第12話:引きこもり作戦本部と、夜間限定の密輸作戦
「作戦、ですか……? しかし栞奈様、この聖域から出ずに、どうやって遥か遠くの国境砦にいる瑞希様を救い出すというのですか」
スウェットの袖を少し捲り上げながら、レイさんが真剣な顔で身を乗り出してきた。
そりゃそうだよね。常識的に考えれば、十畳の部屋に閉じこもった女子高生が、一国の軍隊に囲まれたお姫様を救い出すなんて不可能だ。
「力ずくで正面突破しようとするから無理があるの。要は、瑞希の周りにいる騎士たちの目を盗んで、彼女の身の回りの安全を確保して、こっちに逃げてくるルートを作ればいいんでしょ?」
私は不敵に微笑み、スマホの画面をレイさんに見せた。
ネットスーパーのアプリ。その検索窓に、私はある『現代日本の文明利器』の名前を打ち込む。
「レイさん、これなーんだ?」
「……黒くて、平べったい、羽の生えた鉄の虫……ですか?」
「これは『ドローン』。遠隔操作で空を飛んで、カメラで遠くの景色を撮影できるおもちゃ。……あ、おもちゃって言っても結構高いな。カメラ付きの初心者用で4,980円か」
フリマアプリの売上金が3,500円。電子マネーの残高が840円。……うん、絶妙に足りない。予算オーバーだ。
でも、諦めるのはまだ早い。私には、強力な『仕入れ担当』がいるのだ。
「ハク! 緊急の夜勤をお願いしてもいい?」
窓を少し開けて外のハクに声をかけると、琥珀色の瞳が夜闇の中でピカリと光った。
『ワフ。(肉のためなら、いつでも動く)』
「ありがとう! じゃあ、さっきの青い多孔質の石、あと二個くらい大急ぎで拾ってきて!」
ハクは弾かれたように夜の森へと疾走していった。
さすが神獣、夜間のシフト変更にも柔軟に対応してくれる。
待つことわずか十分。ハクが口に咥えて持ち帰ってきた二つの青い石を、私は即座にスマホで撮影し、フリマアプリに『本日限定・タイムセール』として出品した。アクアリウム愛好家たちの夜のネットサーフィン時間を狙ったこの戦略は見事に的中し、わずか数分で二個とも完売。
「よし、軍資金チャージ完了! ドローン、ポチります!」
数分後、インターホンの音と共にマイルームのドアの隙間に届いたのは、手のひらサイズの高性能ドローンだった。
「レイさん、これに『ポカリスエット』のミニボトルと『カロリーメイト』、それからこのメモを括り付けて。ハクが国境の砦までこれを運ぶの」
私がノートの切れ端に書いたのは、シンプルな日本語だ。
『瑞希へ。橘です。私は生きてるし、ハク(銀の狼)の結界の中に安全な部屋を作って引きこもってます。レイナード団長も一緒。このドローンは、ハクが近くまで運んで飛ばした遠隔操作の乗り物です。ハクが迎えに行くから、明日の夜、隙を見て砦の裏口から逃げ出して。これ食べて元気出してね』
「な、なるほど……! この鉄の虫に物資と手紙を乗せ、ハクが砦の近くの隠密ポイントまで運ぶ。そこからこの虫を飛ばして、瑞希様の部屋の窓から滑り込ませるというわけですか!」
レイさんがポンと手を叩いた。
「そういうこと。これなら、見張りの騎士たちに気づかれずに、瑞希だけにピンポイントで物資と連絡を届けられるでしょ?」
まずは徹底的なメンタルケアと現状報告。
「一人じゃない」と知るだけで、人間の生存確率は跳ね上がる。学校のグループワークの時だって、孤立したメンバーにはまず個別にメッセージを送って安心させるのが私の鉄則だった。
「ハク、行ける? 砦の周りは人間の兵士がいっぱいいるから、絶対に見つからないように近づいてね」
『ワフ。(影に潜むのは得意だ。主、戻ったら美味い肉を頼む)』
ハクはドローンと物資を器用に背中の毛並みの中に隠すと、音もなく夜の森へと溶け込んでいった。
「さて、レイさん。ハクが戻るまで、私たちは次の段階の準備だよ」
私はベッドの上にノートを広げ、ボールペンをカチリと鳴らした。
「瑞希が逃げ出したら、あのクソ王子は絶対に追手を差し向ける。ハクの足なら振り切れるだろうけど、問題は『ここに辿り着いた後』。私のマイルームの周囲を、王国の軍隊に包囲されたら面倒なことになる」
「確かに……。私の『城』があるベランダまでは結界の内側ですが、大軍で囲まれ、兵糧攻めにされれば、精神的な圧迫感は計り知れません」
「だから、包囲させない。部屋から一歩も出ずに、あの国の軍隊の『足留め』をする罠を仕掛けるの」
私はネットスーパーの画面をスクロールしながら、悪魔的な笑顔を浮かべた。
そこには、大容量パックの『超激辛カプサイシンパウダー』や、パーティー用の『超強力クラッカー』、果ては園芸用の『激臭害獣忌避剤』といった、現代日本の「一般家庭用(?)兵器」がずらりと並んでいた。
異世界の常識に凝り固まった騎士たちを、日本のバラエティ番組と日用品の技術で迎撃してあげる。
理不尽に全てを奪われたこの最凶の森。
一人で静かに小説を読むはずだった私の部屋は、逃げ出す聖女を迎え入れ、一国の軍隊をハメ殺すための、最凶の「防衛要塞」へとアップデートされようとしていた。




