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箱舟旅団冒険記  作者: 月也青威
19/30

第一章:眠りから覚醒して

「────…れはそうと、何でその姿のままなんだ?」

「気にするな。この方が楽なんだ」



どこかから、誰かの話し声が微かに耳に届いてくる。


聞き覚えのある二人分の男の声は、壁を一枚隔てた向こう側から聞こえてくるようだった。


その声に混ざるように、鳥の鳴き声と木々の細波がささめいている。


その心地よい音と穏やかな会話に引き寄せられるように、ノアの意識が覚醒へと浮上していった。


木の板で作られたような簡素な寝台に寝かされた人形の目蓋が、パッチリと開かれる。


そこから現れた柘榴石(ガーネット)の双眸は、ただ静かに無機質に、虚空と天井を見つめていた。


端から見ればただの人形がベッドに寝かされているだけ。


しかし、ややあって少女とも少年ともつかない可憐な声が、戸惑いの形で発せられた。



「──────は…?あれ?何?ここどこっ!?」



さわさわと梢が揺れる音のみに支配された空間に、ノアの慌てふためく声が響く。


相変わらず固定された視界に広がったのは、痛みの激しい木造の天井だった。


人が住まなくなって久しいのか、木の板をそのまま張り付けただけと言う天井には、所々板が外れたように穴が開いている。


照明のようなものはなく、見える範囲に窓のようなものもない。


全くといって見覚えのない場所に寝かされているのだと気付き、状況を把握しようと起き上がろうとして、────出来なかった。



「……ってあれ?動けないしー!ここどこー!?何でボク一人ー!?

目が覚める度に見知らぬ場所にいるとか、二回も体験したくないんですけどー!?」

「起き抜けから騒々しいな。少し落ち着け」



体を動かせないままやいやい騒いでいると、呆れを多分に含んだ少年の声が脇から聞こえてくる。


その声が誰のものか気付く前に、ノアの視界に見知った顔が入り込んだ。



「すまんな、一人にして」



申し訳なさそうな様子で微苦笑を浮かべながら、紫呉が顔を覗き込んでくる。


その肩にしがみつく形でアークもいて、前回のように一人になったわけではないと知って安堵した。



「よかったぁ…。また一人だけ別のとこに放り出されたのかと思った…」



バルトレッティ商会での経験からか、知らぬ間に一人にされるのが酷く怖いと思った。


厳密に言えば“一人”だったわけではないが、誰一人としてノアの意思を認識していなかった。


それでは“一人”だったのと何も変わらない。


誰もいないところに一人でいるよりも、そちらの方がより一層の孤独を感じていた。


意思がある事に気付かれる事なく、ただ道具としてしか見られない。


そんな扱いはもうこりごりである。



「てか、ここどこ?どう見ても廃墟っぽいけど」



その前に起こしてーと言えば、紫呉が肩にアークを乗っけたまま抱き上げてくれる。


漸く視点が変わり、室内全体が見渡せるようになる。


前と同様、腕に座らせるように抱えられた。


その反対側の肩には自ら体勢を変えて、危なげなく座るアークがいる。


年若く見目もいい“イケメン”な男が、いかにも少女趣味な人形を二体も抱えている。


その姿は何とも異様な感覚を抱かせた。


しかし今はその姿を見る部外者はおろか、彼を羨む者もこの場にはいなかった。



「ここはアーリアス大森林の中にある集落跡だよ。

ここは古い森だからな。こういう、住人がいなくなって廃墟となった集落がちらほら残ってるんだ」



そう簡単に説明されながら、ノアは紫呉に隣室へと運ばれる。


改めて視界に入った室内を見ると、確かにかなり古い建物だと解った。


壁も床も全てが木造で、所々朽ちて穴が開いている。


変色した床は腐っているのだろう、あちこちに天井の残骸と思われる木片が散乱していた。


ベッドのような台の他に家具らしきものは殆どなく、扉は外れて床に倒れている。


辛うじて窓が見えたが、木製の戸があるだけ。


朽ちたカーテンの残骸は、床に落ちていた。


先程で二人がいたのだろう隣室も、ノアが寝かされていた部屋と似たり寄ったりだった。


唯一違うのは、まだ十分使用に耐えうる家具が数点残っているところか。


この家のリビングダイニングだったのか、奥には簡素ながらキッチンのようなものもある。


テーブルは足が一つ朽ちて倒れ、二脚ある椅子は横倒しになって埃を被っている。


部屋の隅には大きな蜘蛛の巣があるが、これも打ち捨てられたもののようだ。


一切人が立ち入らなくなって久しいその場所に、踏み台のような椅子が三脚存在する。


椅子は三角形を描くように置かれ、その中央には金属製のカップ二つと小さなポットがあった。



「お前が休眠に入った後、俺も限界が来てな。俺達が寝ている間にここまで来たらしい」



そう言いながらひらりと紫呉の肩から降りたアークは、人形の手足を違和感なく滑らかに動かして椅子の一つに腰かけた。


…といっても大人の膝くらい高さのある椅子なので、ヨジヨジと這い上がって座ったのだが…。


対して、自力では動けないノアは、紫呉の手で座らせてもらう。


その際に表面の埃を払い、着衣の乱れをただしていく。


相変わらずの紳士っぷりだった。


そして最後に空いた椅子に紫呉が座る。


赤ん坊サイズの人形には少々大きいそれも、体格の良い紫呉には小さく低かった。


ノアより後に休眠に入ったアークだったが、目覚めたのは彼の方が早かった。


紫呉はアークに頼まれた通り、不逞の輩が来ても対処できるよう、この場所で寝ずの番に立っていたと言う。


アークが目覚めたのは今朝方の事。


以後、二人はノアが目覚めるまでに、互いの事情を話し終えたらしい。


因みに、今現在はちょうど昼過ぎらしい。



「あれ?そうなると紫呉ってば休んでない?先に休む?」

「いや、大丈夫だ」



ノアの問いに軽く答えた紫呉の表情は至って普通で、その返答が嘘でも強がりでもない事を物語る。


寝ずの番をした翌日とは思えないほど、彼には疲労感も寝不足感も出ていなかった。


複数種存在する亜人の中でも上位に位置する鬼人族は、生来から身体能力がずば抜けて高い種族である。


人間と異なり、肉体を形作る生命力…生体マナが豊富であり、潜在能力も高い根っからの戦闘部族だ。


高純度、高濃度の生体マナを持つ者は、それに比例して心身も強い。


二、三日飲まず食わず眠らずで過ごしても、全く支障が出ない程には。


流石にそう何日も断食状態で過ごせるわけではないが、一日徹夜した程度では何ともないらしい。


とりあえず無理はしないようにと言い含め、改めて確認するべき事を確かめた。


それは当然、己が何故バルトレッティの店で目覚めると言う事態に陥ったか。


第一自分は、アークと共に強力な封印と結界によって隔離された場所にいた。


本来の役割とは異なるが、言うなれば外敵から守られていたようなものだ。


強力な封印術式によって外部から人が入り込めないはずの場所から、何故己だけが連れ出される結果となったのか。


知りたいのはその経緯だ。



「簡単に言えば、神殿の封印を解いて侵入してきた暇人共がいた、と言うことだけだ」

「暇人?」

「階段共だ」



怪訝を込めたノアの問いに、アークも淡々と短く返す。


言い方が何とも酷いが、実に的確な表現方法である。


現に、端的に言われた言葉でも件の三人組の顔が浮かんできて、原因は奴等かと軽くイラッときた。


とりあえず体が動かせるようになったら、全員一発ずつ殴ってやりたいが、恐らくもう会う事もないだろう。


そうと解っていれば、もっと文句なりなんなり言ってやったものを、と残念ではある。


だが、階段トリオにはアークがきっちり制裁を加えたそうだし、一番悪辣と思しき冒険者少女は紫呉が成敗した。


そして悪徳商人は正式に逮捕されたようだし、それで良しとして脳裏の片隅へと追いやる事にした。


そして、ラトニスと言う町で冒険者少女が引き起こした一件については、アークもあらましを例の三人から聞いて把握していた。


それと言うのも、例の事件が発生した時、例の三人組の一人…犬耳の男が様子を窺っていたらしい。


遠巻きから商店の様子を窺い、バルトレッティが人形(ノア)をまだ売る気はなさそうだと知り、その間に他の面子がアークに報告に向かったと言う。


しかし、その間に例の事件が発生。


犬耳の男──獣人犬族と言うらしい──が野次馬に混じって事の成り行きを見ていると、裏道から怪しい人影が出て来たのを目撃したのだ。


賊の侵入だのと豪商の不正だの騒いでいる店の裏手から、大きな荷物を抱えて出て来た、悪評の絶えない冒険者。


これを怪しんだ男は気付かれないよう少女に近付き、気付いたのだ。


人形の──正確には人形に付いた仲間の女性の──匂いに。


獣人犬族は動物の犬と同じで、嗅覚が優れている。


その上一度覚えた匂いは忘れる事がなく、かなり正確に嗅ぎ分けられると言う。


それにより嗅ぎ当てた匂いで少女が人形(ノア)を待っているのだと判断した男は、慌てて少女を追って来たのだと言う。


一方、アークに報告に行っていた残りの二人は、森の中でいかにも怪しい少女を目撃。


それが、昼間バルトレッティと人形を巡って揉めていた冒険者だと気付き、茂みに身を潜めて様子を窺っていたのだ。


そうしたら案の定、探していた人形、ノアを持っていた。


さてどうやって奪い返すかと考えつつアークを待っていたら、紫呉にかっさらわれたと言う事らしい。


無論、真実は助け出された、が正しい。


だが第三者が横から割って入れば、そう思うのも無理はないだろう。


そのため、彼らは間違った情報をアークに教えてしまったのだ。


結果、昨夜の騒動に発展した、と言う事である。


色々と物申したい事はあれど、言ったところで既に過去の事。


無事合流できたのだし、予定通りとはいかないまでも封印の外に出られた。


それで、今のところは水に流しておき、代わりにどうしても腑に落ちない事を問うた。



「それはそうと、何でアークは人形の姿でもフツーに動けるわけ?

てか、昨夜人間になってなかった?何で今はその格好なのさ?」

「だから矢継ぎ早に質問を被せるなと……。まぁ良い、どうせ言っても治さんだろ」

「うん」

「…………………」



表情は変わらないまでも、ジト目でノアが見ている事に気付いたらしい。


アークは呆れたように言うと、椅子の上で胡座をかく。


見た目は可憐で美しい人形なだけに、ギャップが酷い。


しかし、イメージに合わないからやめれ、と言ったところで聞くようなアークではないので文句は飲み込んでおいた。



「俺とて四六時中人化していたのでは消耗が激しくてな。

普段は人形()の姿の方が楽なのだ。

憑依人形(オレたち)はこの姿が本来の姿になるからな」



人の形をしているとはいえ、あくまでも人形は物質である。


それを媒介にして人間の姿に転じるのは、他の物質を器として人化するよりは楽だろう。


だが、どちらも物質を血の通った生身の躯に変化させる事に変わりはない。


人化している間も魔力は徐々に消耗されていき、いずれは人化も保てなくなるのだ。



「特に俺とお前は魂が欠けているからな、その影響も大きい。

お前が未だ動けないのも同様の理由だ」

「やっぱ問題はそこかぁ…」



結局はそこに行き着くのな。


そう付け足してノアは溜め息を雫す。


…といっても口が開いて呼吸している訳ではないので、「はぁ…」と実際に言葉に出したのだが…。



「一つ聞いて良いか?二人が憑依人形(ゴーレム)になった経緯はアークからある程度聞いたが、そもそもノアは何故そこまで魂が欠けたんだ?

しかも生まれたて、なんだろ?魂が欠損するなんて余程の事がなければ起こり得ない筈なんだが…」



紫呉の問いは当然の疑問だった。


さらに言うと欠ける程の損傷を魂に受けたにも関わらず、平然としていられるのも普通はあり得ない事。


もしそんな損傷を本当に魂に受けたのなら、普通は自我など保っていられる筈がない。


そして何よりも、肉体と言う鎧に守られている魂を直接傷付けられる方法など、殆どない筈。


紫呉にそう言われたが、憑依人形(ゴーレム)達は揃って小さく唸った。


それは訊ねた紫呉が戸惑うくらいには神妙な空気を醸し出しており、その場に何とも微妙な空気と沈黙が広がる。


人形達の儚げな無表情が、妙に憂いを帯びて見えた。



「アークはともかくとして、ボクはわからないんだよね。正直自覚ないし…」



気が付いたら、目が覚めたらそうなっていた。


そう言う他に説明出来なかった。


転生する際に何か問題が生じたか、異世界から次元の壁を越えた事による後遺症か。



それとも異世界から人形と言う物質を運んだ事による代償か…。


どれも正しいようでいて、どれも直接的な原因ではない。


そんな感じだった。



「いや、まぁ何も問題がないなら良いんだ。生まれる前に起きた事象が原因だったら、解らないのも無理ないしな」



紫呉の言葉を引き継ぐように、アークも「解らないなら考えても無駄だろう」と切り捨てる。


アーク自身も、魂が欠損した理由は解っているが、詳細は覚えていないと言う。


魂の寝所に侵入にしたのは何者だったのか。


どのような手段で封印を突破してきたのか。


その時何があったのか、何をされたのか…。


その辺りは覚えていないと言う。


思い出そうにも深い霧がかかったようで見通せず、気分も悪くなるからと早々に諦めたらしい。


考えたところで詮ない事、なのかも知れない。



「まぁ問題がない訳じゃないんだけどねぇ…。

現に魂が欠けてるせいで、器があっても動けないんだし」



表情は一切変わらぬままだが、その声音だけで落胆している事が解る。


今はまだ声を出せるから良いようなものの、自らの意思で躯が動かせないのは非常にもどかしく辛いものがある。


声が出せず念話すら通じなかった時など最たるものだ。


何を叫ぼうと通じず気付かれず、ただ物として扱われる。


“遺跡からの出土品”と言うことで大事に扱われはしたが、どちらにしろ変わりはしない。


その結果が傷害事件込みの争奪戦だなどと、はっきり言って笑えない。


とりあえず人間怖い。


そんなトラウマが軽くノアの魂に刻まれたのだった。


このままずっと動けないままだったら…、何てネガティブ発言するまで落ち込むノア。


そこに、アークから朗報がもたらされた。



「まぁ、全く以て何の手立てもないわけではないぞ?」

「ホント!?」



アークの言葉に俄然食い付く。

躯を動かせていたら、勢いよく前のめりになっていただろう食い付きっぷりだった。



「あ、あぁ。お前が動けない…、器を動かせないのは、魔力や生体マナの根源たる魂が欠けているのが原因だ。

ならばこれを他の魂を用いて補完してやれば良い。そしてその手段が可能な限り二つある」



ノアの勢いに若干押されつつ、アークはそう語る。


しかしその内容に、ノアは声で以て怪訝を表した。



「魂を補完って…。それって、他の人の魂を取り込むとかじゃ、ないよね…?」



取り込む、即ち食って糧とするようなもの。


それは流石に気が進まない。


そう思って訊ねれば、意味が違うしそれ以前にお前には無理だと言われた。



「他者の魂を取り込むなど、悪魔かそれに準ずる者にしか出来ん。

今回提案するのは、真名を用いて補完する手だ」



言われてみれば、ノア達の性質は魔族や悪魔、或いは精霊のそれに近いが、厳密に言えば全く違う。


彼らはあくまで“憑依人形(ゴーレム)”と言う個体種なのである。


無論、魔物の類いでもない。


当然、魂を食らう手段など持ち得ていないし、魂食(こんじき)はあくまで人が食事を取り栄養やエネルギーにするようなもの。


欠けた魂を補うための手段にはなり得ない。


そう聞いて、ノアはこっそりと安堵した。


自分が健やかに生きるためとは言え、他者を犠牲にする気など毛頭ないのである。



「一つは、ある魔術によって俺とお前の魂を一つに縛り、共有する方法だ」

「それって、“生命繋ぐ呪の言(コネクトワーズ)”か?だがあれは…」



アークが話した内容に心当たりがあるのか、紫呉が言葉を挟む。


しかし、その表情は若干険しい。


軽く眉間に刻まれたシワを見て、ノアの怪訝に戸惑いが加算された。



「流石に知っているか。

生命繋ぐ呪の言(コネクトワーズ)”は数多ある魔術の中でも最高ランクに位置する、一種の呪いだ」

「の、呪い…ですか」



聞かれたその不穏な言葉に、ノアはドン引きした様子で小さく呟いた。


この世界エレオスには数多の魔術が存在し、その全てにランクが定められている。


基礎中の基礎術をランク0とし、最高峰は現在ランク7。


しかし、世の中にはまだ発見、解明されていない魔術もあるため、ランク8の術もあるかも知れない。


とはいえ、ランク7は超一流の天才魔導師ですら、一人では行使できない魔術である。



人の手で天変地異や奇跡を起こすようなものだと思えば、どれ程の規模のものか理解出来ると思う。


そんな中に分類されるのが、“生命繋ぐ呪の言(コネクトワーズ)”である。


この魔術が呪いと言われるのは、対象者複数人の魂を、一つに結合させてしまう事にある。


魂の結合。


それは言わば複数人で一つの命を共有する、と言う事だ。



「それってつまり、ボクが死んだらアークも死んじゃう……って事?」



ノアのどこか怖々とした問いに、アークは無言のまま頷く。


人形の顔なので表情がないのは当然なのだが、それが返ってその術の恐ろしさを物語って見えた。



「その上色々と制約があってな。

生命のみならず、身体的損傷に病なども共有する上、一定距離の離隔……。

つまり一定の距離が開くと心身ともに多大な影響や苦痛に襲われる…と、言われている。

その分二人分の魂を一つにしてしまうから、補完としては一番手っ取り早くはある。

…が、正直これは余りお薦めできん。はっきり言ってデメリットが多すぎる」

「確かに。動けるようになるために行う手段としては、リスクが高すぎるんじゃないか?」



ごく普通の日常生活を送るだけなら、たいした問題ではないかも知れない。


魔術が存在し、魔物と呼ばれる異形の生物も住まう世界とはいえ、町から一歩も外に出ず、争い事とは無縁の生活をすれば良い。


しかし、ノア達は旅をする前提で話をしている。


それは即ち、自ら危険に身を投じるようなもの。


そうなるとこちらの手段はリスクしかない、といっても過言ではなかった。



「じゃあ、もう一つの方法は?」

「うむ。もう一つは、“羈絆(きばん)”を築く方法だ」

「「きばん…?」」



淡々と告げたアークの言葉に、今度は紫呉も怪訝に首を傾げた。



「こっちはお前でも知らんのか。

“絆”を“(つな)ぐ”と称し、真名に同じ意味を持つ言葉を刻む事で魂を繋ぐ、一種の同調契約といった所か」

「真名による主従契約とは違うのか?」

「あれはあくまで相手を従属させ縛るものだろう?

羈絆は縛るのではなく真名により魂を同調させ、互いをより強く繋ぐものだ」



今度ばかりは聞き覚えがなかったのか、紫呉も質問側に回る。


どうやら一般的に知られている事ではないらしく、紫呉も物珍しげに頷いていた。


流石は千年以上も前に生まれた元魔剣。


何だか生き字引きのような気がしてきた。…言わないけれども。



「同じ意味の言葉…。ファミリーネームとも違うんだ?」

「まぁ違うとも言えるが、似たようなものと考えて良いだろう」



羈絆は一つの魂名を用いて、複数人の魂を同調(リンク)させ、強靭な絆を構築する特別な契約術だ。


魂名は羈絆を築く対象者全員の魂に刻まれる、言わば“一族”を象徴とする言葉。


意味が同じであれば言葉の韻が違っても問題はなく、上手く構築出来ればその繋がりは血の繋がった血族のものよりも強固となる。



「青臭い言い方をすれば、仲間の絆を魂に刻んで、より明確なものにした感じだな。

象徴となる言葉…言霊を真名の一部に組み込むため、一度構築したら魂が消滅するまで…、つまり死ぬまで解除出来ん。

そこがデメリットと言えなくもないな」



反面、先に説明された“生命繋ぐ呪の言(コネクトワーズ)”は一種の呪いであるため、呪術師を殺すか、術式…呪いそのものを解析して解除すれば、晴れて解放となる。


…といってもランク7の術を行使可能であるなら、それはそのまま呪術師のレベルが高い事を意味する。


例えるならば、それこそアークのように。


その上、術式の解析も並大抵の知識では到底不可能であり、結果自力で呪いを解くのは難題となるのだが。



「俺としては羈絆の構築の方が最適だと思うぞ?

これなら魂を一つに結合させる事なく不足分を補い合う事が可能だし、思念による遠話もよりスムーズになる。

生命繋ぐ呪の言(コネクトワーズ)のような制約も特にないしな」

「いやに押すねぇ…。まぁ実質それ一択ってカンジだけど」

「まぁ、それは否定しない。

だが、これならお前もすぐに動けるようになるだろう。

慣れれば人化も可能だし、さらに修行すれば武器を手に戦ったり、魔術を覚える事も可能だろう」



俺のようにな、と付け足したアークは若干踏ん反り返る。


確かに自負するだけあってアークは強かった。


人化したアークはせいぜい十二、三歳の子供の姿なのに、成人男性…それも上位種だと言う鬼人族の紫呉を圧倒する勢いだった。


紫呉もあのまま続けていたら怪我だけじゃ済まなかった、と若干の悔しさを含んで雫している。


とは言え、自分が剣やら槍やらを手に戦う、と言うのは想像出来ない。


しかし、魔術の使用には興味があった。


元よりそれしか選択の余地がないのなら、もう決まったも同然である。


どうする?と問われて、迷う事なく羈絆の構築を選ぶ。


直後、紫呉から待ったがかかった。



「その前に、俺の頼みも聞いてもらえないか?」



問うような口振りではあったが、紫呉はそう言うや否や居住まいを正す。


そして憑依人形(ゴーレム)達に、………延いてはノアにその頼み…願いを告げた。



「ノア、…いや、ノア様、アーク様。

どうかこの俺を、風雷一族が鬼人、紫呉をお二人の配下としてその羈絆に加えて戴きたく存じます。

延いては、俺に真名を授けて戴きたいのです。

さすればこの紫呉、お二人に違える事なき絶対の忠誠を誓い、生涯、お二人の剣となり盾となり、己が全てを賭すると誓いましょう」



椅子から降り二体の前に膝をついて跪くと、紫呉はその表情も口調も真剣なものに変えて告げた。


突然の様付けと申し出に、ノアはおろかアークまで面食らう。


だが紫呉の顔は怖いくらい真剣で、それがいかに本気であるかを語っていた。





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