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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
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第二章:影に生きる風烏

長らくお待たせしました…!





待ってない?





……………ですよね…。

礼拝堂にある祭壇の横には、かつて神官達が寝泊まりしていたと思しき宿直室が存在する。


五百年…或いはそれ以上の年月、人の手を離れ忘れ去られていた場所でありながら、残されていた家具類に痛みは殆どなかった。


それどころかちょっとした生活用品や寝具まで、ある程度使用に耐えられる状態のものが残されていた。


それはありがたく使わせてもらっているのだが、何故こうして残されているのかは疑問を抱いてしまう。


深く考えても答えが出る問題でもないので、利用出来るなら使う事にしたのである。


ノアが普段アークと共有で使っている宿直室は、祭壇の右側に存在している。


そこからゆっくり歩いて祭壇の左側にある、もう一つの宿直室に向かった。


足取りは多少遅いが、壁などを支えにすればふらつく事なく歩けるようになって来た。


少々時間をかけて左側の部屋に辿り着くと、ノアはある事に思い至り後ろの二人を振り返った。



「そう言えば、エイダって全部の術の呪文を丸暗記してるんだよね?それって治癒術も込み?」

「えぇ、もちろん!自慢じゃないけどランク0から6までの全ての魔術の呪文は、空で唱えられるくらい完っ璧に暗記してますわ!!」

「いや、どう考えても自慢だよね、それ」

「それで術が発動しないんだから、宝の持ち腐れッスよねぇ」

「何が言いたいんだい!?」



ノアの問いに絶壁に近い胸を張ってエイダが答えると、即座に突っ込みのような呟きが両者から零れる。


しかし、その呟きにエイダが反応したのはヤンの方だけ。


怒号と睥睨を一方的に受けたヤンはと言うと、引き吊った悲鳴を上げてビクついていた。


が、今回は自業自得、口は災いの元、である。



「まぁそれは今はどうでも良くてさ。

呪文が解るなら、治癒系の呪文全部、メモして渡してくんない?

アークは治癒術使えないからか、教わってないんだよね」



アークから魔術を習うに辺り、ある程度の呪文は聞かされている。


どれも「これが本当の厨二ですか」と言いたくなる響きばかりだったし、教えられた呪文の量も多かった。


しかし、思いの外するすると頭の中に入ってきて、結構明確に覚えられたのだ。


記憶力に自信があった覚えはないので、この世界に来てから記憶力が上がったらしい。


しかし、その中に治癒系と思しき呪文はなかったのだ。



「姫さんからの頼みとあらば喜んで!!…でも、何で急に?」



ノアに頼られた事が相当嬉しいのか、二つ返事で了承したエイダは花が飛びそうな程浮かれ出す。


しかし、突然の頼みとその内容に、すぐに首を傾げた。


治癒術が使えるのであれば、既存の術を覚える理由は解る。


しかし、それならば他の魔術を教わった時のように、都度口頭で聞けば良い筈だ。


記憶力は非常に良いのだし、その方が韻律もより正確に覚えられる。


文面で呪文の流れや言葉の意味を理解するのも、魔術習得に欠かせない要素ではあるが…。



「んー。何となく必要になりそうなんだよね。単なる勘なんだけどさ」



真紅の目線を床へと落とし、曖昧な言葉ながらノアはそうはっきりと口にした。


昨日の一件と鴉族の青年が口にしていた事から、何かが起こっているのは明白。


しかし、具体的な事を訊かなければ何とも言えないので、一応の用心である。



「あと、アークが戻ってきたら教えて。それじゃ、よろしく」



…との言葉をヤンに向けて言うと、ヤンは頼まれ事をされたのが嬉しいのか、頬を紅潮させて胸を張った。



「了解ッス!!」

「すぐ用意しますね!!」



垂直に曲げた右手を胸に当て、何故か敬礼するような姿勢で言う二人をその場に残し、扉をノックした。



「紫呉ー、ボクだけどー」

「あぁ、今開けるよ」



人形の小さく柔い手では、ノックしたところで大した音はしない。


それでも己の接近に気付いていたのだろう、声を掛けてすぐに内側から扉が開かれた。


扉を開いてノアを招き入れたのは当然紫呉で、彼は己の足元にいるノアにすぐ片膝をついて目線を近づけた。



「休んでいたところ悪いな。彩風(アヤカジ)…あいつがノアと話したいって…」

「うん。ボクも容態とか気になったしさ。

問題ないなら入っても平気?」



扉の影からヒョコッと顔を出して室内を覗き込むと、壁と紫呉の隙間から簡素な寝台が見えた。


お世辞にも清潔そうには見えず、ないよりマシと言う程度の薄手のシーツが一枚かかっている。


どう見ても寝心地の悪そうなベッドの上には、件の青年が座っていた。


血と泥で汚れあちこち切り裂かれていた漆黒の装束は、紫呉が着ているものによく似た、けれども彼によく似合う紺色の襦袢に着替えられている。


また、どのような仕組みなのか、昨日は確かに存在した漆黒の翼が、青年の背から消えていた。


その代わり、ではないが昨日は白い襟巻きに隠されていた素顔が見えている。


クールビューティーと言う言葉がしっくり当てはまる“イケメン”な青年は、その端正な顔に喫驚を浮かべてこちらを見つめていた。


紫呉の了承を得て部屋に入ると、紫呉は立ち上がると同時に自然な流れでノアを抱き上げる。


それを同じく自然に受け入れ抱き上げられるノアを見て、拒否され続けているエイダとヤンは、羨ましそうに悔しそうに見送る。


そんな二人の羨望の目を気にする事なく、…というより気付かず気にも掛けず、扉を閉める紫呉であった。



「彩風、このヒトがさっき話した…」



いつものようにノアを己の腕に座らせて紫呉が振り替えると、布が擦れる音と木が軋む音が同時に上がる。


それにより紫呉の言葉は驚きと共に中断され、その原因を作った青年は俊敏な動きでベッドから降りて跪いた。


突然の展開に、ノアの方がより大仰に驚いていた。



「事の子細は紫呉より聞いております。

我が名は彩風。風雷の里の鬼人族に仕えし鳥人鴉族の頭領にして、隠密にございます。

この度は我が命のみならず、魂までも救っていただき、感謝の言葉もございません」



背中の翼がなくどう見ても人間にしか見えない鴉の鳥人族、彩風はノアの前に膝を着くと頭を垂れた。


死は免れない程の重傷と呪詛を退け、生きる活力すら与えられたのだ。


その感謝の念は、どこまでも深いようだった。


それがこの(ノア視点では)過剰なまでの慇懃な言葉に現れているようで、ノアは返って焦ってしまった。


元々(ヘリクダ)られたりするのは苦手なのだ。



「本当に、何としてこの恩をお返しすれば良いのか…」

「あああああっ待ってまって!そんなに畏まらなくて良いよっ。

こっちはこっちで始めてやった事で、運良く上手くいっただけかも知んないし!

恩とかそんな、大袈裟に考えなくて良いんだって!」



片膝を着いて頭を垂れる彩風を見て、あれ?これなんて既視感(デジャビュ)?とか、思わず遠い目になる。


…といっても人形の表情は変わらないのだが、制止するようにパタパタ振られた小さな手が、ノアの焦りを語っていた。



「しかし、俺が今こうして五体満足で生きていられるのは、全て貴方が癒してくださったお陰なのです。その恩に報いねば……」

「や、や、や、でもさ、ボクには治す力があって目の前に怪我人がいたんだから、治すのは当たり前だし。

むしろ、ボクにそんな力があったなんて彩風さんの事がなかったら解んなかったかも知れない。

だから本当に気にしなくて良いんだって」



食い下がる彩風に、ノアもまた食い下がる。


当然の事、とはいえ十二分に大偉業を成し遂げたのだから、当事者…彩風が大恩を感じるのも当然である。


己はもう助からないと、悔しさを抱いて消え行く覚悟すらしていたのだから。


ノアは十分胸を張って自慢出来る事をしたのだから、もっと踏ん反り返っても良いのに。


…と、紫呉は尚も謙虚な姿勢の主に、内心で苦笑した。


そして、このままでは平行線だろうと、二人の会話に割って入る事にした。


ノアの性分を理解している以上に、幼馴染みの堅物さも十二分に理解しているのだ。



「気持ちは解るが少し落ち着けよ、彩風。

ノアは、お前がなんの後遺症もなく元気なら、それで十分なんだよ。だろ?」

「うん、うんっ!そう言う事!それで十分恩返しになるよ」



紫呉の助け船に慌てて飛び乗ってうんうんと頷くノアに、それでも彩風は納得していないような雰囲気で顔をあげた。


しかし、ノア本人に元気であればそれで十分、と言われては何とも言えず、彩風は最後にもう一度礼を口にする。


少し気が楽になったのも確かだった。


しかし、今一つどうしても感受出来ない事があるようで、彩風の少々鋭い視線が紫呉に突き刺さった。



「ノアも、こいつのこの堅苦しい態度に関しては妥協してやってくれないか?

この通り融通の効かない奴なんだ」

「う〜ん…。ボクとしては普通に接してくれる方が楽なんだけど…」



そんな、主従というよりは気安い友人関係のような二人のやり取りに、堅物呼ばわりされた彩風の双眸に鋭さが増した。


それは決して紫呉のフォローに聞こえないフォローの言葉が癇に触った訳ではないが、半分はそれが原因でもある。



「紫呉。そう言うお前のその態度は何なのだ?

この方はお前が自ら主にと望まれた方なのだろう?それを……」

「あぁ、ほら。この通りの堅物でさ。生真面目が過ぎると言うか…」

「大恩ある方に礼を持って接するのは当然だろう。

大体、俺が堅物なのでなくお前が軽薄なだけだろう?」

「せめて気安いって言えよ。

主に対する敬意を表すのは何も敬語を使うだけに限った事じゃないだろ?

だからお前は頭が固いと…」

「気安い態度とて礼を失しているのと変わらんだろう。第一…」

「スト──────────────ップ!!ストップ、ストップ─────!」



バッと立ち上がって真っ向から紫呉を睨んだかと思えば、始まったのは何だか微妙に不毛な言い争いだった。


幼馴染みだと言っていたし、そう言う間柄は得てして互いに遠慮何てものもないのだろう。


このままでは口喧嘩の域に達すると悟り、ノアは小さな右手を二人の顔の間に伸ばして遮る事でそれを止めた。


…と言っても長さが足りず顎の辺りでパタパタさせただけだったが、声を上げた事で何とか制止出来た。



「紫呉にはボクから普通に話して、って頼んだんだよ。だから怒んないであげて。

それに、今は良い争いをしてる場合でもないと思うんだけど……」



礼節を欠いた言動は確かに問題だし、そう言うタイプはノアも好きではない。


礼儀は大切だが別に王族でも何でもないので、四六時中それではこちらが気疲れしてしまう。


それに、ノアにとって紫呉は配下ではなく、あくまで旅の仲間なのだ。


気安い態度の方が気楽なのである。


そう簡単に説明すれば「貴方がそう仰るなら…」と、渋々ながら納得してくれた。


彩風とて、何も紫呉の態度が完全に礼を失している、などとは思っていない。


ただ堅物だ何だのと揶揄された事に、若干むかっ腹が立ったのである。


そこには、次期里長と言う立場にありながら一族に…自分にも何も言わずに主を得た事への怒りも、ちょびっとだけ含まれている。


この件に関しては後で問い質すとして、彩風もこの場は引き下がる事にしたらしい。



「おい、戻ったぞ」



二人の喧嘩未満の口論が収集した直後、そんな言葉と共に部屋の扉がノックもなく開かれる。


紫呉と彩風は誰かが近付いてきた事に気付いていたので普通だったが、ノアだけがびくんちょと肩を跳ね上げた。



「何だアークかぁ。うぁーびっくりしたぁ」



バコンと勢い良く扉を開いた姿勢のまま立っているアークを見て、驚かされたノアは「ほっ」と零しながら胸元を軽く押さえる。


驚いたからと言って心臓などないので何の異常もないのだが、ある意味条件反射である。



「せめてノックくらいしよーよ、アーク」

「何を言うか。マナサーチを常に発動しておれば、すぐ気付けるだろーが」



ブーブーと実際に告げたノアのブーイングに対し、アークはその秀麗な顔に呆れを浮かべて事も無げに言い放つ。


それが出来ないから言ってんだっつの、というノアの反論は聞く耳を持たれず、アークはブスくれた半眼のノアを無視して部屋の奥に視線を向けた。


そこには、アークの入室と同士に片膝を着いた彩風が居り、彼はアークに対して静かに頭を垂れた。



「あぁ、良い。そう言う畏まったのは俺も好まん。普通にしろ、普通に」



再び傅いた彩風に対し、アークも若干苦々しげな表情で告げる。


紫呉の主である二()憑依人形(ゴーレム)から同じ事を言われ、彩風は困惑した様子で顔を上げた。



「あれ?意外な反応。

アークなら“善きに計らえ”とか言ってふん反り返りそうだって思ったのに」

「どんなイメージだそれは」



そんな事言うか、と若干苛立たしげに言って、アークの表情がさらに苦々しげに歪む。


だって俺様系じゃん、と続けられたノアの台詞は容赦なくスルーして、アークは彩風に向き直った。



「そう言えば、調べ物は何を?」

「何って。昨日遭遇したあの鬼共の事を少しな。

だが、まずはお前から詳細を聞かん事には始まらん。良いな?」



紫呉の問いに、アークは顔を彩風に向けたまま淡々と話す。


その様子から何か掴んだのだろうけれど、宣言した通り事情を詳しく聞くまで話す気はないらしい。


しかし、彩風を見つめるアークの顔も、その真紅の双眸にも張り詰めたような真剣さがあり、ノアの人形の胸に嫌な予感が突き刺さる。


ともすればそれは、昨日から感じている不安と同じものだった。




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