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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
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第二章:治癒士の素質

強制休眠状態(スリープモード)に入る時は、本当に“落ちる”と言う表現がしっくり来る感覚がする。


意識の水面(みなも)から一瞬で無意識の水底に引き擦り込まれるような、そんな感覚だ。


そして覚醒するときはその逆だ。


深い深い水底から押し上げられて水面に上がるような感覚を覚えた後、意識が覚醒へと向かうのである。



「──────んぁ?」



虚空へと放り投げられるような感覚がすると、ノアはぱかっと目を開いて目を覚ます。


無意識に零れた声は寝言に聞こえそうな程間が抜けており、しかし意識は奇妙な程はっきりとしていた。


それでもボーッとベッドに横たわったまま天井を見つめるのは、とりあえず状況確認と器の掌握に時間がかかったからである。



「あ、姫さん。目ぇ覚めたんだね!気分はどうだい?どこか痛むトコとか…」



最近見慣れてきた岩窟神殿礼拝堂奥の宿直室の天井を見つめていると、こちらも聞き慣れてきた女の声が横から聞こえてきた。


今この神殿に女は一人しかいないので、確認しなくても誰かは理解した。



「ん〜、ちょっと待って……」



そう呟くように零しつつ、意識して自身の感覚が器全体に行き渡るようにする。


どうも自分はアークと違い、まだ完全に器と同調しきれていないらしい。


そのせいか一度眠ると意識が殻に閉じ籠るようになる。


その結果、しゃべれはするけど動けない、と言う状態に逆戻りしてしまうのだ。


何とももどかしい限りであるが、こればかりは慣れだ、とアークにもきっぱりと言われてしまった。


人形状態できびきび動けるようになれば同調は完璧になるそうだが、それにはもう少し時間がかかりそうである。



「よい、しょ……っと!」



昨日よりは多少時間がかかったが器を掌握し、ノアは反動をつけて上半身を起こす。


その時、足が浮いたのは仕方がないのだ。


何せ人形の躯には、腹筋どころか筋肉だってないのだから。



「えーっと、今日何日だ?」

「火精節光月2日だよ。もう朝の9時」



岩山の中に作られた神殿内部では、外の様子が解らないので時間も解らない。


どれくらい休眠していたのかと首を傾げれば、ベッドの傍らで椅子に座るエイダがミーディアムで確認しながら答える。


一年のカレンダーにスケジュール帳、当然時計機能もある優れものだ。


ますます“前”も似たようなものを持っていたような…、と頭を悩まされる代物でもあった。


余談だが、時間の計り方は“前”と同じらしい。



「あちゃ、半日以上寝ちゃったか。……はぁ」



やっぱ強制休眠状態(スリープモード)に入るとどうしても長くなるな、と続けて溜め息──の言葉──を零す。


そこで漸く休眠する前の事を思い出して顔を上げた。



「って!そういえばあの人どうなった!?生きてるんだよね!?」

「わひゃっ!?だ、大丈夫だよ!怪我も呪詛も姫さんが完全に治してちゃんと生きてるよ。

今は別の部屋で休んでるし、紫呉の兄さんが看てるよ。

衰弱はしてたけど、あのにいさんだって戦闘部族の鴉族(あぞく)なんだし、すぐ回復するって、兄さん」

「そっか。それなら良かった。

…で、あぞく?って?」



件の青年が無事であることを確認し、安堵してから問い掛ける。


響きから亜人の一種だろうとは思うが、聞き覚えは全くない。


思った以上に己は世界(エレオス)の事を知らないのだと実感しつつ、エイダから聞いた答えは想像した通りだった。



「鴉族ってのは鳥人族の一種だよ。ほら、昨日助けたにいさん、背中に黒い翼があったろ?

烏の黒い翼に琥珀色の瞳は、鳥人鴉族の特徴なんだよ」



個体によって翼の大きさや色などが異なる鳥人族だが、代表的なのは四種族存在する。


烏の翼を持つ鴉族はその中でも鷲族に並び立つ程の上位種でありながら、闇に潜み影として生きる隠密のような種族である。


その性質上殆ど表舞台に姿を表さず、他の上位種族の隠密(カラス)として存在し生きる事を信条としているのだ。


そう聞いて思い出したのは、黒翼の青年が纏っていた空気である。


確かにその空気…と言うよりその服装は忍装束と言うのに相応しいものだった。


隠密…他種族の影として生きると言うのであれば、鴉族より上位種である鬼人族に仕えているようなものだろうか。



────…って、ここで考えなくたって、後で直接聞けばいいか。



どうにも今現在この森で…と言うか、紫呉の故郷で何か一大事が発生しているらしいのだ。


対岸の火事と放置するわけにもいかないので、話をするついでに聞いてみる事にする。



「それにしても、まさか姫さんに治癒士(ヒーラー)の素質があったなんてねぇ。

その上あんな高ランクの治癒術を創造しちゃうだなんて…!

あんな事、学園を卒業した超一流の魔術研究者にだって出来ない事だよ!?」



流石は姫さん、なんてどこか興奮気味のエイダに言われ、ノアは数秒何のこっちゃ?と首を傾げた。


あの時は無我夢中だったからなのか、何故強制休眠状態に陥ったのか、覚えていなかった。


しかし、エイダは相当興奮しているのか、ノアの様子に気付く事なくひたすら捲し立てる。



「第一治癒系の詠唱術自体先天的な才能がないと使えないんだよ!?

治癒系紋章術もあるにはあるけど効果は低いし高額だし。

治癒術だけはどんなに高名な魔術師だろうと後天的に習得出来ないんだ!

その上術式の解析も計算もなしに新しい魔術を構築するなんて、とんでもない大偉業だよ!!」

「あー、えーっと、よく解んないけどとりあえず鼻息荒いの気持ち悪いから落ち着け」

「うぶっ!?」



捲し立てながら鼻息荒く顔を近付けてくるエイダに対し、若干トラウマを刺激されながらも冷淡に答える。


そのついでに近付くな、と言う意味を込めて枕代わりのクッション(エイダがラトニスで購入してきた)を、その顔に押し付けた。


エイダが酸欠を訴えるくらいには押し付けた後、冷静さを取り戻したところで改めて聞いてみた。



「治癒術ってそんなに特殊な魔術なの?

新しい魔術を作ったって自覚はあるけど、イメージさえ出来ていれば作れるってアークも言ってたけど?

つか治癒紋章術式なんてあるんなら、何で使わなかったのさ。まぁエイダが使ったところで焼け石に水だろうけどさ」

「あぁぁ…!始めて姫さんに矢継ぎ早質問されたのに、さりげに責められた上に貶された…!」



誰にとも知らず説明しつつ、嘆きながらも喜色に口元を歪め、興奮したように打ち震えるエイダ。


何とも色々な意味で器用なエイダだが、相変わらずの残念さにノアはドン引きしていた。


ノア達に関わるようになって拍車はかかっているが、姐さんの残念っぷり元からなのである。


とりあえず例の“拗らせた痛い発言”は今のところ出ていないので、そこだけは良しとしよう。



「いえ、あのですね。確かに治癒紋章術式は存在してるけど、あたしは持ってないんですよ。

あたしが持ってるのは攻撃系と防御系、後は属性紋章ばっかで…。

治癒系は今あたしが持ってる紋章術式の数倍は高額なんですよ!?

万年金欠のあたしらには、とても手が出ないんですよ…」

「貯蓄しないのが悪いんだと思う」



ノアの的確且つ痛烈な正論に、言うまでもなくエイダは撃沈した。


とは言え、エイダを庇うわけではないが、治癒紋章術式が稀少で高額である事は事実である。


それと言うのも、治癒術が全魔術の中でも最も難解な術式である事が、理由にあげられる。



「生体マナに直接干渉する術だからか、とにかくとんでもなく複雑なんですよ。

その上生まれ待った素質がないと使えない、特別な魔術なんです」

「生まれ持った素質…。そういえばアークも使えないって言ってたな…」



相応の魔力とマナ感知力さえあれば、後は勉強次第で習得できるのが魔術である。


ノアが苦手とする攻撃系統を始め、補助系統、防御系統、結界術など、得手不得手はあろうが後天的に覚えられる術が殆どだ。


しかし、治癒術のみが先天的な素質、生まれ持った才能を持つ者のみが使用出来る、特別な術式なのである。


その為、高ランクの術すら短縮呪文で発動させられる程の才能を持つアークでも、治癒術を覚えようとしても不可能なのだ。



「これは学園で教わった事なんだけど、人類(ヒト)には魔術系統に相性があってね、それが関係してるんじゃないかって言われてるんですよ。

でも、今のところ何で治癒術だけ特定の者にしか使えないのか、判明していないんです。

紋章術式でならアークの旦那も使えるんだろうけど、高ランクの…効力の高い治癒術となると、詠唱術しかないし…」

「素質がないと使えない…」

「そう言う事だね。治療薬持ってた辺り、紫呉の兄さんも使えないんだと思うよ。

治瘉士(ヒーラー)なんてそこらにホイホイいるもんじゃないしね」



世界(エレオス)中から有能な者が集まるアルブスフィア学園ですら、治癒士(ヒーラー)の素質を持つ者は全体の一割にも満たないらしい。


紋章術の開発により治癒術も前よりは一般的になったとは言え、エイダが言ったように効果は低く、売りに出されているものも非常に高額だ。


一介の冒険者では容易に手が出せない治癒紋章術式は、主に様々な国の医療機関に普及されている。


しかし効果の低い紋章術では重傷者の治癒は間に合わず、殆ど付け焼き刃にしかならない。


結果、紋章術が開発された今でも、各医療機関は治癒士を探していると言う。


人魔戦争の最中やそれ以前、或いは後に起きた争乱の中には、一人の治癒士を巡って発生したものもある程だ。


自国、或いは自軍のため優秀な治癒士を求めるのは理解できるが、そこまでするかと引いたのは己にその治癒士の素質があると判ったからか。


何しろ当時は魔術を習う機関などなく、殆ど独学だった。


そのため己に治癒士の素質があるなど知らぬまま、生涯を終える者も少なくなかった。


そのため治癒士の数は今より少なかったが、その分強力な力を持つ者ばかりだった。


それ故に、新しい治癒士を探して育てるより、既に治癒士として地位を確立している者を引き込む方が早い。


同時にその治癒士が属する組織や国を制圧し傘下に加えれば、自国または自軍の強化にも繋がる。


当時はそんな理由で戦乱が起きていたと言う。


今はそんな戦乱もなく平和な世が続いているが、治癒士を狙う不穏なやり取りは今でも水面下で行われていると言う。



「そう言うわけだからね、姫さん!昨日みたいな事は不用意に大勢の人間の前でやっちゃダメですよ!?

あんな強力な治癒術を新しく構築して完成させる、なんて、魔術研究所の連中に知られたらどうなるか……!

ただでさえ姫さんは憑依人形(ゴーレム)って言う珍しい存在なんだし、絶対良からぬ事や人非道的な実験材料にされっちまうよ!!」

「あー…、それは、流石に、イヤ…だなぁ…」



顔を青褪めつつ鼻息荒く捲し立てるエイダから身を守るように、ノアはクッションでカードしつつポツリポツリと零した。


魔術研究所がどのような機関かは解らないが、どうにもまともな印象を抱けない所らしい。


しかしいまいちピンと来ないが、どうにも自分はとんでもない事をやらかしたらしい、との自覚には至っていた。


…とは言え、それが歴史上類を見ない大偉業であるとは思い至らず、ノアはクッションをエイダの顔に、もふっと押し付けて再び黙らせあっさりと話題を変えた。



「それはそれとして、アークはどこ行ったのさ?」



軽くマナ感知による探知、…マナサーチ(ノア命名)を発動させて気付いたのだが、アークのマナが周辺に存在していなかった。


アークのものと比べて、ノアのマナサーチはそれほど高性能ではない。


索敵範囲は最大まで拡大して精々が直径50セルカ(メートル)程度だ。


本来は生体反応が分かるだけで個人を特定など出来ないが、

アークのそれが解るのは偏に羈絆のお陰と言って良い。


それによれば、確かに紫呉は少し離れた隣室にいるらしい。


そのすぐ傍らに生体反応があるので、それが件の鴉族なのだろう。


そこから更に少し離れた場所に1つ、誰かの反応がある。


恐らく階段トリオの残り二人…、スヴェンかヤンのどちらかだろう。


それ以外に反応はなかった。



「あ、アークの旦那でしたら調べたい事があるって言ってちょっと前に外に…」

「調べたい事ねぇ…」



どうせアークの事だから具体的な事は話さず出掛けただろうから、そう呟くだけにしてベッドを降りる事にした。


階段トリオはともかくとして、紫呉にはなにか話しているかも知れないし、例の鴉族の事も気になる。


無事と聞かされても、やはり己の目で確認しなければ安心できないのだ。



「紫呉のトコ行く」

「あぁっ!だ、だったらあたしが」

「リハビリで歩くから平気」



エイダの申し出をすげなくきっぱり断って、ベッドを降りたノアは昨日より安定した足取りで扉へと歩き出した。


一方あっさり振られたエイダはノアの後に続きながら、またもや抱っこを拒否されて嘆いていた。


まだノロノロとしか歩けないノアを運ぶのは、決まってアークか紫呉のどちらかである。


基本的に、この二人が階段トリオには人形──アークも含む──に触れさせておらず、ノアも何となく避けているのである。


曰く、抱っこしようとする時の表情が気持ち悪い、略してキモい。…との事。


流石に扉は自力では開けられないのでエイダに開けてもらうと、丁度残っていた最後の反応……ヤンがこちらに走ってくるところだった。



「あ、姫さん、姐さん。丁度呼びに行くところだったんスよ!」



どたばたと短い足を動かしてずんぐりとした躯を揺らして走る様はどうにも慌ただしく、足音もどてどてと騒がしい。


そのどうにも品のない様子に、下僕二人には強気なエイダが素早く難癖を付けた。



「何だい騒々しいねぇ!もうちょっと静かに出来ないのかい!?」

「ひいっ!い、いや、姐さんの方がうるさ、あぁ、いや、何でもないッス…」



出会い頭に叱責されて言い返そうとするのも束の間、ヤンはエイダに睨み付けられ即座に頭を垂れた。


“旦那”と仰ぐ相手が出来た──勝手に作った──とて、姐さんの理不尽が鳴りを潜める事などないのである。



「何かあった?てかも一人…、犬の人どこ行った?」



咄嗟に名前が出ず、それでも解り易い特徴で聞けば、「スヴェンの兄貴ッスよ」と項垂れながら教えられた。



「いや、鴉族のにいさんが目ぇ覚ましたんで呼びに…。

兄貴はその事を旦那に知らせに行ったッス」



どうにもこの階段トリオ、人に妙な呼称を着けるのが通例らしい。


度々「誰が姫だ」と呼称を改めるよう言っていたのだが、三人揃ってやめるつもりはないらしい。


その辺は妙に頑固である。


紫呉の(あに)さん呼びも定着しており、新たにやって来た鴉族の青年もそのとばっちりを受けている。


本人達曰く信頼の証らしいが、それで“姫”なんて呼ばれる方は何とも複雑である。


女でも、男でもないのだから…。


そう文句を言って改めさせようとしても無駄だと既に解っているので、特に何も言わずノアはゆっくりと歩を進めていった。




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