6話。ステータスオープン乱れうち!(遠距離かく乱攻撃)
俺たちは市場に向かった。
サフィが食べ物の匂いがする方へ顔を向けるから、俺が案内する必要はあまりなかった。
人通りの隙間から、通りの左右に露天商が何軒か並んでいるのが見える。
簡素な台や、地面に敷かれたござの上に、野菜や果物や生魚が並んでいる。1軒1軒が取り扱っている商品は1種類か、せいぜい片手で数えられる程度。
「ほらほら、元気な鶏だよ。買っていかないかい? 焼いて食うのがおすすめだよ!」
「お目が高いお兄さん、どうだい、レタスだよ。見てよ、この色艶。そこらじゃ手に入らないよ! うちでしか売ってないよ!」
「イチジクだよ! 新鮮なイチジクを入荷したよ! 次はいつになるか分からない。買い逃す手はないよ!」
「今朝獲れたばかりのうなぎだよ! どうだい、そこの奥さん! このぬめりは新鮮さの証拠だよ!(※)」
※:うなぎは水揚げしたあとでも長生きするから、保存や輸送の技術が発達していない時代に人気の魚介類だった。
露天商たちが雑踏に負けじと大声を張り上げて客を呼びこんでいる。
市場は文化祭のように混んでいて、数十人はいる。もしかしたら100を越えるかもしれない。そして、これが市場の一部に過ぎないのだから驚きだ。
犯罪抑止のために目を光らせている街役人はごく少数だからこれを除けば、通りには大きく3種類の人間がいる。
先ず、露天商。食材を売っている。靴や古着を売っている人もいる。靴修理や靴磨きの人もいる。靴関連は食品市場以外にもいっぱいいる。
2つめのグループは買い物客。朝なので、これから仕事に行く人が朝食を買って食べる。徹夜(夜職)や、ひと仕事を終えた人(汚物回収など)もいる。主婦はまだ少ない。
3つめのグループこそ、俺が探し求めている相手。そしてそれは客の間を縫って歩き回っていて、露天商よりも数が多い。
今まさに、そのグループに属する、前歯の欠けた少年が笑顔を見せながら近寄ってくる。
「(水から)揚げたての(油で)揚げたての川魚だよ。美人を連れた貴族のお兄さん(※)! どう? 1つ、銅貨1枚(100円くらい)でいいよ!」
※:上質な服装から俺の身分を推測したのか、単に客をヨイショしているのかは分からない。
少年は両手に横長の板を持ち、その上に、魚のフライが6個、並んでいる。
彼らは、呼び売り商人だ。店を持つ商人ではなく、自分の足で商品を売り歩く。人通りの多い所や、酒場や宿に行きその客へ売る。朝のこの時間帯だと、歩きながら手軽に食べられるものがよく売れることだろう。
彼らは自分で獲った魚を売ったり、市場で買った魚を焼いたり揚げたりして売る。もしくは隣町や別の市場など離れた場所で買ってきたものを売る。
店舗を構えるほどの資金がなくとも、果実の1個でもあれば始められる手軽な商売だ。だからこそ呼び売り商人は多い。最初に銅貨1枚の稼ぎを得たら、それで新たな商品を購入して、何らかの付加価値をつけて売る。これの繰り返しだ。
一瞬、転売ヤー死ねという感情が芽生えてステータスをオープンしかけるが、落ち着け、俺。
彼らは転売ヤーに近い業態だが、人気商品を買い占めるわけではないし、彼らが流通や調理も兼務して自分の手で付加価値を足して売り歩くので、立派な仕事といえる。
まあ、小ずるいやつは別の店で買ったものをそのまま値段を上げて売ったり、レモン水やワインを水で薄めたり、パン生地やパイ生地に粗悪品を混ぜたりするが……。
「魚のフライか。魚の気分だったしちょうどいいな。……よし。ティーンときた。シャルロットとサフィは魚のフライは食べれる?」
「ああ。旅を始めた頃は食べられないものも多かったが、今はそれも減った」
「食べたことみゃいけど、美味しそうな匂いがするみゃ……。ぐー……」
「問題なさそうだな」
俺はポケットに手を突っこみ、硬い宝石に触れて、現金を持っていないこことを思いだす。
「あー。シャルロット。……あとでお金を払うから今は支払ってくれないか?」
「問題ない。わ、私たちは家族だからな。財産は共有しよう。財産管理は、よ、嫁の私に任せてくれ」
周囲の人が多く、シャルロットの言葉は途中からほとんど聞こえなかった。
「アーサーも1つか? 2つか? 買うのは3つでいいのか?」
「ん? ごめん。聞き取れなかった」
俺がシャルロットの耳に顔を近づけると、彼女の頬が少し赤くなる。
「3つでいいのかと聞いたんだ」
「あ。いや、考えがある。6個とも買ってくれ」
「わ、分かった。全部だな。少年。全部いただこう」
「ありがとう、お姉さん! 6個で6ドメールね!」
「まとめて買うんだ。デミアルジェロ(銅貨5枚相当の銀貨。500円相当)でどうだ?」
「えー。ま、お姉さん美人だから、いいよ! へへっ。毎度あり!」
2個ずつ持とうかと思っていたら、シャルロットが受け取り、魚のフライは消えてしまった。
俺は立ち位置的によく見えなかったが――。
「その革袋は、アイテム収納アイテムなのか?」
「ああ。旅の道具をひととおり入れてある」
凄いな。一応貴族の俺でも見たことのない貴重品だぞ。小さな屋敷より高額らしい。
やはりシャルロットは、大貴族の令嬢なのだろうか。それとも、騎士団でたくさん稼いでいたのだろうか。
「あの少年の様子なら、3ドメール(銅貨3枚相当)くらいまで値切れたかもしれないな……」
庶民臭いことまで言いだした。
かと思えば――。
「しかし、生まれて初めて見たであろう、女神のように美しい女性が値下げ交渉をしたら幻滅させてしまうな」
自信たっぷりだ。まあ、分かるけどな。すれ違う人もチラチラ見てきてウザいし。
俺の視線に気づいたシャルロットは、小首をかしげる。
「食べながら歩くつもりだったか? それなら出すが」
「いや、ちょうどいい。他にも買いたい物があるんだ」
「ああ。遠慮なく言ってくれ」
「探すからついてきてくれ」
俺は人混みの中を歩き、目的のものを探す。
「うーん。人が多すぎて分からないな。あ、そうだ。サフィ。肩車するから、俺が今から言う物を高い位置から探してくれ」
「分かったみゃ」
「おっと。このまま肩車すると、のる瞬間に前の奴らからスカートの中を覗かれるかもしれないな。ステータスオープン乱れうちッ!」
通行中の男どもが目を押さえて悶える。
「ぎゃああああああああっ! 目がっ! 目がああああっ!」
「目が! めがあ~~~~っ!」
「アーサー! 何をしているんだ!」
「仕方ないだろ。ほら。サフィ。今だ!」
「みゃ」
俺はサフィを肩車する。そして、サフィがパンツを穿いていないことを思いだす。軽く緊張するが、すぐに思考から追いだす。首筋に感じる感触について感想を抱いたら俺は変態ロリコン野郎になってしまう。無だ。心を無にしろ……。
「まずは、丸パン。できれば片手でちょうど持てるくらいのやつ」
「奥様のおっぱいくらいの大きさみゃ?」
「ああ!」
「こら! 何に例えているんだ!」
ありがとう!
さっき商人で上書きされた「こら」の思い出を、新たに美少女の「こら!」で上書きし直してくれて、ありがとう!
「パンの他には、トゥメイト、レタス、チーズ」
「みゃ~。あっちからチーズの匂いがするみゃ!」
サフィにこれから作る料理の材料を探してもらいながら、市場を歩く。
「アーサー。済んだことは言うまい。だが、それはそうと、なんでお前はステータスウインドウを遠距離に飛ばせるんだ。しかも、いくつも」
「え? シャルロットはできないのか?」
「試したことすらない。昨日も言ったが、ステータスは人に見せるものではないだろ」
「あー。そうか」
ふうむ。
俺のステータスウインドウの使い方は特殊か。
スマホやパソコンでウインドウを表示したりアプリを複数窓で開いたりしていた経験が影響しているのか?
雑談しながら市場をぶらつき、ひととおり揃ったのでサフィを下ろす。
その前に――。
「ステータスオープン、乱れうち!」
「目が! 目が~~っ」
「ぐわあああ! 目が~~っ」
「だから、やめろ! アーサー!」
「だって、しょうがないだろ」
俺はサフィを下ろす。
それからシャルロットと小声で話すために、顔を近づける。
秘密の話だから今まで以上に、距離を縮める。
「ど、どうした。お、おい。ち、近いぞ。ま、まま、まさか、こんな人が大勢いるところで、キ、キス、するのか……。し、知りあったばかりなのに……。で、でも、お前となら嫌じゃない……」
なんて言ったんだ?
周囲が『目がああっ!』と叫んでいるから、ほとんど聞こえない。
なあ、どうして瞼を閉じるんだ?
「お、男とは、初めてなんだ……。や、優しく、で、でも大胆にしてくれ……」
うっわ。耳、真っ赤だ。どうしたんだ?
まあ、いい。言いたいことを言おう。
俺は真っ赤な耳に口を近づけ、小声で言う。
「ステータスオープンする正当な理由がある。サフィはパンツを穿いていないんだ。前方にいる男どもの視界は奪っておかないと」
「と、吐息がみ、耳に……。は、はううう……」
「なあ、さっきからどうしたんだ? 聞こえたか?」
ステータスオープンの件でもう追及されないようだからいいが……。
「欲しい材料はあとひとつだけど……。さすがに、時代的にも文化的にもソースは売っていないよな……」
前世がWeb小説主人公系VTuberだった俺的に、異世界にトゥメイトは存在していてもいい。「トマトじゃない! そっくりな野菜がある世界だから!」で通せる。
だが、ソース(日本的な黒いソースのことではなく、フランス料理の肉や魚にかけるソースの方)は難しい。
ソース自体は王宮や貴族の屋敷で料理人が作っている。
だが、市場にソースが出回るには、ソース文化が庶民レベルまで浸透していて、瓶のような手軽な容器も大量生産できるようになっている必要がある。場合によっては冷蔵庫も必要になってくる。
そもそも、ソースをかける肉が庶民でも気軽に食べられる必要があるが、これは非常にハードルが高いだろう。
つまり、トマトは「ここは中世ヨーロッパじゃないから!」でごり押しできても、ソースはできない。保存技術の革新や、畜産の発達や、価値観や文化の変化などが必要とされる。市場を探し回っても手に入らないだろう。
専属の料理人を雇っているような金持ちのところに行けばあるかもしれないが……。




