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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
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第二章:エレオスの魔術

重そうな両開きの扉を紫呉が開くと、この神殿内部で最も広い空間が広がった。


等間隔に並ぶ装飾の施された柱。


床には直接刻まれた術式陣が幾何学模様のように広がっている。


その奥には無惨にも上半身が完全に崩壊した、女神像が立っている。


かつてアークが長期に渡り封印され、ノアの魂と双子の人形が生まれた魂の寝所。


魔族の軍議場、魔剣クラルヴァイン封印の間と、その役割を担ってきたその空間は、今現在はノアの魔術訓練所となっていた。



「さて。まずは魔術の基礎知識についてのおさらいからだ」

「ぬおっ。またおさらいッスか…」



まぁ別に良いけどさ、と若干呆れつつ虚空を見上げながら教えられた事を思い出す。


暦や精節と精霊の因果関係を覚えるのは少々大変だったが、魔術の練習は自ら望んだ事だ。


興味のある事柄ならば覚えも早い、と言うのは世界が違おうとも同じなのだろう。


指導役を買って出てくれたアークは少々厳しいが、魔術の練習そのものは楽しく感じていた。



「えーっと、まず魔術には必ず属性がある。これも世界を構成している精霊八柱と同じなんだっけ」

「そうだ。地、水、火、風、雷、氷、光、闇の八属性だな。

次は魔術のランクについてだ」

「現在確認されているランクは0~7までの八段階。

ランクが上がるにつれて制御が難しくなって、それに比例して術の威力や効力も強力になっていく。

なお、魔術のみならず、物理攻撃である武闘技(アーツ)にも、ランクは存在する。…だよね?」



問われた事に淀みなくすらすら答える。


これには紫呉が満足するように頷いた。



「うん、完璧だな。ノアは覚えが早い」

「やったね。褒められた♪」

「調子に乗るな。基礎知識だと言っているだろう」



誉めて伸ばすタイプの紫呉と、手厳しいアークによる講義はまさに飴と鞭である。


とはいえ、調子付いても叱責の声が穏やかで苦笑混じりな辺り、アークも甘い方である。



「…しかし、俺の知らぬ内に随分と細かく分類されたものだな。昔はもう少し大雑把だったのに…」

「ランク分けはあくまで目安らしいからな。

今の形になったのだって、ほんの百年ちょっと前だし、アークが知らないの無理ないだろ」

「ここに引きこもってた頃だもんねぇ」

「その言い方ヤメロ!」



からかうように告げられたノアの言葉に、すかさずアークが怒鳴る。


そんな二人のやり取りを見て、紫呉も喉の奥でくつくつと笑っていた。


当然、こちらにもアークの怒号が飛んだが。


余談だが、ノアもアークもそして紫呉も、互いに互いの秘密を暴露し合っている。


羈絆は複数人の魂を複雑に繋いで結びつけ、互いの魂を強化し時に守るもの。


ノアが言った通り運命共同体と言える存在となるため、隠さず晒してしまおう、とノアが提案したのだ。


もちろん紫呉には、言いたくないなら強制はしないと、言ったが紫呉は迷う事なく話したのである。


そちらに関しては後に語るとして、その結果紫呉も憑依人形(ゴーレム)達の出生や過去を知る事になった。


閑話休題(それはさておき)、紫呉が言うように、凡そ百余年ほど前までは今ほど細かくランク分けはされていなかった。


主に基礎から始まり初級、中級、上級、という形で分類されていた。


それを今のような形にランク付けされたのが、凡そ百年と少し前。


まさにアークが封印されて力を奪われ、休眠と覚醒を繰り返していた頃だ。


同ランクに同威力、効果の術を分類し纏める事で、今後魔術を学ぶ者にとっての目安にもなる。


…と言っても魔術の威力は術士の魔力量で如何様にも変わるので、本当に大まかなものでしかない。


例えば、先日アークが階段トリオにぶっ放した“穿ち落つ雷斧(ライトニングボルト)”という術がある。


紫呉が牽制でぶっ放した雷も同様の術なのだが、双方には明確な程威力に差があった。


魔術を発動する際にどの程度魔力を込めるか、そして“どのように発動したか”という要素も、術の威力に影響を及ぼすのだ。



「はぁ…、もう良い。次は実技だ。

属性は何でも良いから、ランク0の術を発動してみろ。“詠唱構築法”でな」

「いや、ボク“そっち”しか出来ないけど…。術式紋章持ってないし」

「“紋章術式法”は詠唱術が使えない奴でも魔術が使えるように開発された、略式魔術だからな。

詠唱術が使えるノアには必要ないだろ。

“あいつ”みたいにゴテゴテ着けるのは嫌だろ?」

「あぁ……うん。あれは確かに嫌かなー」



紫呉の言う“あいつ”とは、術式紋章が刻まれた装飾品をこれでもか、と身に付けた、自称超一流大魔導師(の卵)事、エイダである。


術式の解析に関しては優れているエイダだが、本人も自覚している通り魔術に関しては子供よりマシ、という程度である。


…否、もしかしたら魔術の勉強をしている子供より酷いかも知れない。


エイダのように魔術の素質がない者でも、ある一定のランクまでなら使用可能にしたのが、紋章術式法。


通称、紋章術である。


宝石や鉱石のようにマナを多量に含んだ石に、簡略化した術式紋章を刻む事で、従来の魔術を大幅に短縮化した近代魔術。


開発されてまだ数十年足らずだが、誰でも使えるという利点から、既に世界中に普及された技術である。


『魔術は“覚えて習得する”ものから、“購入して使用する”ものになる』


…とは、紋章術を開発した者の言葉だ。


それはまさに予言となり、現在多くの冒険者が利用している。


無論、簡略化した事によるデメリットは当然ある。


生来の手順で発動した術より格段に威力や効力が下がるのだ。


それ故に、エイダが羨むような魔術の素質があるものは、今でも生来の魔術を習う。


今はそれを詠唱構築法……詠唱術と称しているのだ。



「いいからさっさとやれ」

「はーい。せっかちだなぁ」



アークに促され、文句を呟きながらもノアは集中を始めた。


目を閉じ視界から来る情報を遮断し、それでも意識や感覚は躯の外へと向ける。


生来、魔術を使用するのに、必須となる要素がある。


魔術を発動させるのに足る魔力ともう一つ、世界を構成する生命の源、マナである。



「魔術を発動させるには、自然界にあるマナを魔力で集めて結びつけて、構築式を元にして、集めたマナと魔力を物質化。

起爆言で発動…と。まずはマナを感知…」



教わった魔術の基礎を口頭で呟きながら、ノアは集中して大気中にあるマナを感じ取る。


エレオスには、ありとあらゆる物にマナが存在する。


人の手によって作られた物質にも例外なく存在し、目には見えない空気にも含まれている。


しかし、人がマナを感じ取れるようになるには、それ相応の素質が必要になるのだ。


その能力、マナ感知力がなければ、いくら膨大な魔力を持っていたとしても、魔術は発動しないのである。


エイダが紋章術に頼りきりなのは、このマナ感知力に恵まれなかったからだ。


反面、ノアは既にその才能を開花させていた。


優れたマナ感知能力を持っていれば、自然界のもののみならず、生命体を構成する“生体マナ”をも感じ取る事も可能となる。


生体マナは自然界のものとは純度が違うため、これを感知出来れば目に見えなくとも人や動物が近くにいる事を察知出来るのだ。


例えば、紫呉から人形(自分)を取り返す隙を窺って、茂みに潜んでいたエイダ達に気付けたように…。


訓練すれば息を吸うのと同じように、無意識の内に感じ取れるようになるのだが、ノアはまだ意識する必要がある。


意識を外側に向けて集中し始めると、空気中にそれとは異なる流れが見えてくる。


それと同時に己の内側には、魂の奥底から何かが沸き上がってくるのも感じ取れた。


それが己の魔力である事は、既に理解している。


己の魔力とマナ、魔術に必要なものが揃い、次の手段に進んだ。



「次に、マナと魔力を結合……」



小さく呟きながら、ノアの小さな両手がゆっくり胸の前まで持ち上げられる。


水を掬い上げるような形を両手で作ると、次にその手の中に魔力が溜まっていくイメージを脳裏に描く。


その魔力を水として、淡い光の群れがそこに集まって来るイメージも、同時に思い描いた。


魔力とマナを結合させるイメージは、術士によって異なる。


決まった形などなく、己が最も理解しやすいイメージでいいらしい。


そう言われてノアが思い描いたのが、水と淡い光の群れだった。


どこかで見た事があるような、けれども思い出せないのにはっきりと脳裏に描けるのは、何とも不思議な感覚だ。


やがて、手の中で光が水を吸い上げ一つの球体になる様を描くと、手の中がじんわりと暖かくなったのを感じた。


すっ…と目を開いて己の手を見ても、思い描いたような光の球体は存在しない。


マナも魔力も人の目には見えない粒子のようなもの。


これを物質化させ様々な効果、効力、属性を与え、魔術として完成させるのに必要な要素が構築式。


…すなわち、術式である。



「──────焔、其は赤く燃ゆるもの」



ノアの小さな唇から、ポツリと“意志ある言葉”が紡がれる。


それは一般的には呪文と呼ばれるものであり、その言葉に呼応するようにノアの掌の上で赤い光が線となって陣を描き始める。


魔術の術式陣はランク0の日常魔術のものでさえ、複雑な幾何学模様で描かれる。


真円の陣の中に描かれる紋、小さな文字、記号、引かれた線の一本一本にも意味がある。


それらを言葉に表したものが呪文であり、これを唱える事で構築式も描かれるのだ。


そして最後に、起爆言と呼ばれる言葉を唱える。


それが引き鉄(トリガー)となって術が発動するのだ。



「“赤き火種ファイア”」



唱えた直後、ボッ、と音がして術式陣の上で炎が踊った。


数秒ゆらゆらと揺れた炎は暫くすると大人しくなり、ノアの手の中で蝋燭のように静かに燃え始める。


ランク0の日常的に使う魔術なので、ただ火を出すだけである。



「よっしゃ!キープできてるっ!どう?どう!?」



日常魔術と言っても紋章術と違い、制御が必要になってくるのが、今ノアが行った詠唱構築法。


こうして炎を出して消さずに留めておくのも、それなりに技術が必要なのだった。


が、既に魔術のエキスパートであり、センスと才能だけで難しく考えずとも高位術が使えるアークは、やはり厳しかった。



「基礎魔術を制御できたくらいではしゃぐな。

言ってしまえば漸くスタートラインに立ったようなものだぞ?」

「上手くいったのに容赦なく蹴落とされた!?何てエゲツナイ所業ッ!!」



自ら舞い上がった分、落下の衝撃がでかい。


思わず術の制御も忘れてしまい、手の中の炎は一瞬で散るように消えてしまった。



「ほれ、集中が乱れると消える。

基礎程度、呼吸するのと同じ感覚で使えるようにならんとな」



そう言いながら、アークは虚空に手を翳す。


次の一瞬後にはその掌の上に赤々と燃える火の玉が出現していた。


今しがた、ノアが順序だてて行った事を、無詠唱且つ起爆言もなしに発動されぐうの音もでなかった。


とりあえず得意気な様子に腹が立ったので、半眼で睨んでおいた。



「いや、ただ単にノアが火属性と相性が悪いだけかも知れないぞ?

練習を始めたのだって、一昨日からなんだ。十分上達が早いよ」

「だから甘やかすなと…。まぁ相性云々は確かにあるだろうが、こればかりは色々な属性を使ってみない事には、明確には解らんからな」

「そっか、属性の相性とか、得手不得手もあるんだっけ。

アークですら光属性は苦手って言ってたもんね」

「苦手なんじゃない、嫌いなだけだ」

「まぁ、そういう事にしといてあげよう」

「……………」



アークの沈黙には、『このヤロウ…』というような、憎々しげな空気が含まれていた。


しかし、その音なき声に気付いているノアは、特に取り合わない。


半ば白を切るような様子で、「ボクの得意属性ってなんだろー」何て呟いている。



「もう良い。とりあえず基礎術に関してはこれで良いだろう。

こういうものは使っている内に覚えて慣れていくものだしな。問題は次か」



気を取り直すように及第点を与えると、アークは最後に神妙な声音でそう告げた。


その“次”という言葉に、ノアの背筋も緊張でピンと伸びる。


今しがたノアが発動させたのは、一般市民でも日常的に使用する魔術である。


現在は魔導具と呼ばれる様々なアイテムが開発され、一般にも普及されているので、それ程まで重要視されているわけではない。


そのため、現在の魔術は生活のためのものより、魔物などの驚異から自分達の領域を守るための手段の一つ、と認識されている。


すなわち、戦いに必要となる術、…早い話が攻撃術である。



「うーん、属性云々よりそっちの方が苦手って気もするなぁ」



攻撃魔術の練習は昨日から始めているのだが、不安しか残らない結果しか生まなかったのだ。


魔術は現在確認されているだけでも攻撃系統の他、身体能力を強化する補助系統に結界に封印術、身を守る防御系など様々な系統の術が存在する。


これらにもヒトによって得手不得手が存在し、魔術師を志す者はまず己と相性のよい属性、術系統を知る事から始まるのだ。


ノアは今まさにその段階なのだが、昨日の時点で攻撃術に関しては匙を投げる状態だった。


鬼教官とも言うべきアークに指示されては否やが言えず、ノアは乗り気にならないまでも再び意識を集中させる。


今度は水属性の術を選んだ。



「──────えっと、呪文は確か…」



こめかみを指で軽く押さえて、昨日エイダから教えられた呪文を思い出す。


全ての魔術の呪文を覚えている、と豪語するだけあって彼女は確かに殆どの呪文を空で唱える事が出来た。


それはアークですら感心する程の正確さで、高ランクの長い呪文すら淀みがなかった。


しかし、哀しいかな彼女の感知能力と魔力では、詠唱術は満足に発動させられない。


宝の持ち腐れ、と称したノアの言葉に、エイダが撃沈したのは言うまでもない。



「─────其は水精の戯れ、落ちよ」



先程と同じように意識をマナと魔力に集中し、頭の中で昨日見せられたアークの術を思い描く。


とりあえず誰もいない所で起爆させようとした、その時だった。



「“破裂する水球(アクアブラスト)”!!」

「ただいま戻りまし」



バッシャン!!…という音を立てて、何故か部屋の入り口付近に水が落ちる。


その直前に扉が開かれ、奥から二人分の人影が出てきて、落ちた水の餌食となった。


突然頭上から降ってきたボール大の水球により、ラトニスヘの買い出し及び情報収集から戻ってきたエイダとヤンは、ものの見事にずぶ濡れになっていた。



「うっきゃあああっ!つめったああぁいっ!!」

「ななな、なんスか!?なんでいきなり水攻めなんスか!?」



一気に騒がしくなったが、こればかりは仕方がない。


不意打ちで水をひっ被った二人がわちゃわちゃ動くのを見つめ、ノア達は暫しポカンとした。



「……どこを狙った?」

「…えーっと、…そこの柱…」

ちょっと(・・・・)ズレてるな」

「ちょっと!?大分ズレてるの間違いだろ!」



アークの呆れを多分に含んだ正論に、術を放ったノアは首を傾げる。


ありー?と可愛らしく頭を傾けて見たものの、それで絆されてくれる鬼教官ではなかった。



「まるっきり制御できていない上に威力も弱すぎる。

最初はこんなもんかも知れんがダメダメだぞ?」

「おっかしいなー。ちゃんとイメージしたんだけど…」

「いや、でも昨日は不発だったし、進歩はして…」

「だから甘やかすな、紫呉。つーか無理に誉めようとするな、返って虚しくするぞ」

「あぁ、いや、…そう、かも…」

「ちょっと!?こっち放ったらかさないでくださいよ!!」

「今の姫さんの術ッスか!?ヒドイッスよ〜!!」



ずぶ濡れになった二人を放置する形で会話を進める三人に、二人は当然の抗議をする。


今回は失敗してただ水球が頭の上に落ちて濡れただけだが、これが普通の威力だったら衝撃でぶっ倒れているところだ。


何しろ昨日手本で見せたアークの術は、見事に的にした木片を叩き壊して見せたのだから…。



「う〜ん、やっぱ攻撃系はダメっぽい…」



攻撃系魔術と言えば、魔術の花形的存在である。


味方を強化する補助術や守る防御術も、戦いの中ではなくてはならない要素。


とはいえ魔術で戦うのであれば、やはり凛々しくカッコよく攻撃術決めたいもの。


ノアにもそんな憧れがあったのだが、早くも諦めムード全快だった。



「まだ練習を始めたばかりなんだし、焦る事はないだろ。急ぐ事でもないしな」



紫呉のフォローするような言葉を受けて、若干落ち込んでいたノアは、気を取り直して小さく頷いた。


紫呉に言われた通り、確かに習い始めたばかりだし、急いで習得する理由もない。


そう思い直す事で、気持ちを切り替える事にした。



「良し!ならもう一回!」

「いやいやちょっと待って姫さん!!やる気出すのは良いけどちょっとこっちの事気にして!?」



気を取り直して練習を再開しようとやる気を出せば、大分必死な様子でエイダに止められる。


ヤル気満々だったところで出端をくじかれ少々不満げになったが、ずぶ濡れにしておいての放置は流石に気の毒だった。



「あー、えーっと、とりあえずワザとじゃ…」

「まぁあたしは姫さんと旦那が一緒にいるところ見てるだけで幸せだから全然平気なんだけどね!!」



ワザとではないとは言え被害は被ったのだから謝ろうとして、エイダの言葉に閉口した。


両手で紅潮した頬を押さえ、見悶えるように躯をくねらせる様が非常に気持ち悪い。


下僕として付き合いが長く、姐さんと慕っている筈のヤンまで、残念なものを見る目をエイダに向けていた。



「…どうしよう。最近姐さんの壊れっぷりに拍車が掛かってる…」

「元からだろ」



嘆き混じりのヤンに対して、アークの痛烈な言葉が止めを刺した。



「それはそれでひどいッス…」



そう呟いてさらに嘆いたのは言うまでない。





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