第13話 エキストラステージ
忙しい研究に追われ、気づけば仲の良い同期二人が付き合っていた。
何を言っているのかわからないと思うが本当にごっほんごっほん。
「えー……、なにこれ」
「松ちゃん、世の中にはいろいろあるのだ……」
「いろいろにも程があるわ」
死ねる思いで必死に研究を終えて、さあ遊ぶぞ! と二人を飲みに誘えばこれだよ!
しかも女子と女子だよ! なにこれ!
「確かにね。確かによ」
「どうした、松ちゃん」
「佐々がタケにフォーリンラヴなことは知ってた」
「無駄に発音がいいね、松ちゃん」
「だからってさ、なにも成就しなくてもいいじゃん」
「割と鬼だな、松ちゃん」
怒ったっていいじゃん!
なんか寂しいこの気持ちを理解しろよこの馬鹿タケ!
「あれだ、強いて言うなら竜宮城から帰ったら恋人が他の男と子ども作ってたときみたいな感じ」
「そんな殺伐とした浦島太郎は私は知らんぞ」
あぁ、私も知りませんよ。
ぶっちゃけ知りたくもないわ!
佐々は遅れてくるらしく、タケと二人で寂しく宴を開始。
開始数分で「なんか最近変わったことあった?」って聞いたら「辻井と付き合い始めました」…って!
「アホかー!」
「酔うの早いな! 松ちゃん!」
酔いたくもなるわ!
正直まだまだ飲み足りないがやってられっかぐわー!
「しかもなにそのあからさまに手作りっぽいマフラー! 飲み屋に入ってるんだから外せよ! 外せよー!」
「HAHAHA☆嫉妬かい!? 見苦しいなぁ!」
タケとぎゃーぎゃーと掴み合っていると、ヒールの音がこっちに近寄ってきた。
「……ふたりとも、なにやってるの?」
おほぅ、これこれ。
佐々っていったらこれだよね。
この凍るような目線と突き放すような毒っ気。
「もう、松ちゃんったらすぐそうやってタケにノッて変なことしでかすんだから」
「おい、元凶を私にするな」
「大体言いだしっぺはタケでしょ」
うんうん。
そのとおりだ。
よくわかってるね、佐々。
よくわかってる、よくわかってるんだけど……。
ナチュラルにタケの隣に座ったな、おい。
「で、なにこれ。私はおめでとうとか言えばいいわけ?」
「え」
佐々は少し表情を固めると、タケを睨んだ。
タケはわかっていないようで、楽しそうに焼き鳥を頬張っている。
なにこいつ、相変わらず可愛いな。
「まぁ、おめでとうと言ってくれたら嬉しいけどね」
佐々は気恥ずかしそうにそう笑った。
……不覚にも、良かった、と思ってしまった。
友達になりたてのころの佐々を今でも覚えている。
恥ずかしそうに、でもちょっとだけ辛そうに。
中本竹実のこと、教えて——。
口をへの字に結んだ美女が面白いこと言ってきたー! と内心ワクワクした。
それからゆっくりじわじわと染み入るように深くなる佐々の恋を見守ってきたのだ。
……そう思うとすっごい心にくるものがあるなぁ。
「正直、タケに佐々はもったいないと思うけどね」
「失礼だな、松ちゃん」
「よく言うわ。松ちゃんは私よりタケのほうが大事なくせに」
まぁね。
否定なんてしませんけど。
別に劇的な何かがあったわけではなく、タケがタケだから大事なのだ。
私にとって、タケは変わらない友人だ。
私が何をしたって、タケが何をしたって、とりあえず一緒にご飯を食べて笑ってくれる友人なんだ。
「ま、一番大事な友人二人が付き合ったなら、やっぱり仲人は私かな」
「いや、結婚とかできないから」
「じゃ、今ここであげたら?」
そう告げると、二人揃ってぶすっとした顔で頬を染めた。
この似たもの同士どもめ!
「指輪がないし……」
「問題そこなんだ!?」
さすがタケ、予想斜め上。
佐々はというと今のタケの発言に驚いて、声も失っている。
ただ、それはいつもみたいに呆れているわけじゃなくどこか嬉しそうだった。
「結婚するのは、嫌じゃないんだ……」
佐々はそうポツリと漏らすと、顔を伏せた。
タケからはその顔が見えないらしく呑気に「どうした、辻井ー?」と声をかけている。
一方、私からは丸見えだったりする。
嬉しそうな佐々の、真っ赤に染まった年相応に緩んだ顔が。
本当に、この二人は出会ったときから変わらない。
なんだかんだと佐々にキャンキャン噛み付くタケ。
タケのちょっとした言葉に恥ずかしそうに困った顔をする佐々。
お互いに構ってほしいって思ってるくせに変に意地っ張りなんだよねぇ。
「ってぇ……待った待った。タケ!」
「え、なに?」
ちょっと待った。
一つ気になるんですが……。
「君たち、付き合ってもう2ヶ月ぐらい経ってるよね?」
「……う、そう言われると地味に照れる」
「いや、照れてる場合じゃないから」
いや、二人揃ってきょとんって顔してるんじゃないよ。
「なんで、“辻井”なの」
付き合ってんでしょ?
付き合ってんだよね?
今まで通りすぎて普通にスルーしようとしてたけど、今「辻井」って呼んでたよね?
なんで呼び捨てじゃないんだタケ。
佐々も佐々で「気づいていたけど恥ずかしいからスルーしてました」みたいな顔してるんじゃないよ!
頬を染めるな可愛らしい!
「いやー、なんか定着しすぎて呼び方を変えるとか発想すらしてなかったわ」
このダメタケ!
「タケ、佐々って呼んであげなよ! 今すぐに!」
「い、いいわよ、別に! タケから呼んでもらっても嬉しくないから!」
お、ちょ、その発言大丈夫か!?
赤くなって否定してるけど、タケはバカだからまっすぐに受け止めるよ!?
「あ!? なにそれ! この天才で嫌ならじゃあ誰なら嬉しいんだこのバカ辻井!」
あー、ほらー、もー!
ほんとは呼んでもらったら嬉しいくせに意地張るからー!
こうやっていっつも喧嘩すんだからこの二人はもー。
「べ、別に誰ならとかっていうんじゃなくて……」
「いよっ、さすが二股あいたぁ!」
「だから二股じゃないって……二ヶ月も引きずるかこの鈍感バカ!」
今不穏な言葉が聞こえたけど……くっつくまでに紆余曲折、一体何があったんだ。
「ほんとに気にしてたら口にしないって……まったく、辻井は冗談が通じないなぁ」
「冗談は選びなさいよ、バカタケ」
……おや。
前ならここで私が口出ししなきゃ収まらなかったのに……。
ちょっと寂しい反面、本当に二人は付き合ってるのだなと感じる。
うーん、子どもを送り出す親の気持ちってこんな感じかなぁ。
「ま、呼び方は追々ってことで……」
結局お前が恥ずかしいだけか! バカタケ!
テレテレと顔を伏せてるんじゃないよ!
「そんなことより」
「そんなことか!?」
「松ちゃん! 遊園地行こうか!」
はぁ?
呼び捨てイベントをそんなこと呼ばわりのうえ、遊園地だとう?
「二人で行ってきなよ」
「いやいや、楽しむのが目的なんだから松ちゃんがいないと嫌だよ」
「そうね。松ちゃんにもタケの相手をしてもらわないと私が疲れる」
おい、お前ら。
私をなんだと思っているんだ。
「友達でしょ?」
「友達なんだから」
……まったく。
友達離れできない困った友人たちだ。
-secret stage-
松ちゃんは明日は打ち上げがあるから、と帰っていった。
「私たちはどうする?」
「呑みなおす!」
「呑みすぎないでよ。介抱するのは私なんだから」
タケは久々に松ちゃんといっぱい話したから嬉しそうだ。
私も嬉しかったけど、とりあえず安心したかな。
やっぱり誰かに話したいって気持ちもあったから。
タケと付き合っていることを知っている人は他にいない。
二人だけで完結する世界じゃなくて、誰かが知ってくれているから二人だけの事実じゃなくちゃんと付き合ってるって実感できた気がする。
「辻井は呑まないの?」
「私は別に」
「なーんだ」
なんだってなによ。
「辻井は酔っ払うと素直で可愛いんだけどなぁ」
「なっ」
その言葉そっくりそのままタケに返すわ!
お互いに意地っ張りだからなかなか素直にいかず、本当にゆっくりと進んでいる私たち。
タケは、こんな私に嫌気が差しているんだろうか。
「……ねぇ、タケ」
タケは振り向くと、きょとんと顔を傾けた。
たとえば、こういうとき。
無性に抱きしめたいとか、キスしたいとか、そういう衝動には駆られないんだろうか。
「辻井?」
なんでもない、と言おうとして止まる。
付き合った後も何も変わらないタケ。
私はタケに何を求めてるんだろう。
何も言えずに困った顔をするしかなくて……。
「辻井、ハグしていい?」
……は?
「ちょっと違うかも。うん、その、だね」
タケは赤いまま少しだけ苦い顔をすると、顔を伏せた。
「キス、していい?」
さすがのタケも恥ずかしかったようで、耳まで赤い。
別にキスをするのが初めてというわけでもない。
ただ改めてすることは、初めてかもしれない。
そっか、私とタケは自然すぎたんだ。
だからどうしていいかわからなくて。
変化に戸惑って。
恋人らしく触れることに迷って。
友達の延長のように軽いキスしかしたことないし、意味もなく触ったりもしなかった。
「い、嫌なら、しない」
「別に嫌じゃないけど」
どうして、突然?
「したくもない、っていうならゲームだと思ってくれたらいい。うん、RPGGだ」
タケは早口に捲くし立てる。
「簡単な、ノベルゲーム」
ノベルゲーム?
って、あの恋愛とか推理とかのゲームに使われるやつ?
「選択肢を選ぶだけの簡単なお仕事です」
タケは少し離れて、いつか見たようなへにゃりとした困った笑顔を見せた。
「ここに、一セットの指輪があります」
バカ、うそつき。
さっき松ちゃんに指輪が無いとかほざいていたくせに。
「プランは任せるし、必要なら私が考える」
バカなくせに。
そんなのまともに考えられないくせに。
「私と結婚していいなと思ってるなら、指輪を受け取ってキスしてください」
選択肢って言ってるくせに。一つしか提案しないなんて選びようが無いじゃない。
「もしダメなら……」
もう一つの選択肢がなかなか言い出せないのは、本当にそうされることが怖いからでしょ?
その気持ち、わかるもの。
だってその恐怖感は私が常に持ち歩いてきたものだ。
私を見て。
嫌なら突き放して。
でも突き放されるのは怖い。
やっとタケが私と同じラインに並んでくれたのだと思うとすごく嬉しい。
さっきまでの不安も吹き飛んで、涙が出そうになる。
けど、まだ泣いてはいけない。
選択肢を選んであげないと、このRPGGはきっと成立しない。
失敗になんてさせない。
「タケ」
名前を呼んで、少しだけ後悔する。
さっき意地を張らずに私も名前で呼んでもらえたら嬉しいってちゃんと伝えればよかった。
指輪を持つ手を上から包んで、驚くタケの顔に口を寄せる。
「一緒に暮らす手立ては、私が講じるって言ったでしょう」
後から聞いた話だけど、タケは私の“困ったようなでも嬉しいような顔”に滅法弱いらしい。
そんな私がすごく綺麗に見えるんだとか。
ゆっくり、今までの想いを押し付けるように唇の柔らかさを堪能する。
あぁ、恋をしてきてよかったな、なんて。
タケと暮らす毎日は、これまでと同じようにウンザリするような面倒くささと不器用な優しさにあふれているんだろう。
私はきっと今までのようにゆっくり、そしてもっとタケを好きになるんだろうな。
想像する未来に期待と不安を込めて私は精一杯今のタケに愛情をぶつけた。
good end.




