第一章:事後と今後
高級商店街で行われた大捕物から一夜明け、高名な豪商の逮捕はラトニスの街を騒然とさせ………なかった。
元々バルトレッティは貴族の後ろ楯がある事を良い事に、色々とやりたい放題していたので、大半の商人は喜色を露にしていた。
中にはやっと逮捕したのか、と憲兵を皮肉る者すらいて、特に何事もなくいつも通りの賑わいに包まれていた。
しかし、いつも通りと行かなかったのは当然逮捕されたバルトレッティで、彼は朝一番に取り調べを受けた。
罪状は当然古代遺産の不当所持と横流し。
更には贋作を本物と偽って売買した詐欺罪に、窃盗、殺人教唆など、叩けば叩く程埃が出てきたと言う。
しかし、往生際の悪いバルトレッティは知らぬ存ぜぬを貫き、挙げ句は自分は殴られ所有物を盗まれた被害者と、金切り声で叫び続けたらしい。
それどころか、いつものように貴族の後ろ楯を利用して、罪から逃れようとした上、憲兵を脅しすらしたのだ。
曰く。
「この私は、マルツァーノ伯爵を始め多くの貴族方を顧客に持つ大商人だぞ!?
本来なら貴様らのような、小汚ない下民共が場を同じくする事など出来ぬ存在なのだ!
貴族方と懇意にしている私を罪人扱いなどして、ただで済むと思うな!?
貴様らなどマルツァーノ伯爵に睨まれたら、この街はおろかこの国にすら居られなくなるぞ!!」
……との事。
ちょっと前までそのお貴族様の事をさんざん見下して馬鹿にして蔑んでいたと言うのに、とノアは呆れに呆れた。
そして、それは憲兵達の反応と一致しており、バルトレッティの脅しは何の効果も生まなかった。
だが、バルトレッティは尚も戯言を続ける。
「大体、あの宝が全て本物の遺物である保証など、どこにある!?
それにあれらは私が正当に入手したものだ!それをどう扱おうと私の自由だろう!?
そんな事より、私の店に侵入したこそ泥をさっさと捕まえろ!!
この私を殴り付けた上に、大事な人形を盗んだのだぞ!?そちらの方が重罪だろうが!!」
……とまで宣ったらしい。
よくぞまぁ舌が回るものだと、返って感心してしまった程だ。
往生際が悪い、何て言葉では最早片付かない。
ここまで来ると、事の重大さを理解していない…と言うより不正を不正と…悪事と認識していない、そんな印象だ。
確かに現在、古代の異物と言われる宝を、個人が所有する手段があるにはある。
ただし、それには数多くの面倒な手続きを数年かけて行わなければならず、その上でその遺物、出土品を“手ずから”発見、発掘した場合のみ適用される。
バルトレッティは、あれらは全て正式な発掘隊に多額の出資をし、その上で発掘品の所有権を譲渡してもらった、と主張している。
だが、それが全て真っ赤な嘘である事は少し調べれば安易に知れる事だ。
正式な発掘隊とは、当然遺跡調査団体から派遣された者達の事。
そして遺跡調査団体は、世界規模の組織である。
発掘調査、管理、研究などに必要な費用は、全て各国から出されている。
そして何より、公平を帰すためどんな形であれ一個人からの資金援助は受け付けていないのだ。
それと言うのも、出資者が貴族や商人などだと、
「多額の出資をしてやったのだから、発掘品を全て寄越せ」
と行ってくる事が多いのである。
そのためバルトレッティの主張が嘘である事は明白で、誰も男の話を真に受けなかった。
更に言えば、地下に溜め込まれた財宝の数々が全て本物であると、遺跡調査団体の鑑定士が断言した。
中には研究所への輸送途中に盗賊の襲撃を受けて、行方が解らなくなっていたものもあったと言う。
これだけ事実を並べ立てても、バルトレッティは己が被害者であると主張し続けているのである。
一方、バルトレッティ商会に不法侵入したごろつき二人はと言うと、こちらは潔く自供しているらしい。
ただしこちらも、従業員を名乗る黒マントの男に唆されたのだと主張していた。
憲兵が一応調べたところ、バルトレッティ商会の全従業員の現場不在証明はとれていた。
男達がその黒マントの男と会っていた時も、もちろん昨夜の事件発生当時も…。
因みに従業員はその殆どがバルトレッティの裏の仕事に関わっていたため、朝一番に逮捕されている。
もちろん彼らからも事情聴取をしたが、彼らとて裏の仕事で甘い汁を吸っていたのだ。
そう容易くその権利を捨てるはずもない。
「確かにあのジジイの強欲傲慢さにはうんざりしてたが、俺らもそれで贅沢出来てたんだから我慢ぐらいするさ。
ご同類、ってね」
逮捕された従業員達は、皆似たような事を口にして笑ったという。
こうして関係者から聴取をした結果、今回の一件に関与していると思われる、二人の女が浮上した。
一人は事件当日の昼過ぎ、従業員の一人と酒を飲んでいた女。
クリスティーヌ、と名乗ったそうだが恐らく偽名と思われる。
その従業員はその女、クリスティーヌの色香にコロリと惑わされ、酒をしこたま飲まされた。
そして酔いに任せて店の内情を、裏口の鍵の事も含めて色々話してしまったそうだ。
そしてもう一人が、事件の前にバルトレッティと人形を巡って口論となった、冒険者の少女。
……正に今回の騒動の真犯人である、イルザである。
「…なんだ、あの子結局犯人として疑われてるんだ」
「結局…とは?」
再び思い出すのも嫌な人物の名が出てきて、ノアの気が滅入る。
しかし、アークに問われたからには答えないわけにもいかない。
「町の騒動だけど、最大の原因…っつーか真犯人はその子だよ。
盗賊二人を騙した黒マントの男ってのもその子だし、憲兵を店に手引きしたのも、あの悪徳商人殴ったのもそう」
ごろつき二人は己の罪を全て擦り付けるため。
憲兵に計画の事を密告したのはバルトレッティを逮捕させつつ、己が混乱に乗じて逃げるため。
そして全ては人形を手にいれるための行動だったと、ノアは滅入ったまま語った。
因みに、これらは全てイルザ本人が独り言でしゃべっていたので間違いない。
しかし、いくら従業員やバルトレッティが『あいつに違いない』と言ったところで証拠もないのでは犯人だと断定もできない。
また直接接したごろつき二人は、揃って「顔は見ていないけど男だった」と証言しているのも、イルザを犯人と断定できない理由でもあった。
だからといって無関係だと言う断定も出来ず、憲兵隊はその少女と黒マントの男、クリスティーヌと名乗る女、この三人と盗まれたと言う人形の行方を追うことにしたと言う。
それと言うのも人形に目を付けていた貴族夫人が二人、憲兵に圧力を掛けてきたためだ。
「逆賊バルトレッティはこのわたくしに偽物を売り付けようとした不心得者。
そんな男の言葉など信ずるに値しませんが、わたくし自身あの人形の事は気に入っていますの。
あの美しい人形が盗賊などと言う慮外者の手にあるなど許し難いもの。即刻見つけ出して人形を取り戻しなさい。
その後調査団に本物の遺物かどうか調べていただいて、違うと判断されたらわたくしに渡しなさい。
相応の謝礼は渡しましょう」
…何て事を言って圧力をかけたのは、マルツァーノ伯爵夫人とリンダール子爵夫人の二人だった。
バルトレッティが持っていたとすれば盗品である可能性があるので渡す事はできないが、街の有力貴族二家に睨まれては無視も出来ない。
スヴェンが話を聞いた憲兵は、胃の辺りを押さえながら愚痴るように語ったと言う。
「その上その貴族達は自分でも人形…姫さんを探してるみたいで、見つけて持ってきた者には賞金も出す、とか言ってましたよ」
「だから今ラトニスに行くのは良くないと思うんッスよ。冒険者の中には賞金目当てで人形…いや、姫さんを探してる奴もいるみたいッス。
まぁ、相手にしてない人の方が多いっスけど…」
金額がどうであれ、貴族とは関わり合いになりたくない。
そう考えるものの方が多いのだろう。
貴族である事を鼻にかけ、権力を振りかざし市民を見下す選民意識と自己至上主義。
特に話に上がったマルツァーノ伯爵とリンダール子爵の奥方二人は、その傾向が強いと言う。
────確かにそうかも…。
あまり思い出したくないが、バルトレッティの店で見た二人の夫人を思い出してみる。
自己至上主義とはよく言ったもので、彼らの言動からは正に自分こそが至高であると言う意識が駄々漏れだった。
確かにあれでは関わり合いになりたくない、と思うのも当然だと思った。
だからといって賞金を欲する者が一人もいないわけがなく、それ故に街に行くのは危険、という事だった。
とりあえず、ノアをただの人形扱いして賞金をかけた貴族に対して、紫呉の目が軽く据わっていた事は明記しておく。
「……そいつら早々に潰した方が……」
などという呟きに関しては、突っ込まない方が華かも知れないが…。
「まぁ排除するしないは別として、そんな状況では真犯人だと言う娘を突き出しても改善には至らんだろうな」
そう呟いて、アークは頭が痛いとばかりに額を押さえた。
これだから強欲な人間は…という呟きすら零す。
それにはこの場では少数派の“人間”であるエイダとヤンが、居心地悪そうにもじもじしていた。
そしてスヴェンもまた、ばつが悪そうに目を泳がせている。
多少目的が違うとはいえ、欲にかられて神殿に侵入したのは確かなので、耳が痛いのだろう。
紫呉の冷めた目も非常に痛かったに違いない。
「それ以前にアークも狙われる可能性だってあるんじゃないか?」
「は?なぜ俺まで?」
「自分達の器は不逞の輩に狙われやすいって言ってたじゃないか」
「あー…、あぁ、確かに言ったな…」
「アークだって色が違うだけで同じ人形に入ってるんだし、狙ってる人形が二体あるって解ったら両方狙うよ絶対」
なんと言っても強欲の権化とすら言えそうな御夫人方だ。
その上限界を知らぬ程の自己顕示欲を持っていて、互いに互いの事を見下し、嫌悪している。
同じ人形が二体あると知れば、他の夫人の手に渡らないように独占しようとする筈だ。
ただの人形ではなく憑依人形である事が解れば諦めるかも知れないが、相手は手段を選ばない貴族だ。
何をしてくるか解ったものではない。
結局、今の状態でラトニスに行くのは得策ではないと判断した。
更に言えば、昨夜ノアをバルトレッティ商会から盗み出した女冒険者イルザの姿が消えていた事も理由に上げられる。
「逃げたのか…」
「だと思います。たぶん夜のうちか朝方くらいに…。
ラトニスに向かう途中に通った時には、もういませんでしたから」
紫呉の険しい表情と鋭い紫電の双眸に射ぬかれてビクつきながら、スヴェンは平静を装ってそう説明する。
あの少女がただ逃げただけならいいが、今もどこかで奪われた人形を探していた場合、後々面倒になりそうだった。
なんと言っても諦めの悪そうな性分だったのだ、憂いの目は早々に摘み取ってしまいたい。
「─────“あいつ”がいたなら……。いや、詮ない事か…」
そう呟いた紫呉の言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「まぁ探されているのは人形だから、人化出来れば貴族共の目からは逃れる事は出来るんだろうが…」
そこまで言って、アークは短い腕を組んでノアを見る。
いまだにぎこちない動きで自分を振り替えるノアを見て、アークは当分無理かと肩を落とした。
「こうなっては仕方ない。当分は俺の神殿を拠点とするか。
今回の騒動がある程度沈静化するまで、森から出ん方が良いだろう」
「そうだな。この周辺で街といったら他にはフィンブルの港町だが、さすがに距離がある。
なんの備えもなく移動するには、俺でも無謀な距離だからな」
アークの提案に二つ返事で賛同する紫呉の言葉に、ノアはふと引っ掛かりを覚えた。
フィンブルとは、今いる北の大国メティオールの南に存在する連合国である。
世界最大の大陸であるエレンホス大陸南端と、更に南に存在するフィデス諸島を国土にもつ新興国家だ。
その港町は大陸の東側にあり、今いる所はアーリアス大森林の西側、岩窟神殿とラトニスの中間地点付近にある廃村である。
徒歩しか移動手段がない現時点で、何の準備もなく離れた場所に向かうのは、いかな鬼人族と言えど自殺行為だろう。
それは理解できる。
引っ掛かったのは、紫呉が前に言っていた“故郷”の事を抜いて話している事だった。
「…紫呉の故郷って、この森にあるんじゃなかった?
えっと、風雷の里だっけ?そこに御厄介になる事は無理なの?」
無理なら諦めるけど。
そう付け足して首を傾げつつ問い掛ける。
どうしても反応が遅れるため、ノアが言い終わったところで首が横にこてんと傾いた。
だが、問われた紫呉はそれを可笑しがる事もなく、逆に表情を固くする。
言いにくい、というよりはばつが悪そうに薄灰の髪をかきあげた。
「そういえばそんな事言ってたな。そっちは駄目なのか?」
アークにも問われ、紫呉は若干困ったように笑みを浮かべた。
「駄目って訳じゃないが、里もここから少し距離が……。
………いや、これは建前だな。本心を言うと俺個人の都合なんだ。すまない」
そう言って、紫呉は己の両膝に手を置いて頭を下げた。
簡単な事を言えば帰り辛いのだと、紫呉は自嘲するような笑みを浮かべて告げる。
その理由は言わずもがな、ノアと交わした羈絆を利用した主従契約である。
里の者に何の相談もなしに主を得た行為は、次期里長としての義務を果たしていない。
自身でそう思うからこそ、特に里の守りを任せてきた幼馴染みには少々顔を会わせ辛い。
紫呉はそう自嘲した。
「だが、いつまでも目を背けている訳にもいかないからな。
どうしても町に行く必要があるなら、俺の事は気にしないでくれ」
…と紫呉は言うが、やはり少しくらい気持ちを整理させる時間は必要だろう。
そう結論付けて、アークが言う通り岩窟神殿を当面の拠点とする事にした。
しかし、紫呉のみならず、ノアもアークも、後にこの時の判断を悔いる事になる。
だが、今はまだ知る由もない事だった。
「ところで、話し変わるけど質問良い?」
「何だ?改まって」
ゆっくりと手を挙げてノアが問うと、言ってみろとアークが先を促す。
ノアは手を挙げたまま更に質問をぶつけた。
「まぁ完全に違う話って訳でもないんだけど。
街に行くならどのみち人化できる方が良いよね?」
「それは…確かに…そうだな…」
「普通に考えてしゃべって動く人形なんて、早々いるものじゃないしな。
かなり騒がれると思うぞ?」
亜人の一種族として世間に認識されている鬼人族でさえ、街中では人々の注目を集めてしまう。
それを避けるための外套であり、人化の術だと言える。
「うん。つまりいずれ街にいかなきゃならなくなるだろうから、人化できるようになる、ってのが当面のボクの目標になるわけだね?」
「…あぁ。何が聞きたいのか解った。ようするに人化の方法だろう?」
「おぉ、大正解!よく解ったね!」
緩慢な動きで拍手すれば、ペフペフと人のものとは明らかに違う音がした。
からかっているつもりは微塵もないのだが、アークは「おまえなぁ…」と零して額を押さえた。
「必要になる事も解るし、時が来たら教えてやる。
だがまずはその器に慣れる事と、お前自身の魔力を増加させる事だ。
後は魔術の基礎を覚える事。お前の場合はまずそこからだな」
「魔術って、紫呉が使ってたようなやつ?ホントにボクも使えるようになるの!?」
思わず身を乗り出して問い返す。
その食い付きの良さに苦笑しながらも、アークは「使いたいのか?」と問うた。
「剣とか使って戦うって言うのは、正直分不相応だと思うんだけど、魔術なら使ってみたいかな。
まぁ二人とももうとっくに強いから、後ろからちょこちょこっと支援する程度になるだろうけど」
魔物がいる世界で旅をする、ということはその最中にそれらと戦う状況に陥る事がある、という事。
アークと紫呉なら余程強力な魔物でない限り負けそうにないし、今から覚えたところで攻撃の面では大した助けにならないだろう。
だが、何もしないでただ守られているだけなんて事は、正直性に合わないのだ。
曲がりなりにも紫呉の“主”となったわけだし、“拓榴石”の羈絆の“主軸”にもなっている。
ならば“主”として出来る限りの事はしなければ、なんだか情けないではないか。
そんな胸の内を隠す事なく二人に告げる。
それを聞いて、アークは「そういうだろうとは思っていた」と苦笑。
紫呉は無言のまま、納得したように頷いた。
ノアを“主”と仰いだのは間違いではなかった、と再認識して。
「それなら…」
「魔術を覚えたいんだったら、この私にお任せくださいませ!!」
俺が教えるよ、と続けようとした紫呉の声を、耳にキンと来る程の声量と勢いでエイダが遮る。
今後の事を話し合っているうちにまた階段トリオの事を忘れていた三人は、視線をそちらに向けて告げた。
「「「まだいたのか」」」
「「「ひどいっ!!」」」
告げられた言葉はほぼ同じだったが、声のトーンは各々明確に異なった。
アークは呆れ、紫呉は冷淡に、そしてノアは残酷な程純粋に…。
それに対する階段トリオの声は、見事に嘆きで一致していた。
「お、おいら達アークの旦那に一生ついて行くって決めたんッスよ!?」
「勝手に決めるな。つーかもう用はないと言っただろう?帰れ」
「いやいやいや!!俺らが集めてきた情報役に立ったでしょ!?
アークの旦那が求める情報収集なら俺らに任せて」
「そっちはかなり特殊な情報だからな。お前らに集められるとは思えん。期待出来ん」
「「そんなぁっ!」」
淡々と冷徹に、アークはヤンとスヴェンの申し出を一蹴に伏す。
十歳という年齢設定の人形を前に、大の大人が情けなくも泣いた。
「ひ、姫さんの魔術習得なら、あたしが教師役になれますよ!!
なんたって私はあのアルブスフィア学園で魔術を学んでおりましたし、殆どの呪文だって暗記して」
「卒業した、とは言わないんだな?」
「う゛………そ、それは…」
胸──良く見なくても貧相──を張って言ったエイダに対し、紫呉の冷ややかな声がずばっと切り込む。
エイダは間髪入れずに言葉を濁した。
相変わらず口調も一人称もとっ散らかっているが、それを指摘する者は存在しなかった。
「学校があるんだ?」
「あぁ。中央大陸から北東にある、世界最高峰にして自治権すら持つ士官学校だよ。
世界中の人類に門戸を開いているけど、入学のみならず、卒業までの過程が何より厳しいエリート学校でな。
ここを卒業したものは、それだけであらゆる面に置いて優秀だと言われてる。
だから卒業生は必ずそう言うんだよ。一種のステータスのようにな」
厳しいカリキュラムを経て最難関と言われる学校を卒業したのだ、それを己の誇りとするのも頷ける。
その反面、毎年かなりの数の退学者も出ているらしく、そちらの方でも有名らしい。
そういった者達は学園の名を出しても決して卒業した、など口に出来る筈もない。
エイダは三人分のジト目に晒され、往生際悪く視線を逸らす。
しかし、己の両サイドにいる下僕達からの助け船もない上、二人もまた目を逸らしている。
エイダは暫く下僕二人を睨み付けていたが、ややあって諦めたように項垂れた。
「……はい、中途退学、しました……」
「話しにならない」
まさに一刀両断切り捨てられ、エイダは挫折したように頽れた。
が、すぐに顔を上げると尚も良い募った。
「そ、そりゃ確かに退学したけど、あくまで自主退学であって強制でも落第でもないし!!
それに魔術の基礎くらいならあたしにだって…!」
「基礎くらいなら俺と紫呉で教えられる。
大体お前魔術に関してはからっきしとか言ってなかったか?」
「はぐぅっ!」
アークの指摘に見事に撃ち抜かれたエイダは、大袈裟にショックを受け再び挫折ポーズで項垂れる。
しかし、やはり往生際悪く、またすぐに顔を上げた。
ここで引いたら本当に見捨てられてしまうので、両サイドに控える二人も必死に姐さんを応援していた。
そんなどこかうるさい応援を受けつつ、エイダは視線をノアに向けた。
「だ、だったら姫さんの身の回りの世話とか…」
「あ、そー言うの要らない。日常生活の動きとかがリハビリになるし。
自分の事は自分で出来るようになんないと」
「そんなぁ!」
結局、頼みの綱であるノアからもスッパリと切り捨てられ、階段トリオは揃って泣き崩れた。
ちょっと、…いや、大分ウザい。
挙げ句の果てには三人揃って「見捨てないで要らないなんて言わないで~!!」と泣き喚き始める。
良い年下大人がギャンギャン喚きながら泣く様は実にみっともなく、そして若干うるさい。
しかも三人各々バラバラに叫ぶものだから、要領を得ないし、やかましさは倍増だ。
ノア達は更に辟易する思いだった。
ややあって、仕方ないとばかりにノアが折れた。
「しょーがないな。必要になったら街に買い出しに行ってもらったりすれば良いんじゃない?」
これ以上泣き喚かれても鬱陶しいだけだし、という本音は内心で呟いてそう告げた。
それにはアークも紫呉も微妙に難色を示したが、ノアが言うならと不承不承頷いた。
それにより同行“は”許可された階段トリオは、諸手を挙げて今度は歓喜で涙を流した。
「「「姫さぁ〜〜〜〜〜〜〜ん!!
一生ついて行きま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜す!!」」」
「あ、それは重いから遠慮する」
「「「そんなぁあ!?」」」
「上げて落としたな」
「あぁ。見事な垂直落下だったな」
それどころか完全に地面にめり込んですらいる。
歓喜から叩き落とされた三人は床に突っ伏して嘆いていたが、暫くの同行は許されたのだからと、気を取り直す事にしたらしい。
どたばたして乱れた髪や服装を直して、姿勢も正した。
旅にまで連れていく気はないからな、とアークがはっきりきっぱり断言すれば、三人は驚いた様子で大袈裟に固まる。
一緒に行く気満々だった三人は当然のように不満げな声を出したが、聞く耳は持たんとばかりにアークはそっぽを向いた。
色々と一騒動はあったが、ノアとアークは紫呉という仲間──と階段トリオという御供──を加え、再び元いた神殿に戻る事となった。
この時、森の南方では想像もし得ない一大事が発生していたが、その事に彼らが気付くのは、もう少し先の事である。
それでも、不吉なるモノ達の魔の手は、ゆっくりと森を侵食し、彼らへと忍び寄っているのだった。
第一章;完
これにて第一章終了です!
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