ヤーデ姫とメンテリオ
扉を開けたのは、ヤーデ姫の面影がある、緑髪の若い女性だった。
彼女こそヤーデ・ローア・リベルロ。亡き王太子殿下とバマリーン様の一人娘であり、十年前、ローリー帝国にさらわれた姫君。八年前、フェジュを産んだ母親。
「あなたがヤーデ姫殿下ですか?」
ミリアが尋ねた。ミリアはヤーデ姫と面識はあったはずだが、ヤーデ姫が最後に王国にいたのは十代前半のころだ。相手がうなずくまで、相手がヤーデ姫であるという確信は持てない。
ヤーデ姫は顔をこわばらせ、一歩下がった。まずい。
「のけミリアッ」
「きゃあっ! な、なにをするの!」
私は扉の向こうでしかと見た。ヤーデ姫が魔法を使おうと手を組みはじめるのを。ふう、私が瞬発力も優れていて本当によかった。おまけに記憶力もまだまだ衰えていない。ヤーデ姫のあの構え、フェジュが南の戦場で見せたものとまったく同じだった。
私は家の中に足を踏み入れ、とっさにヤーデ姫の両手首をそれぞれ掴んだのだった。いくら私でも魔法にはかなわない恐れがあるからだ。
「申し訳ない。乱暴するつもりはないのですが、あなたにも乱暴はしてほしくはありません」
「あなたは……もしかして……叔父上?」
「はい。お久しゅうございます、ヤーデ姫」
「どうして叔父上がここに! 叔母上が来るよう命じたの!?」
ヤーデ姫は血相を変えて混乱している。
「違います、私は私の独断でここに」
「ウソ! 叔父上がそんなことできるわけがない! できるわけがないわ! だって叔父上は……」
「ひとまず落ち着きましょう、ヤーデ姫。私たちがここにいることはアダマーサは知らない。これは本当です」
「『私たち』?」
そこで初めて、ヤーデ姫の瞳がミリアと――フェジュを見た。
「おまえ……どうして!」
するとヤーデ姫の真っ青だった顔は鬼のように変貌したではないか。
「おまえはエグオンスに売ったはず! まさか抜けてきたのか!?」
口調まで粗暴だ。これがあの、気品漂う姫君だったヤーデ姫とは、にわかには信じがたい。フェジュもすっかり萎縮している。
「フェジュは私が引き取りました。私のシュバルと引き換えにね」
「なっ……」
私がそう告げると、ヤーデ姫は私の手を振りほどき、使い古した貧相なブーツでフェジュに歩み寄ったかと思うと――フェジュの頬を叩こうと手を振りかざした。
「ヤーデ姫! おやめなさいッ!」
まったく油断も隙もない姫だ。私はふたたび彼女の手首を掴んだ。
「離せ! こいつはわたしたちの指示に従わなかった!」
「指示? フェジュはあなたの夫の研究費のために売られたのでしょう、ヤーデ姫」
「ええそうよ。魔石の研究のために! それを、ノコノコと逃げてきやがって、この家畜が! おまけにこんなゴリラまで連れてきやがって!」
目の前でがさつな物言いをするこの人は、本当にあのヤーデ姫なのか? あ、頭がくらくらしてきた。乱暴だ。いや野蛮だ。野蛮すぎる。そう私が困惑していると、
「ふんぬぁっ!」
「あ、ミリア、なにをしている!」
ミリアがヤーデ姫の頬を引っぱたいた。ものすごい音をたてながら。
「痛っ……なにすんだトゲ耳! 無駄にモサモサヘアーしやがって!」
とうぜんヤーデ姫はご立腹だ。しかしながらミリアもそうとう腹が立っているらしく、
「てめえが何してんだ、あン? てめえのガキだろコイツはよォ! なあ!」
という、ヤーデ姫に負けず劣らずの口汚さで応戦しはじめた。
「どこにてめえのガキを家畜呼ばわりして殴る親がいんだ、このボケナス姫! あ、ここにいたか。いちゃったか。いちゃったモンはしゃーねーか……って納得すると思ったかアンポンタン! 次に同じことやったら、おぼえてろ、あたしがてめえを家畜にしてやるよ!」
「ちょっと……気持ちはわかるが言い過ぎだ、ミリア。おまえが落ち着け」
これにはフェジュも拍子抜けしたらしく、私の背後におずおずと移動する。ふう、ミリアのおかげで私が冷静になれた。そうして落ち着いたところへ、
「さっきから騒がしいが、誰か来たのかね、ヤーデ?」
家の奥から男の声が聴こえてきた。
「アナタ……」
奥から出てきたのは、やせ細った体格の、おまけに目つきも細い、私よりも少し歳下と思しき男だった。この男がメンテリオなのだろう。ヤーデ姫は彼に寄り添う一方でフェジュは表情を固くさせている。私はフェジュの頭をぐっと撫でながら男に言う。
「私はヴィクトロ。ヴィクトロ・アール・リベルロ。こっちは秘書のミリア。あなたをメンテリオ殿とお見受けする」
「いかにも。ボクがメンテリオだ」
「私たちはあなたがたに話をしに参った。まずヤーデ姫のお身柄をリベルロ王国に戻すことと……」
「……ほら! ゴリラ叔父上はやっぱり叔母上の命令でわたしを連れ戻しに!」
「話を最後までお聞きください。それから私をゴリラと呼ぶのもおやめください。ひと月前、ヤーデ姫、あなたの母君バマリーン様のお屋敷が襲われていました。あなたがたは何か知っていませんか? それをお教え願いたい。断じて言うが、これは我が妻であり親愛なる女王アダマーサの命令ではない。私はアダマーサに逆らってきた」
「さ……逆らった? ……うそ」
ヤーデ姫がもっとも反応したのはそこだった。
「虚偽ではありません。そうだな、ミリア」
私はミリアが正気に戻っていると信じ、彼女を頼った。ミリアはうなずいてくれた。
「はい。逆らった殿下を王都に戻そうと、殿下のお父上、ドモンド様もあたしたちの前に来ました。ま、返り討ちにしましたが、殿下が」
「ありえないッ!」
ヤーデ姫は声を荒らげた。フェジュが肩を震わせたのがわかった。
「そうだな……ちょっと信じられんよ」
メンテリオもヤーデ姫に同意した。
「アナタ、魔石はたしか、まだ……」
「……ウィストラー家の若造が持っているはずだ、ヤーデ」
夫婦は何やらこそこそ話したかと思うと、ヤーデ姫のほうが私を見る。
「じゃあ、やっぱり、今も……」
「ゴチャゴチャゴチャゴチャ言ってねーでハッキリ言えです、姫殿下!」
ミリアの催促にヤーデ姫は観念したらしく、こう言った。
「叔父上は……叔父上は叔母上に魔法をかけられているのよ?」




