第114話「黒翼の来訪1」
第114話
ご愛読いただきありがとうございます。
すでに、ブックマーク/星評価をつけてくださった皆様ありがとうございます!
霧滝の里は、いつにもまして静かだった。
光苔の淡い光は弱く、湖面に漂う霧は重たく沈み、
風はひとつも吹かない。
角魔族ヴァルノクスの里は、冥界の大森林の奥深く、
外界から完全に隔絶された“影の里”。
その静寂は、普段なら安らぎをもたらすはずだった。
だが――
今日の静けさは違った。
「……魔力の流れが、乱れている」
影の回廊を歩いていたノクティカーナ家の家長、
エヴァンジェリナが立ち止まり、角に触れた。
漆黒の角が、かすかに震えている。
「外界の揺らぎ……? いいえ……これは……」
彼女は眉を寄せた。
角魔族の角は、魔力の流れを読む“感覚器官”でもある。
「……嫌な予感がするわ」
その瞬間――
――ビリッ。
空気が震えた。
霧がざわめき、光苔が一斉に明滅する。
「何……?」
エヴァンジェリナが振り返ると、
影の回廊の奥から複数の気配が走ってきた。
「エヴァンジェリナ様!」
角魔族の精鋭部隊――“影守”が駆け寄る。
「外周の結界に異常反応! 何者かが侵入しました!」
「侵入……? 結界を破られたの?」
「いえ……破られてはいません。
ですが……“すり抜けた”ような反応が……」
「すり抜けた……?」
エヴァンジェリナの表情が険しくなる。
ヴァルノクスの結界は屈指の強度を誇る。
それを“すり抜けた”というのなら――
それは、ただ者ではない。
「侵入者の位置は?」
「影の回廊の入口付近です!
すでに包囲していますが……」
「ですが……?」
隊長は言い淀んだ。
「……まったく動じていません。
こちらが武器を構えても、微動だにせず……」
「……見に行くわ」
エヴァンジェリナは影の回廊を駆けた。
・・・・・・・・・・
影の回廊の入口付近――
そこには、異様な光景が広がっていた。
角魔族の精鋭十数名が、円を描くように包囲している。
全員が武器を構え、魔力を高めている。
だが、その中心に立つ“侵入者”は――
まるで散歩でもしているかのように、静かに佇んでいた。
黒の燕尾服。
白手袋。
銀の時計チェーン。
完璧に整えられた髪。
冷静な瞳。
――執事。
そう形容する以外にないほど、完璧な所作と気品を纏っていた。
「……人間……?」
エヴァンジェリナは思わず呟いた。
だが、すぐに違和感が胸を刺す。
(……おかしい。
魔力が……ほとんど感じられない……
なのに……この圧……?)
侵入者は、精鋭たちに囲まれても微動だにしない。
むしろ、彼の周囲だけ空気が澄んでいるようにすら感じられた。
「動くな!」
精鋭のひとりが叫ぶ。
「ここは外界の者が入れる場所ではない!
生きて帰れるとおもうなよ!」
執事の男は、静かに首を傾げた。
「……まずはご挨拶を」
白手袋の指先が、優雅に胸元へと添えられる。
「初めまして。
私は――」
「動くなと言っている!」
精鋭が一歩踏み出した瞬間――
空気が震えた。
執事の男は、ただ指先を軽く上げただけだった。
それだけで、精鋭の足が止まる。
「……っ!」
「な、何だ……身体が……!」
エヴァンジェリナは息を呑んだ。
(魔力を……ほとんど感じない……?
なのに……この支配力……?)
そのとき――
「下がれ」
重い声が響いた。
精鋭たちが一斉に道を開ける。
族長ガルド・ホルヴァルガ・ヴァルノクスが姿を現した。
「……その魔力の匂い。
久しいな、“黒翼”」
執事の男は、静かに胸に手を当て、優雅に一礼した。
「ご無沙汰しております、ガルド殿。
――ゴシファーでございます」
精鋭たちがざわめいた。
「ゴシファー……?」「まさか……七公爵……?」
ガルドは目を細めた。
「……本物かどうか、確かめさせてもらう」
「もちろんです」
執事の男――ゴシファーは、白手袋の指先を軽く持ち上げた。
次の瞬間――
――バサァッ。
黒い魔力が溢れ、燕尾服の背から漆黒の巨大な翼が広がった。
光を吸い込むような黒の羽根。
空間そのものがひざまずくような圧。
精鋭たちは息を呑み、膝をつきかけた。
「……傲慢の……ゴシファー……!」
ガルドだけが、辛うじて立っていた。
「間違いない。
龍魔王七公爵筆頭――傲慢のゴシファーだ」
ゴシファーは黒翼をゆっくりと畳み、
再び魔力を抑えて執事の姿に戻った。
「ご確認いただけましたかな?」
その声は、先ほどと変わらぬ静けさを保っていた。
エヴァンジェリナは震える声で呟いた。
「……どうして……執事の姿で……?」
ゴシファーは微笑んだ。
「あるお方の執事を務めておりますので」
最後までお読みいただきありがとうございました。
気に入っていただけた方は、ぜひ、
・ブックマーク
・下の評価で5つ星
よろしくお願いいたしますm(__)m
つけてくれると、嬉しいです。




