私はその正面にあぐらをかいた。
「フェジュ、すまなかった」
「……なにが」
フェジュの機嫌はすっかり悪くなっているようだ。
私は答える。
「キミに無理をしいて両親のもとへ連れてきて、キミの母親……」
そうまで言いかけ、私はつい先ほどフェジュが発したセリフを思い出し、訂正する。
「キミをメンテリオの家に無理やり連れてきて、私やミリアはヤーデ姫に乱暴な態度で接してしまった。おまけに私はメンテリオを殴った、キミの目の前で。キミにはさぞ嫌な思いをさせてしまっただろう。だから私は謝りたい。申し訳ない」
頭に砂がこびりついたがそんなことは最早どうでもいい。私は地面に頭をこすりつけた。
頭上からフェジュの声が降ってくる。
「おれには謝って……あいつらには謝らねーのか?」
「それは……」
これは痛いところを突かれてしまった。私は思わず頭を上げる。
おそらくフェジュは純粋なる疑問として私に尋ねたのだろう。彼の目がそう言っている。だが、これを『痛い』と感じるということは、私はメンテリオにも罪悪感を抱いているということなのだろう。
「そうだな。私やミリアがした『殴る』というのは、すごく悪いことだ。殴られたほうは痛いし、痛いのはイヤだもんな。だから、暴力を振るったことについては、あの夫婦にもきちんと謝罪しようと思う。だが……」
「だが?」
「私が彼らに放った言葉については、謝らない。なぜなら……これは言いにくいことだが……私の心の中に、彼らに対する『許せない』という気持ちがあるからだ」
「……ゆるせない……」
「そうだ。それは、彼らはキミに操りの魔法をかけ、エグオンスに売り飛ばしたからだ。そしてヤーデ姫はキミと再会するなり暴言を吐き、おまけにキミを殴ろうとした。これを私は『許せない』。わかるかな。暴言だとか殴るだとか、売り飛ばすだとかは、親が子どもにしていいことではないのだ。もちろん、親子じゃなければ許されるのかといえば、そうではない」
だからメンテリオを殴った私はメンテリオに謝る、と私は続けた。フェジュは眉を歪めている。私が言った言葉の意味を咀嚼しているようにも見える。
「暴力が悪いことだっていうのは、わかった」
フェジュはうつむきがちにそう言った。そして、そのうえでこう述べる。
「でもおれ、おかしいのかな」
「おかしい? どうして?」
今度は私が尋ねる番だった。フェジュはぎこちなくも答える。
「あいつがオマエに殴られて、母ちゃんが怒鳴られて、おれ、胸のあたりがスカッとしたんだ。でもあいつらはおれの、親。親っていうのは、おとな、なんだろ。オマエ、城で言ってたよな、『おとなにはケーイを払え』って。ケーイって、『産んでくれてありがとうという気持ち』なんだよな?」
「ああ」
フェジュは私の言葉をしっかりとおぼえていてくれた。
敬意。それは子が親に持つべきものだ。私はそう考えている。だがそれが、フェジュを悩ませているらしい。胸が痛い。
「けどおれ、『産んでくれてありがとう』なんて、思えない。あいつらはおれの弟が産まれるなりおれを売り飛ばした。おれの知らないうちに、おれに魔法をかけてた! こんなんでも『ありがとう』なんておれ、言えねーよ!」
「フェジュ……」
「親を嫌いになりたい。でもオマエは、ケーイを払えって言った。ケーイって、『嫌い』って気持ちとは真逆だよな? こんなこと思うなんて、おれ、おかしいよな? 親を嫌いになるなんて、おかしいよな?」
嗚呼、よかれと思って放った私の言葉が、フェジュをこんなにも苦しめてしまっている。私のせいだ。ならば、私が悩ませてしまったフェジュにできることは、
「キミはおかしくなんてない」
断言することだ。フェジュは困惑したように私の顔を見上げる。
「え? でも……」
「親を嫌いになってもいい。いいんだ」
「けど! 『産んでくれてありがとう』なんて……」
なおも戸惑うフェジュの頭に、私は手を乗せた。
「嫌いになってもいい。だが、『産んでくれてありがとう』という気持ちは、ちゃんと胸に残しておきなさい」
「オマエ! あいつらの肩を持つのかよっ?」
「そうではない」
フェジュの頭を撫でながら私は続ける。
「キミはつらい思いをした。悲しい気持ちにもなったことだろう。だが、これからは、私がそうはさせない。フェジュ、キミが『産まれてきてよかった』『産んでもらえてよかった』と思える日を、この私が実現させるッ。そしてその日が来たときに、ヤーデ姫に敬意を払いなさい」
「ヴィクトロ……」
「もうひとつ、だいじなことを言う。両親を嫌いになるのなら、もう二度と両親のもとへは帰らない、両親には頼らないという覚悟で嫌いになりなさい。親を嫌いになるということは、そういうことだ。だが、両親がいなくなることの心配はいらないぞ。私がずっと守ってやる。実の父親にはなれないが……キミがおとなになり、自立できる日が来るまで、私がキミの居場所をつくってやる。だから、腹の底から安心しろ」
そしてもうひとつ、私がフェジュにできること。それは、私がフェジュの〝止まり木〟になってやることだ。
フェジュはまだ小さい。なのに、親に散々な目に遭わされ、自分の心の中でひとり葛藤している。きっと不安も大きいだろう。おまけに帝国からも狙われている。
ならば私は、そんな小さな体を守る大樹になる。フェジュがいつかおとなになり、巣立っていく日まで、私がフェジュを助け、守っていく。フェジュが安心して、強く育っていけるように。そのためならなんだってしよう。それが私ができることだ。
フェジュは私の手から離れたかと思うと、涙を浮かべて私に抱きついてきた。
その後しばらく、フェジュは私のもとで泣いていた。




