だからだからだから!
「フェジュに命令したのはあなたか」
険しい表情のルーグにも、私は怯えやしない。
「『命令』はね。おっと、こっから先は言えねえがな」
ふん。ルーグ、口を滑らせたな。
「なるほど、クライアントの意向か。聞いたなミリア」
「ええ。この耳でしかと聞きました」
ミリアが頷いた。するとシカリースがわずかに顔色を変える。
「リーダー、うかつなことは言わねーほうが」
「どーせバレてんだろ、シカリース。アタシらが傭兵団であるかぎりはな」
「あなたは『王族』と言ったな。するとクライアントの狙いは私ひとりだけではなく、アダマーサ……女王も、ということか?」
「だから言えねえって言ってんだろ」
「ならばクライアントは誰だ? 皇帝か?」
「言わねえよ! ひとの話聞いてんのか聞いてないのかどっちだよテメェ!」
「リーダー、落ち着け」
少しまくしたてればボロを出すと思ったが、そうはいかないようだ。興奮気味のルーグをシカリースがおさえている。
「ったく、この落とし前、どうしてくれんだよフェジュ」
「オトシマエ?」
「自分のよごれたケツはどーすんだってこった。はあ、魔法使いだからといってコイツに任せたアタシが馬鹿だったか?」
「そんな言い草はよせ、ルーグ。大丈夫、あなたは馬鹿などではない」
「なんでテメェに言われなきゃいけねえんだよ、ヴィクトロ! つーかどこから目線なんだよ!」
「だからリーダー、落ち着けって! テメーもふざけたこと言ってんじゃねーぞ」
シカリースが苛立った目で私を見てくる。なだめられたルーグは失われかけた理性を取り戻したかのような顔でソファーにふんぞり返った。
「だいたい、自分のタマ奪おうとした相手にどうしてノコノコついてきてんだ、テメェは?」
「バマリーン様のお屋敷の惨事と、フェジュの両親についてあなたに伺おうと思ってな、ルーグ」
「どうやって国境を?」
「デュク族の協力を得て。ちなみに私がここにいることはご内密に願いたい」
「馬鹿だ、こいつが馬鹿だ。自分が戦争の大きな火種になりうることを想定していない大馬鹿者だ」
「それにはあたしも同感です、ルーグ」
「止めなかったテメェも同罪だからな、ミリアとかいう嬢ちゃん」
そんなことを言っても来てしまったものはしかたない。よし、押し切ろう。
「だから二つの件について教えたまえ、ルーグ」
「なんだよ『だから』って。『だから』の使いかた間違えてんぞ。言っとくが、アタシらにはテメェを殺さなきゃいけねえ道理がある。それが依頼だからな。……だから、そんな期待した目で見つめられてもクライアントについては言わねえぞ、ヴィクトロ。いいか、これか正しい『だから』だ、おぼえとけッ。そんで、アタシがその依頼を任せたのがフェジュだ。……ああもう、なんで王族相手にこんなことイチイチ説明しなきゃいけねーんだ」
「大丈夫、続けて」
「だからどこ目線なんだよ。そしてフェジュは、いわば依頼を放棄したカタチになる。依頼放棄はこの傭兵業界、いや裏社会、なんなら表社会でも御法度だ。そのことは王族でも理解できるだろ?」
「うむ、そうだな」
「だからフェジュには平気なツラしてここに帰ってくることも、ましてや依頼対象のテメェがノコノコうちに来て『二つの件についてはどういうことですか?』なんて訊くことも道理にかなってねえんだよ! いいかわかったか!」
「ああ、ブラボー、見事な三連続『だから』だった!」
「四連続だよ! でもそこじゃねーんだよ!」
ルーグがバシッと肘掛けを叩いた。
「殿下、少々おちょくりすぎです」
「む、すまんミリア、勢いで口を割らないかと思ってな」
「謝る相手はアタシだろ、いい加減にしろ!」
そのあと私はきちんとルーグに謝罪した。
「――ヴィクトロ、テメェが頑として話を聞き出そうとしてるってことはわかった、アタシから。だがクライアントからの依頼をしくじった手前、アタシらはテメェもフェジュも始末しなきゃいけねえ」
「し、始末って……」
「今さら訊くんじゃねえよ、フェジュ。この世から葬り去るってことだよ」
ルーグが汚い笑みをフェジュに向けた。
「そうしなきゃアタシらのクビが飛ぶ。しかしウチにはまだまだ仲間がいる。アタシはその仲間を食わせていかなきゃならねえ、そのためにはフェジュの命でクライアントに勘弁してもらわねえとな。幸い、フェジュは魔法使いだ」
「やはりローリー帝国でも魔法使いは特別か、ルーグ?」
「そりゃそうだろ、ヴィクトロ。なんてったって魔法使いは〝悪魔のアダマーサの子孫〟なんだぜ」
「悪魔? それはまさかアダマーサ一世陛下のことか。陛下を侮辱するのも大概にしろ!」
「はあ? おいおい、ローリー帝国ではそれが常識なんだぜ。ここをリベルロ王国と思ってもらっちゃ困るよヴィクトロ」