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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
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第二章:世界地図

「所で何の用だ?騒ぎに来たのなら邪魔だから帰れ」



ノアには甘く、アークとは気さくに接する紫呉だが、階段トリオには相変わらず冷たい。


ノア救出のために色々と影で尽力してきたとは言え、そもそもの原因は彼らにある。


彼らがつまらぬ欲に刈られて人形を持ち出したりしなければ、あんな事態にはならなかった。


そう考えているからこそ、紫呉の階段トリオに対する態度が軟化しないのである。


恐るべし主至上主義、といったところか。


階段トリオには汚名を返上するべく、頑張ってほしいものである。…無理っぽいが。



「言い方酷いッス!!

アークの旦那に頼まれたものと情報持って“水精霊(アクア)の嘆き”の中、必死こいて戻ってきたのにあんまりッス!!」

「結局動けなくなって、例の廃村で嘆きの豪雨やり過ごして、やっと戻ってきたんですからね!!」



口々に大変だったのだと騒ぐ二人だが、“水精霊(アクア)の嘆き”と呼ばれる豪雨を直接見ていないノアにはピンと来ない。


何しろ岩窟神殿は、岩山の内部に隠されたように作られた建物だ。


外部からは無論の事、窓もないので中からも外の様子は窺い知れない。


つまり、外に出ないと外部の様子は解らないのである。


一方のアークと紫呉は、ノアとは違い嘆きの豪雨がどれ程の物かは理解している。


雨期である水精節の闇月の末日、すなわち昨日の事だが、毎年世界全土で激しい豪雨に見舞われる。


それは毎年各地に多大な被害を及ぼし、候鳥達の足を止めさせていた。


しかし、毎年決まった日に降るため、対策はとりやすい。


旅慣れた候鳥は、精節の時候に合わせて旅の計画を立てている。


だがそれ以前に、アークも紫呉も豪雨だの大嵐だのを一切ものともしない身体能力の持ち主だ。



そんな二人の基準からすれば、『雨ごときで大袈裟な』といった感覚だった。


結果、視界もけぶる程の豪雨の中を歩いてきた階段トリオに対する同情も労いもなく、トリオは毎度のように嘆くばかりだった。


合掌。



「俺が頼んだ事?………何だっけ?」

「「忘れないでぇ!!」」



挙げ句、アークは自分が言いつけた事すら、本気で忘れている始末。


これには流石の紫呉も、ちょっとだけ階段トリオに同情した。



「あれだろ?新しい武器。ラトニスに行くなら次いでに、って言ってたヤツ」

「「それです、兄さん!!」」



結果的に助け船となった紫呉の言葉に、エイダとヤンは目を輝かせ、アークは思い出したように手を打った。



「そういやそんな事言ったな。こいつらの目利きでは期待出来んからと、すっかり忘れていたな」

「前使ってたヤツ、物の見事に砕けちゃったもんねぇ」



どんな使い方すりゃあんな風に木っ端微塵に砕けるのか、とその時の事を思い出しながらノアは呟いた。



あれはノア達が神殿に拠点を移した直後の事。


躯慣らしと感覚を取り戻すため、と称してアークが紫呉を鍛練に誘ったのがそもそもの原因だった。


名目上は鍛練だが、アークの本心は先頃の戦闘の仕切り直しがしたい、といったところか。


この戦闘狂め、とノアの皮肉が飛んだが、それを結構ヤル気満々に引き受けた紫呉も大概である。


紫呉曰く、旅の間本気を出して戦える相手に恵まれなかった、との事。


巡り会わなくていい、とは思ったが楽しそうに訓練と称した勝負に興じる二人に、ノアは閉口するばかりだった。


しかし、数合激しい打ち合いを繰り広げ、勝負が白熱し始めた頃だ。


アークが持つ大剣が淡い光を発した直後、まるでガラス製のグラスが砕けるかのようにパリンと割れたのだ。


パキンとへし折れるならまだ解らないでもないが、何かの冗談のように砕け散ったのである。


それが丁度“水精霊アクアの嘆き”が降り始める前日の事だった。


そしてラトニスに買い出しに戻ると言った三人に、次いでにと新しい武器入手を頼んだのである。


“忘れるなんて”と嘆く二人が少々鬱陶しいので、仕方なく魔術の訓練は切り上げる事になった。


羈絆のお陰で動けるようになり魔力も前より増えたノアだが、それでも魂欠損の影響は大きい。


あまり無理をすれば、強制休眠状態(スリープモード)に入る事も有り得る。


更に制御できていない魔術は、周囲にも術士自身にも害が及ぶ。


言ってしまえば暴走しているようなものなのだ。


そのため魔力の消耗も早いので、大事を取って休憩を取る事にしたのだった。




++++++++++++++++++++++




アーリアス山岳岩窟神殿には、魔族軍の駐屯地として使われた過去がある。


神殿の大部分を、その当時に魔族の手によって増築されている。


魂の寝所も、その壁に隠されていた宝物部屋も、その時作られた場所だ。


その他にも武器庫や食料庫、執務室、会議室など様々な部屋があり、中には鉄格子で区切られた牢屋のような部屋もあった。


それが神殿の奥や地下ではなく、食料庫の奥にあったのを見て、その意味を考えたら背筋に怖気が走った。


しかし、本来は霊山を崇め、祈りを捧げるために作られた神殿であり、元々は礼拝堂と告悔室、そして神官達が使っていた小さな宿直室があるだけの小さな教会だったのだ。


現在、ノア達が寝泊まりしているのがその宿直室で、寝る時と訓練以外では礼拝堂に集まっている。


休憩のため魂の寝所から出てきた一行は、礼拝堂の長椅子を動かして作った囲炉裏端のような場所で寛いでいる。


その中央には、エイダが持っていた火属性の術式紋章を利用した囲炉裏も存在する。


術式を使えば火を焚くのに薪は必要とせず、別の何かに燃え移る心配もないので室内でも問題なく焚き火ができた。


最も今は火は焚いておらず、代わりに頭上を優しい光を放つ球がふわふわと浮いていた。


囲炉裏を囲むノア達を優しく照らすその光球は、アークの魔術、ランク0の“照らす光球(ライティング)”によるもの。


じっと見つめていても何ともならない仄かな光を見上げながら、ノアは感心するように呟いた。



「昔はこうやって魔術で照明を持ったり、暖を取ったりしてたんだねぇ…」

「今でも地方の田舎町とか小さな集落とかだと、日常魔術を多用して生活してるよ。

日常的に使う魔導具が一般に普及され始めて、いまだ二十年足らずだしな」



ノアの言葉に、紫呉も光球を見上げて説明する。


今でこそ照明も炊事用の火も生活用水も、各用途に合わせて開発された魔導具を使用している。


しかしそれは大きな都市や街に限った事で、都心から離れた地方の村々では、いまだに魔術を日常生活で使用しているのだ。


赤き火種(ファイア)”で火を起こし、“照らす光球(ライティング)”で明かりを得、水は“清き水流(ウォーター)”でその都度だし、食材は“凝る陣(フリーズ)”で凍らせ保存する。


しかし、魔術だけに頼った生活では、得手不得手による差が生じてしまう。


それを解決するために開発されたのが魔導具なのだが、まだまだどれも高額で貧しい集落や村々では、手が出ないのが現状である。


そのため魔導具の開発を行っている研究機関にとって、魔導具の軽量化、小型化、量産化、コスト削減が目下の課題になっていると言う。



「それで?持ち帰った情報とは何だ?」



雑談を始めたノアと紫呉を止めるように、アークが半ば強引に話題を変える。


アークの問いに会話を止めたノアと紫呉も視線を真向かいのエイダ達に向けた。


その視線を受けたエイダ達は、姿勢をただして報告を始めた。



「はい。まず…姫さんは思い出したくないだろうけど、バルトレッティの事です」

「う゛……」



告げられた人物名に、ノアが小さく呻いて躯が強張る。


誘拐から争奪戦による傷害事件と続いた一連の一件は、ノアに取ってまさにトラウマとなっていた。


しかし、だからと言っていつまでも避けていてはいられないし、逃げるのも癪である。


小さく頷く事で先を促した。



「まぁ心配ないッスよ。あの悪徳商人、あの後すぐに首都メフィランに送検されたらしいッスから」



エイダの説明を引き継ぐ形でそう言ったヤンは、カラカラと笑いながら話を続けた。


『小汚ない冒険者風情』と言われた事を根に持っていたらしい。


逮捕直後は犯行を否認し被害者だと言い張っていたバルトレッティだが、顧客として騙していた貴族達に切り捨てられた事で態度を一変。


死なば諸とも、道連れに。


そう考えたのか尊大な態度はそのままに、古代の遺物を横流ししていた貴族の名前を洗いざらいぶちまけたと言う。


それにより名だたる名門貴族や貴族出身の騎士などが、遺産物取引法違反により一斉検挙された。


その中には人形(ノア)を欲しがっていたマルツァーノ伯爵夫人とリンダール子爵夫人も含まれており、貿易商のファリアスも違法取引をしたとして娘共々捕縛されたらしい。


貴族達は、バルトレッティから買ったものはその大半が贋作だったのだから違反にはならない、むしろ詐欺の被害者だと主張した。


しかし古代の遺物と認識して購入していたのだから言い逃れなど出来る筈もない。


とは言え贋作だったのも事実なので、それ程重い罪にはならないらしい。


しかし、マルツァーノ伯爵とリンダール子爵は他にも色々やらかしていたようで、それらも発覚。


爵位も剥奪されたと言う。



「じゃあ、もう人形の捜索は打ちきられたって事?」



それだったら少しはラトニスの街でも行動できるかも、と思ったのだがそれは早計であった。


確かに賞金まで掛けて捜索していた二人の貴族夫人は逮捕されたが、憲兵はまだ“盗まれた遺産物”として捜しているらしい。



「今回の強盗事件を調べた結果、やっぱりあの場に第三者がいたって事が判明してね。

従業員と偽っていた外套の人物と、人形…姫さんを狙ってた、イルザって子も捜索しているよ」

「特にそのイルザって子、質の悪いトレジャーハンターだったみたいで、調査団の人が絶対犯人だって決めつけてるんッスよね」



調査団とトレジャーハンターは天敵同士ッスから。



そう付け足して、ヤンは肩を竦めた。



「トレジャーハンター何てのもいるんだ」

「……何者だ?それは」



流石はファンタジーと変な形で納得したノアに対して、常識が五百余年で止まっているアークは首を傾げる。


昔は宝探しをする者などいなかったのだろう。


…それ以前に、アークが“生きていた”時代は戦争の真っ只中。


宝探しなどしている余裕など、ある筈もない。



「トレジャーハンターってのは、古代の宝を狙う盗掘者の事だよ。

我が物顔で古代の遺産を持ち出したり、遺跡を荒らすから、調査団体からは目の敵にされてる」

「ふぅん。そんな事をしている者がいるのか。…余程の暇人だな」



紫呉の説明ではトレジャーハンター=犯罪者と言う図式が成立する。


それが一般的な認識であり、それが解ったからこそアークもそう切って捨てたのだ。



「そんなわけで憲兵は今も姫さんと、そのイルザってトレジャーハンターを追ってるッス。

足取り全く掴めてないみたいッスけど…」

「でも、一応沈静化はしたと思います。憲兵も姫さんよりトレジャーハンターの捜索に集中してるみたいだし」



エイダ達が仕入れてきた情報は以上だった。


一応は沈静化したと言われ、ノアは零せない吐息の変わりに「ほっ」と声に出して安堵した。


一番の懸念材料だった貴族の問題も片付いたので、然程憂いなく旅に出られそうである。



「そうなると一番心配なのはそのトレジャーハンターだな。

ラトニスに戻っていないのなら、まだこの森の中に潜んでいるんじゃないか?」



そう言ったアークの言葉に、思わずノアはひきつった声を上げた。


トラウマの大きさはバルトレッティよりイルザの方が酷いらしい。


つい己を抱くようにして躯を強張らせれば、紫呉の大きな手が背中をポンポンと叩いて慰めてくれた。


同時にアークの手も頭を撫でるように叩き、両側から与えられる慰めに気持ちが安らぐ。


そんな彼らのやり取りに「可愛いぃぃぃぃぃ…っ!」とエイダが悶えたが、一同から完全に無視されていた。


物事には、触れてはならない事があるものなのだ。



「あの女は確かに異常な程人形に執着して見えたからな。何をしでかすか解らんぞ?」



突然気を失い、その間に人形がなくなっていれば、誰だって何者かに奪われたと思うだろう。


紫呉は背後から少女を気絶させたし、フードを目深く被っていたので顔は見られていない筈。


だが、油断はしない方が良いと、警戒はする事にした。



「後、これが今回買ってきた武器ッス」



いまだに悶えているエイダは放置して、ヤンが後ろに置いた荷物から細長い袋を取り出した。


それをどこか緊張した面持ちで差し出されたが、アークはさして期待する様子もなく受け取った。


しかし、人形の手には大きかったようで、片手で持とうとした直後重みに堪えきれずよろけてしまった。



「アーク。流石にその姿で武器を片手で持とうとするのは無理があるだろ?」

「う、うっさいっ。解っとる!」



少し躯を乗り出して片手を伸ばし、アークが取り落としかけた武器を上から持ち上げたのは紫呉である。


それによりアークの崩れた体勢も建て直せたのだが、支えられていると言う事実がアークには恥ずかしいらしい。


紫呉の言葉に対して告げた声には、明確に照れが含まれていた。


仕方なく、そのまま一度紫呉に預けると、一瞬で人化して見せる。


しかし、その姿は以前と若干異なっていた。



「……何か前よりおっきくなってない?」

「確かに。急に成長した感じだな」



数日前はまだあどけなさの残る12、3歳の少年だったのだが、今は15、6歳くらいに成長して見える。


顔立ちは幼さは残るものの前よりシャープになり、目元も鋭さを増していた。


勿論背も伸びているし、体格も一回りよくなっているようだ。



「あぁ。羈絆を構築した影響だろうな。

俺も魂が欠けていたわけだし、その影響はどうしてもあったからな。

全盛期の魔力が戻ればもっと成長した姿を取れるだろうが…」



前より成長した、とは言え15、6歳の少年の姿では納得しないらしい。


人化した己の躯を見つめながらそう言ったアークの双眸は、不満があると解る色を宿していた。


子供の姿だとそれだけで侮られて見られるのが嫌なのだ。


しかし、今の段階ではまだ望んだ通りの姿は取れないので、この場では一応納得しておく。



「アークの旦那はどんなお姿でも凛々しくて素敵ですぅぅぅぅ〜!!」



…というエイダの悶絶の言葉は、やはり完全に無視された。


改めて紫呉から武器の入った袋を受け取ると、慣れた様子で中から武器を取り出した。


そこから出てきたのは、一振りの片手剣だった。


鞘には金で美しく繊細な装飾が施され、光を反射して煌めく石も嵌め込まれている。


鍔の装飾も凝った意匠になっており、柄尻にも丸くカットされた青い宝石があしらわれている。


誰が見ても高価そうだと解るが、アークは装飾などに一切関心を向けず、無言のまま鞘を抜く。


その下から現れた刀身を一目見て、その柳眉をひそめた。



「…期待していなかったとは言え、ここまで酷いと呆れてくるな」

「えぇっ!?それでもダメなんッスか!?」

「ラトニスで一番大きな武器屋で買ってきた、最高品質の物なんですよ!?

ドワーフ族の名のある鍛冶師が作った一点物って…!」



アークの不満だらけの言葉に、エイダとヤンはお手上げとばかりに嘆く。


素人目で見ても前に使っていた物より質は良さそうだと思ったが、アークの目には対して変わらないものと映ったようだ。


紫呉も何とも微妙な表情をしている。



「ドワーフって鍛冶の種族……に、なるんだよね?

それなら普通のより良いものなんじゃないの?」

「確かにそうなんだが、ドワーフ族の鍛冶師って覚え切れないくらい大勢いるし、それほど珍しい逸品でもないだろうな。

ドワーフで最も有名なのは工房“シュミートブレンネン”のディック・デュランスかな?

彼の作品なら文句なしの最高品質だろうが、工房に直接行かないと買えないし」



誰の作かは知らないけど、ドワーフ製ならそこらの剣よりは質は良い筈。


そう続けた紫呉の言葉を聞いても、アークには満足出来ない品だったらしい。


ないよりはマシか、と剣を鞘に収めた。



「ないよりはマシだが、やはりもう少し質の良い物が欲しいな。

見てくればかり良いのでは話にならん」



そういって即座に興味を無くしたように、アークは剣を脇に立て掛ける。


どこかぞんざいな扱いに、半日かけて探して選んで買ってきた二人は思いきりしょげていた。


全く期待されていなかった事も、原因の一つだろう。



「う~ん。なら、俺の知り合いの鍛冶師にでも発注してみるか?

色々な店や工房を巡って探すよりは、確実に良い物が手に入ると思うぞ?」



紫呉の提案に、アークの顔がパッと上がった。



「それって里の人?」

「いや。旅の途中で知り合った奴だよ。俺の“閃牙”を作った奴だ」



ノアの問いに微笑を浮かべて答えると、紫呉は右手をスッと虚空に掲げた。


丁度背中に帯びた剣を掴むような形で右腕をゆっくり振ると、いつの間にかその手に一振りの大太刀が握られていた。



「こいつが“閃牙”。大雷刀・閃牙だ」

「ギャアッ!!アブっ危ないッス!長いッス!そんなんで殴られたらおいら壊れるッス!!」



どこからか取り出された大太刀、大雷刀・閃牙は本当に長大で、真っ直ぐ腕を伸ばすと正面のヤンを貫通する勢いで、その脇を通り抜けた。


改めて見るとその刀身は長く、柄の部分も合わせれば、紫呉の身長以上は確実にあるだろう。


鞘には“大雷刀”と言う銘を表すような雷紋が金細工で施されており、同様の意匠が鍔にも存在する。


エイダ達が買ってきた装飾の派手な剣とは違い、ささやかな細工が品の良さを表していた。



「そういえばお前の武器、かなりの業物だったな。名工が鍛えたものか?」



アークは興味津々のようで、食い入るように紫呉の刀を見つめている。


その真紅の瞳が爛々と光って見えて、ノアは武器マニアかと呆れていた。


とりあえず、否定する気はないらしい。



「いや。本人はいまだに修行中の身だと言っているが、十分一人で工房を持てるくらいには腕の良い職人だよ」



紫呉の大太刀を打ったのは、アルヴァ・レーディンと言う人物で、人間とドワーフの混血だと言う。


元々はアルブスフィア学園に入学して士官を目指していたらしいが、そこである鍛冶師の技術に魅せられあっさり中退。


その人物に弟子入りして、現在もその鍛冶師の工房で修行しているらしい。



「刀を打つ事にしか興味を持てない偏屈な奴だけど、腕は確かだしアークの眼鏡にも叶うと思うぞ?」

「ふむ。確かにその刀を鍛えたと言うのであれば、頼んでみる価値はあるな」



剣に限らず、武器に一定の拘りを持つのであれば、一人は懇意にしておく鍛冶師は作っておくべし。


それがエレオスを旅する冒険者の常識であり、優れた冒険者の条件でもあるらしい。


魔物や魔獣と言った、人を襲う害悪が存在する以上、冒険者にとって武器は己の命を預ける大事な“相棒”。


腕を磨くのは当然としても、より品質の良い武具を持とうと思うのは当然の事である。



「その人、どこにいるの?」

「あぁ。今は闘技島ヴェイル・アスラにいる」



武器を持ちたいとは思わない──以前に今は持てない──ノアも、興味は沸いてくる。


そんな心理を真紅の瞳に宿しながら問えば、アークも初めて聞く名が告げられた。



「「闘技島……?」」

「「ヴェイル・アスラ!?」」



憑依人形達の後に続く形で、階段二人も驚きの声を上げる。


しかしその声音は大きく異なっていた。


訝しげなノア達に対し、エイダ達の声には明確な喜色が滲み出ていたのである。


そんな二人を紫呉の冷めた目が見つめているのだが、何故か興奮し出した二人は気付いていなかった。



「ちょっと待ってくれ」



果てにはいつものように二人を無視してノア達に断りをいれると、紫呉は着物の懐からある物を取り出した。



「それは?」



ノア達の前に差し出されたのは、手の中にスッポリと収まるサイズの、カードのようなものだった。


周りを銀色に縁取り、中心部分には真っ黒いプレートが嵌まっている。


若干厚みのあるそのカードのプレート部分を紫呉の指が撫でると、一瞬で明るくなって持ち主の簡単なプロフィールが表示された。


どうやら黒いプレートと思ったところは、モニター画面だったらしい。



「こいつは“ミーディアム”。

ギルドに登録すると渡されるギルドカードだ。身分証にもなってる」

「あたしらも持ってますよ!」



そう言って、エイダ達も同じ物を服のポケットから取り出して見せる。


しかし特に取り合わず、紫呉は画面を指で撫でて操作していく。


その動作には妙に見覚えがあった。



────あれ?何だっけ…?何か似たような物、前も持ってたような気が…。



そう首を捻っても思い出せず、そうこうしているうちに紫呉が目的の画面を出し終える。


改めて視線を向けたミーディアムの画面には、地図が表示されていた。



「ミーディアムには身分証の他に色々な機能があってな。

この地図機能(フィールドビュワー)もその一つだ」



そう説明して角に表示された“拡大”の文字を指で軽く叩く。


すると画面が消え、ミーディアムから映写されるように、空中に先程の地図が表示された。


空中に映像を表示するなど、“前”に使っていた“何か”にはない機能だ。


こちらの方がハイテクである。


…といっても地図の下に術式陣が展開されている事から、これも紋章術の応用なのだと解る。


精密機械のように見えて、ミーディアムも魔導具なのである。


改めて地図に視線を向ける。


エレオスの世界地図だと言う画面には、三つの大陸と複数の島が表示されている。


地図の中央…まさにど真ん中に円形の大陸。


その西側には縦に長く最も広大な大陸と諸島。


中央大陸から北東に最も小さい大陸。


その南には縦に細長い列島があり、その南西にも小さな島が集まった諸島があった。


そして地図の右下の隅にも一つ、小さな島がある。


しかし何故かその島を囲むように黒い半円の線が引かれており、その半円の頂点から北に向かって二本線が伸びている。


そうして区切られた狭い空間は、何故か真っ黒に塗り潰されていた。


まるで、その領域だけ別の空間であるかのように…。



「今俺達がいるのはここ。西側にあるエレンホス大陸。

この大陸の北側がメティオール王国。この南がフィンブル連合国」



地図の左側にある大陸を指しながら、紫呉が簡単に説明していく。


大陸にはいくつか赤い点や青い点があり、それが首都や町を示しているのだと理解できた。


それによるとメティオールの首都は大陸の北東にあり、丁度大陸の三分の一程度の位置に国境と思しき線が引かれている。


その少し上くらいに青い点もあり、そこがメティオール国境沿いの街ラトニスなのだろう。


その位置関係はまさに国の北端と南端である。


大陸の南端にも赤い点が一つあり、そこがフィンブル連合国の首都なのだろう。


その南にあるフィデス諸島にも、いくつも青い点があった。



「で、中央大陸(ヴォールボーデン)との間にあるこの島が、闘技島ヴェイル・アスラだ」



画面を撫でるように指を滑らせて指し示された場所には、大きくはないが小さくもない島が存在した。


闘技島ヴェイル・アスラ。


古い言葉で戦いの神を表す名を冠しており、その名の通り巨大な闘技場が名物となっている。


一年360日、誰でも入場可能な中立地域であり、世界中から色々な人々が訪れている。



「ヴェイル・アスラはまさに娯楽都市なんッスよ!毎月、色々な催し物が行われてるし、特に今年なんて四年に一度の大きな大会があって…」

「確かにエレオスで唯一の娯楽都市と言えるが、世界中から色々な人が来るから、その分色々な情報も集まるんだよ」

「つまり、情報収集にもってこいの場所だと…」

「それに冒険者の数も多いから、ギルドに依頼を出して優秀な魔術師を募って指南してもらう事も可能だと思うぞ?

基本的な事は俺でも教えられるけど、本格的な技術になると流石にな…」

「成る程。それもあるな…」



興奮した様子で話すヤンを遮って、紫呉が本題を告げる。


その内容はアークとノア双方にとって有力なものだった。


余談だが紫呉には旅に出る目的についても話してある。


忘れがちではあるが、アークの奪われた“魔剣クラルヴァイン”の能力の事だ。


数百年前に奪われたものなのですんなり情報が集まるとは思わないが、力の奪還は正直二の次三の次なので問題はない。


一方のノアはと言うと、今のところの目的は自身の魔力を高めて人化可能になり、魔術を習得する事だ。


基本的な事はアークや紫呉が教えられるものの、魔力の高め方や効率的な術の習得方法などは二人でも解らないそうだ。


何しろこの二人、本格的な魔術を習ったわけではなく、生来の才能のみで現在のレベルにまで到達したのだ。


このチート共め、何て言ってみたが、そのチート共にはその言葉すら通じなかったのである…。





ミーディアムのイメージはスマホです、とぶっちゃけます。



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