表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/71

ヤーデ姫とメンテリオ

 扉を開けたのは、ヤーデ姫の面影がある、緑髪の若い女性だった。

 彼女こそヤーデ・ローア・リベルロ。亡き王太子殿下とバマリーン様の一人娘であり、十年前、ローリー帝国にさらわれた姫君。八年前、フェジュを産んだ母親。


「あなたがヤーデ姫殿下ですか?」


 ミリアが尋ねた。ミリアはヤーデ姫と面識はあったはずだが、ヤーデ姫が最後に王国にいたのは十代前半のころだ。相手がうなずくまで、相手がヤーデ姫であるという確信は持てない。

 ヤーデ姫は顔をこわばらせ、一歩下がった。まずい。


「のけミリアッ」

「きゃあっ! な、なにをするの!」


 私は扉の向こうでしかと見た。ヤーデ姫が魔法を使おうと手を組みはじめるのを。ふう、私が瞬発力も優れていて本当によかった。おまけに記憶力もまだまだ衰えていない。ヤーデ姫のあの構え、フェジュが南の戦場で見せたものとまったく同じだった。

 私は家の中に足を踏み入れ、とっさにヤーデ姫の両手首をそれぞれ掴んだのだった。いくら私でも魔法にはかなわない恐れがあるからだ。


「申し訳ない。乱暴するつもりはないのですが、あなたにも乱暴はしてほしくはありません」

「あなたは……もしかして……叔父上?」

「はい。お久しゅうございます、ヤーデ姫」

「どうして叔父上がここに! 叔母上が来るよう命じたの!?」


 ヤーデ姫は血相を変えて混乱している。


「違います、私は私の独断でここに」

「ウソ! 叔父上がそんなことできるわけがない! できるわけがないわ! だって叔父上は……」

「ひとまず落ち着きましょう、ヤーデ姫。私たちがここにいることはアダマーサは知らない。これは本当です」

「『私たち』?」


 そこで初めて、ヤーデ姫の瞳がミリアと――フェジュを見た。


「おまえ……どうして!」


 するとヤーデ姫の真っ青だった顔は鬼のように変貌したではないか。


「おまえはエグオンスに売ったはず! まさか抜けてきたのか!?」


 口調まで粗暴だ。これがあの、気品漂う姫君だったヤーデ姫とは、にわかには信じがたい。フェジュもすっかり萎縮している。


「フェジュは私が引き取りました。私のシュバルと引き換えにね」

「なっ……」


 私がそう告げると、ヤーデ姫は私の手を振りほどき、使い古した貧相なブーツでフェジュに歩み寄ったかと思うと――フェジュの頬を叩こうと手を振りかざした。


「ヤーデ姫! おやめなさいッ!」


 まったく油断も隙もない姫だ。私はふたたび彼女の手首を掴んだ。


「離せ! こいつはわたしたちの指示に従わなかった!」

「指示? フェジュはあなたの夫の研究費のために売られたのでしょう、ヤーデ姫」

「ええそうよ。魔石の研究のために! それを、ノコノコと逃げてきやがって、この家畜が! おまけにこんなゴリラまで連れてきやがって!」


 目の前でがさつな物言いをするこの人は、本当にあのヤーデ姫なのか? あ、頭がくらくらしてきた。乱暴だ。いや野蛮だ。野蛮すぎる。そう私が困惑していると、


「ふんぬぁっ!」

「あ、ミリア、なにをしている!」


 ミリアがヤーデ姫の頬を引っぱたいた。ものすごい音をたてながら。


「痛っ……なにすんだトゲ耳! 無駄にモサモサヘアーしやがって!」


 とうぜんヤーデ姫はご立腹だ。しかしながらミリアもそうとう腹が立っているらしく、


「てめえが何してんだ、あン? てめえのガキだろコイツはよォ! なあ!」


 という、ヤーデ姫に負けず劣らずの口汚さで応戦しはじめた。


「どこにてめえのガキを家畜呼ばわりして殴る親がいんだ、このボケナス姫! あ、ここにいたか。いちゃったか。いちゃったモンはしゃーねーか……って納得すると思ったかアンポンタン! 次に同じことやったら、おぼえてろ、あたしがてめえを家畜にしてやるよ!」

「ちょっと……気持ちはわかるが言い過ぎだ、ミリア。おまえが落ち着け」


 これにはフェジュも拍子抜けしたらしく、私の背後におずおずと移動する。ふう、ミリアのおかげで私が冷静になれた。そうして落ち着いたところへ、


「さっきから騒がしいが、誰か来たのかね、ヤーデ?」


 家の奥から男の声が聴こえてきた。


「アナタ……」


 奥から出てきたのは、やせ細った体格の、おまけに目つきも細い、私よりも少し歳下と思しき男だった。この男がメンテリオなのだろう。ヤーデ姫は彼に寄り添う一方でフェジュは表情を固くさせている。私はフェジュの頭をぐっと撫でながら男に言う。


「私はヴィクトロ。ヴィクトロ・アール・リベルロ。こっちは秘書のミリア。あなたをメンテリオ殿とお見受けする」

「いかにも。ボクがメンテリオだ」

「私たちはあなたがたに話をしに参った。まずヤーデ姫のお身柄をリベルロ王国に戻すことと……」

「……ほら! ゴリラ叔父上はやっぱり叔母上の命令でわたしを連れ戻しに!」

「話を最後までお聞きください。それから私をゴリラと呼ぶのもおやめください。ひと月前、ヤーデ姫、あなたの母君バマリーン様のお屋敷が襲われていました。あなたがたは何か知っていませんか? それをお教え願いたい。断じて言うが、これは我が妻であり親愛なる女王アダマーサの命令ではない。私はアダマーサに逆らってきた」

「さ……逆らった? ……うそ」


 ヤーデ姫がもっとも反応したのはそこだった。


「虚偽ではありません。そうだな、ミリア」


 私はミリアが正気に戻っていると信じ、彼女を頼った。ミリアはうなずいてくれた。


「はい。逆らった殿下を王都に戻そうと、殿下のお父上、ドモンド様もあたしたちの前に来ました。ま、返り討ちにしましたが、殿下が」

「ありえないッ!」


 ヤーデ姫は声を荒らげた。フェジュが肩を震わせたのがわかった。


「そうだな……ちょっと信じられんよ」


 メンテリオもヤーデ姫に同意した。


「アナタ、魔石はたしか、まだ……」

「……ウィストラー家の若造が持っているはずだ、ヤーデ」


 夫婦は何やらこそこそ話したかと思うと、ヤーデ姫のほうが私を見る。


「じゃあ、やっぱり、今も……」

「ゴチャゴチャゴチャゴチャ言ってねーでハッキリ言えです、姫殿下!」


 ミリアの催促にヤーデ姫は観念したらしく、こう言った。


「叔父上は……叔父上は叔母上に魔法をかけられているのよ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ