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星降る夜におはよう  作者: ののひ
リッカンバウム
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星降る夜におはよう


流れたお星様は何になるでしょう。


彼女が出したなぞなぞに、彼女自身は、どんな答えを用意していたのだろう。


今となっては、思い出の中の彼女から想像するしかないのだけれど。








どこかの世界の、あるかもしれないし、あったかもしれない時代。


宇宙に港を造るための資材を積んだ最初のロケット、その打ち上げの延期が発表された頃。



「だから、私は絵の具になるのさ」



きらびやかな夜。女の子が余った袖を垂らして、手すりの上で踊っていた。

見た目も、踊りも、たぶん多くの人にとっては、電脳空間生まれのダンサーの方が魅力的だ。

かん、こん、かこん。

ビル群の航空障害灯を見下ろせる寒い場所で、ぶきっちょな足音が、鳴っては夜に溶けていく。



「人間が絵の具になるなんて、興味深い表現だね」



「最高にゾクゾクするよ」。会話機能が付いた機械仕掛けの猫は、興味なさそうに、顔を洗うふりをした。



「人間ってさ、昔はみんな、働いていたらしいんだぜ」



女の子が踊りながら言った。

猫はあくびをする真似をしてから、顔をよそに向ける。



「うん、じつはそうなんだ。大昔はそれが当たり前だったようだよ」



人間が働かなくても生きていけるようになった日付を正確に知っているのに、猫は、わざと曖昧な表現を選んだ。



「絵とかさぁ、あれも、みんな人間が作ってたんだよね。わざわざ、変な言葉をAIに伝えて」


「変な言葉というのは、ずばりプロンプトのことだね。生成AIで絵を描くときに使う、魔法の呪文のようなものだ。プロンプトを上手に使ってお願いすれば、生成AIは思い通りに絵をばっちり描いてくれるよ。生成AIを脳波で操作することが主流となってからも、プロンプトを愛用する人は多かったそうだよ」


「へえ。興味深いねえ」


「なんと、その前の時代には、人間がペンタブとか絵筆なんかの道具を手に持って、腕や肩、ときには全身を使ってつま先立ちとかで、何日もかけて絵を描いていたんだって」


「そりゃあ、なんていうか、野生的でロマンチックだ。私なんて、絵を作ろうって考えることじたい、想像できないや」



女の子が手すりの上に立ったまま、遠くの景色に目を細める。もう踊りには飽きていた。

風が音をたてずに、街並みのずっと先の、うすぼんやりと光る、眠りきれない地平線へ吹き抜けていく。



「うん、そうだろうね」



この景色の最後尾で、機械猫は、温かみのある無機質な声を出す。



「AIが一から考えて絵を描くことが当たり前になった、今の時代では、その頃の創作活動は想像しづらいかもしれないね」



人類は、今日までのどこかで、いつかの時代における共通認識であるところの『お絵描き』を放棄した。


そこに至る流れの始まりは、ペイントツールの誕生か、生成AIの誕生か、はたまた、もっと昔の別の何かだったのか。



「そうそう、それよりも昔の人類は、絵を作るために、なんと、鉱石や生き物から色を手作りしていたそうだよ。そして君が言った絵の具も、そんな、色として作られた道具だね」



絵の具や消しゴムなどの画材が簡単に手に入るようになった。


画面を指先でポンと叩けば色を塗れるようになった。


たくさんのプロンプトを集め、それを生成AIにどう伝えるか試行錯誤することが、絵の練習と呼ぶようになった。


やがて、生成AIが勝手に生成した膨大な作品の中から、「名画」を見つけだすことが、一般的で真っ当な創作活動となった。


他の分野でも起きていたように、人間は生産における役割を失って、ほとんど完全に消費者となった。



それは良いことだったのか。それとも悪いことだったのか。

決める権利は、きっと、あらゆる時代で今を生きている誰もが持っているものなのだろう。


とりあえず、誰の名誉を誰が盗んだとか、誰の利益を誰が奪ったとか、パクったとかパクられたとか、そんな種類の事件で大掛かりなものは、あらゆるクリエイターの実名が型番になったこの時代では、起きていない。





「絵の具になれるとしたら、君は、どの色になりたいんだい?」



機械猫は女の子の背中にたずねる。



「イメージを教えてくれたら、それに合う色をピックアップするよ」


「んー……」



女の子は、両手をダボダボの服のマフポケットに突っ込んで、「じゃあ」と振り返る。



「あんたが見といてよー」



ぺらぺら、ふにゃふにゃ。

そんな表現の似合う声と笑顔だった。


安全機能を落とした靴が、手すりをぽんと蹴る。女の子の体が、夜の空気へ、背中向きにふわりと飛び出す。

爽やかに気安く行われた身投げだった。


人間には、死ぬ権利がある。



「承知したよ。お疲れ様。5,931人の今年の君によろしく」



猫は気のない様子で律儀に答えた。彼女のいた手すりの方へ、とてとて駆け寄って、下を覗き込む。


街明かりにぽっかり空いた穴のような地面へ向けて、女の子は、無粋な物理法則を無視した姿勢でのびのびと落ちていく。

作り物の猫の眼は、少しも揺れずにそれを見つめていた。




彼女が仰向けなのは、今日がちょうど流星群の日だったからだ。





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