第1話 今日はたぶん勇者
ゲーム脳、というのをご存じだろうか。
ゲームの一定した操作が脳に与える悪影響、というのをとある大学教授が見つけ出したのである。
これには賛否両論あるが、とりあえず私は研究者として無視することはできなかった。
なぜなら私はゲーマーだから。
まぁ研究者といってもしがない大学の院生。
就職先はB大学の心理学科、と決まっている。
つまり未来の研究者だ。
そんな私には気になったことは全て追求しなければならない義務がある。
「ちょっと、タケ。何の用よ」
これは同じ大学同じ心理学科同じ研究室同じ院生の辻井佐々。
頭が良いらしいが私ほどではあるまい。
なぜなら私は天才だから。
「なんかすっごい失礼なこと考えてない?」
「いいえ」
首を横に振ると、辻井は「そう」と鼻を鳴らした。
まったくいつ会っても上から目線で嫌な女である。
「それで、何の用なの?」
くだらない用なら社会的に抹殺するわよ、なんて物騒なこと言いやがる。
ふーんだ、同じ権力しか持ってないくせに!
まぁいい、こんなヤツでも実験の役には立つ。
私は一枚の紙をぺらりと差し出した。
「……読めばいいわけ?」
そうそう。
かなり胡散臭そうに読んでるのは目を瞑ってやるから早く読んでよね。
「えーっと?」
ちらっとテーマを読んだだけで終わりやがった。
全部読めよ!私の全力で書き上げた実験書を無視するなぁ!
『実験テーマ:真のゲーム脳<RPGG>の実証』
そう、ゲーム脳ってのはもっとゲームに入り込んだ人間の持つ脳のことじゃないか、と私は考えたわけだ。
けどまぁ同じゲーム脳というのはナンセンスでしょ?
じゃあ新しい名前をつけまして。
そしてそれを実践して人は人として成り立つのか!という崇高なる実験。
「くだらないわね」
おぉーい!?
さっそく否定かぁ!
しかも真顔で言うなんて余計傷つくじゃんか!
「あのね、仮にももう20代の大人でしょう? それがこんな……RPG脳? バカなの?」
そんな真面目に諭さないでください……。
っていうかちゃんといろいろ考えてのことだよ!
ちゃんと実験企画書見てよ実験企画書!
バンバンと実験書を叩いてみせると、また溜息をついて目を通し始めた。
「えーっと、今日は何? 勇者の実験?」
そう、その通り。
RPGといえば勇者。主人公だ。
これは欠かせないね。
「っていうか口で説明しなさいよ、面倒くさい」
あ、それはできないです。
私はペラペラと実験書をめくって見せると、辻井にあるページを見せた。
「……主人公は、『はい』か『いいえ』しか喋れない」
なぜ頭を痛そうにするのか。
これは基本だ。
有名なフェイシャルファンタジー(略してFF)はともかく、人店堂のRPGといえば主人公は喋らない。
主人公が口に出すのは「はい」か「いいえ」のみ。
「そういえば今日はここにきてから「いいえ」しか言われてないわね」
それしか喋ってないからね。
そもそも自分の部屋に呼んでおいて「いらっしゃい!」も言わずに迎え入れるのは大変勇気がいったけど、まぁそこはそれ。
さすが辻井、持ち前の横暴さでズカズカと入り込んできてくれた。
「それで? 私はどうしたらいいのよ」
こんなもの見せられてもね、とベシベシ実験書を適当に扱われる。
ぬぅ、それは私の汗と涙とチョコボールの結晶だ! ゾンザイに扱うでない!
「だからどうしたらいいっての?」
「……」
だから「はい」か「いいえ」しか答えられないっつってんだろが!
「あーもう、面倒くさい。わかったわよ、実験書全部読めばいいんでしょ!?」
そうそう。
じっくり読みたまえ。
その間にコーヒーでも入れてやろう。
コーヒー苦手で味見できないから味の保障はしないけどな!
……黙読中。
「……まぁ、なんというか」
パタンという音がして実験書が閉じられた。
「あなたバカでしょう」
失礼な。
「要は私はあなたの実験を見てればいいのね。……見下しながら」
見下すは余計だバカ者。
けどまぁわかったならいいよ。
「まったく、珍しく人を家に呼びこんだかと思ったらこんな用なんて……」
私にとっては大事な用だ!
こんな、とか言うな! がるるるる!
「おまけに出されたコーヒーはまずいし……。これ味見したの?」
「いいえ」
「あー、普段からムカつく返事するけど今日は余計ムカつくわ」
なんだ、ちゃんと返事してやったのに。
こっちだって「はい」と「いいえ」しか言えないし割と辛いんだよ。
「大体<RPGG>の元の名前だってダサいし」
リアルプレイングゲームゲームだ! なんか文句あっか!
「もともとある言葉をちょっと変更してちょっと足しただけじゃない。っていうかゲームゲームって何よ。もうちょっとマシなヤツなかったの?」
「いいえ」
「だからたまに返事されるとどうしようもなくムカつくのよ」
なんだもうワガママだなー。
じゃあどうしろっていうんだよー。
疑問詞で聞かれたら「はい」か「いいえ」で答えられるし喋りたいんだよー。
「この実験ってどうなったら失敗なの? 成功例しか書かれてないんだけど」
成功例の逆なら失敗なんじゃない?
えーっと、どう伝えたらいいんだろう、喋ったらRPGGじゃなくなっちゃうし。
「ジェスチャーもダメ?」
「はい」
「あ、そう」
辻井は、少し考え込むと「そうね」と言いながらニヤリと笑って見せた。
「あなたが普通に喋っちゃったら失敗、かしら」
あぁ、それいいね。
RPGGが成立しなくなるのは私が主人公としての資格を失った時と言っても過言ではない。
ならば意地でも喋らないさ!
「じゃ、さっそくだけど」
なんだ。
「今日泊っていくわよ。こんなくだらない用事で呼び出されたんだもの。最低限、宿としてでももてなしてもらわなきゃただの損だわ」
げ。
何勝手なこと決めてんの。
ここは私の部屋だ! 出てけー!
しかしジェスチャーは出来ない。
どうしたものか。
そうだ! 主人公でも出来ることはある!
私は辻井の体をぐいぐいと押し始めた。
「何するのよ。理由を答えてくれる?」
ふっ、そうくることはわかっていた!
喋ったりしないさ!
私は実験書のあるページを見せつける。
主人公はAボタンで障害物を押すことができる!
多くのゲームでよく適用される設定だ!
これで文句はあるまい!
「あー……突っ込みたいことはいっぱいあるけど……。まずAボタンって何よ」
それはまぁ、心のコントローラーだよ。
いうなれば私は『私』というプレイヤーに操られる主人公。
まるでスタンドのようにイメージできる。
きっと今の『私』というプレイヤーはガシガシとAボタンを連打しているに違いない。
「……じゃあ、私は条件がないと動かない障害物、と言い張るわ」
んげげ。
そうきたか!
こいつ、意外とゲームをやりこんでいるな……!
ならば条件を提示してもらおうか! フラグくらいいくらでも立ててやる!
私はしっかりと辻井の目を見据えた。
「条件は、そうね。私がここに居ちゃ困る理由を答えてもらいましょうか」
この鬼畜!
普通に喋ればその時点で実験失敗だ!
くそう、かといえどジェスチャーも私の中では十分アウト規定だ!
実験書は役に立たないし……。
「さてと、相変わらず狭いベッドよね。買い替えないの?」
「いいえ」
くっ、人の寝室を値踏みしてるし……!
はっ、そうだ!
こういうときは王の書状みたいな物があればどいてくれる可能性がある!
持ち物を見せるのは主人公のセオリーだ!
よし、そうと決まれば教授に電話……無理だー!
電話の時点で喋っちゃうじゃんか!
何考えてんの私!
そうだ、相手の嫌いなものとかを提示しよう!
逃げ帰るかもしれない。
「相変わらずゲームだらけ……。RPGにシミュレーション、アクションにパズルに音ゲー……。どこにそんな時間があるのよ」
聞かないでよー。
気付けばそんな量になってたんだもん。
「うわ、恋愛シミュレーションまで……私、あれあんまり好きじゃないのよねー。いまいちあり得ないっていうか……」
よし! 嫌いなものキター!
私はポスリと辻井の手に恋愛シミュレーションゲームを押しつけた。
「……なによ」
まだまだぐいぐいと押しつける。
辻井は若干嫌そうな顔をしている!
これで勝つる!
「たぶん私が嫌いなものを押しつけてるつもりでしょうけど……。それ、押しつけられてもやらなきゃ済む話でしょう」
……それは、まぁ、確かに。
「そんなに私に泊ってほしくないわけ?」
「はい」
即答で答えてやると、辻井はわざとらしく溜息を吐いた。
「なによ。前に研究室のみんなで押し掛けた時は全員泊めてくれたじゃない」
そりゃ教授もいるのに帰れとも言えないでしょうが。
目線で訴えると、ふいと目を逸らされた。
「……私だけだから、ダメってこと?」
だって辻井っていつも私のこといじめるし。
高校が同じってのは知ってるけどそのころはクラスも別で喋りもしなかったのに……。
同じ大学でたまたま同じ学科ってだけで喋るようになったらチクチク嫌みばっか言うんだもん。
やれここが違う、やれしっかりしろ。
そりゃ嫌にだってなるさ。
なのにおんなじ研究室だし。
「なんなのよその目は」
べーつーにー。
なんだよぅ、大体私の部屋に泊まったって辻井だって楽しくないでしょうが。
すぐ近くの寮なんだから帰ればいいのに。
もっと近いところに先輩の院生の家もあるし、そこ行けばいいのに。
その方がきっと辻井だって楽しいに決まってる。
「……そんなに、私のことが嫌い?」
いや、別に嫌いっていうか苦手っていうか……。
特にそういうわけじゃ……。
なんだよう、そんな目で見るなよう。
なんで見たこともないような涙目してるんだよ。
ま、まだ何も言ってないじゃんか。
「私は……」
また目を逸らすと、今度は唇を噛んだ。
そんな顔見たことない。
私に拒否されたって別に痛くも痒くもないんじゃないの?
なんでそんな顔すんの?
あぁ嫌だ、自分も困ってきた。
「私はっ」
ガバっと顔をあげると、詰め寄ってきた。
わ、わ、顔近い!
小綺麗な顔してんのは知ってるから詰め寄るなよ~!
「私は、あなたのことが、……好きなのに」
え。
えぇええええええ。
い、いや、ちょっと待って。
「私じゃ、嫌?」
「そ、そんなのっ、急に言われても……っ」
うわぁ、顔が赤くなる。
今の好きってどういう好き!?
これは絶対そういう好きだよね!?
お、女の子だしっ、いやいやでもでも、よく見れば凄い可愛い……違う違う!
流されるな! ここは冷静に……。
あぁぁ、ドキドキしてるっ、ドキドキしてる~!
「す、好きとかっ。あの、辻井のことは嫌いじゃないけどそういうのは、まだわかんないっつーか」
なんとか伝えようとしたけどやっぱりどもった。
い、いや、そもそも断れよ私!
なんで保留みたいな言い方してんの!?
そうじゃなくてっ!
うわわ、さらに近寄るな!
思わず目をぎゅっと瞑って抗議した。
「つ、辻井っ」
頬と頬が擦れる感触がして何も言えなくなる。
なんだよ今までそんな素振り全然見せなかったくせに……!
色っぽい部分なんて一切感じたことなかったのに!
耳元から感じる微かな息遣いが堪らなく恥ずかしい。
早く離れ——。
「実験終了」
んあ?
「やっぱりバカよね。簡単に引っ掛かるんだから」
実験……。
あ、あぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!
「だ、だましたな!」
「そうよ。こんな面倒くさい話さっさと終わらせたかったもの」
近づけていた顔を離すと、辻井はニヤリと笑った。
「『す、好きとかっ。あの、辻井のことは嫌いじゃ……』」
「わー! わー!」
恥ずかしいセリフを言いだした辻井の口を急いで止める。
しまった、喋ってしまった。
実験の終了は「私が喋ること」。
最初っからこいつの狙いはこれだったのか……!
「んぐぐっ、ぷはっ」
「あぁあ、必死で考えたレポートだったのにぃいい」
「結局無駄だったわね」
無駄とか言うなぁ!
「もうお前なんか大嫌いだー!」
「私だって、嘘でもあなたが好きだなんて心苦しかったわ」
「ぐぎぎぎ……」
一瞬でも可愛いとか綺麗とか思った自分を殴りたい……!
「じゃ、私は帰るわね」
「さっさと帰れー!」
辻井はひょいと持ってきていた軽い荷物を持ち上げると、すたこらと部屋を出て行った。
-secret stage-
カチャリとドアが閉まる。
追いかけては来ないみたい。
「……なによ」
人の気も知らないで。
私だってだましたかったわけじゃない。
もし……もしも返事がyesだったなら、あんな可愛くない返事しなかったもの。
私だけに用事があるって言ったから、二つ返事で来てやったのに。
「嫌いじゃないけど、わかんない……か」
嫌いじゃない。
好きでもない。
それって恋愛になるの?
未来はある?
詰め寄ったら一歩引かれた。
顔を近づけたら、思いっきり目を瞑られた。
これでショックにならない女の子がいるなら私が知りたい。




