56話。村人を巻きこんだ芝居は大成功。俺も大笑いだ
ジャロンさんは頬を押さえながらよろめく。
そして、俺を睨んだ後、右腕をゆっくりと頭上に掲げて、体の向きを変える。
村人がビクッとする。
ジャロンさんは村人を順にじっくりと見渡してから、前列の右端へ近づく。
「こっち来んな!」
右端の人が声を出すと、ジャロンさんはひとつ左の人へ移動する。
「あはははははっ!」
「あっち行け! あっち行け!」
村人が次々と笑ってジャロンさんを追い払う。
芸の流れを分かってくれたようだ。
ゴロツキ
↓
俺
↓
ジャロンさん
↓
???
順に殴られていったから、ジャロンさんが今度は誰かを殴りに行く流れだ。
ジャロンさんは前列中央付近の男の前に立つ。
痩せた男ではあるが、農作業で鍛えているのか、日焼けした二の腕は筋肉のラインがくっきりと浮かび上がっていて、なかなか強そうだ。
位置的に俺からはジャロンさんの表情は見えないが、おそらく「うっ、こいつは強そうだし、やめておくか。へへっ」と情けない愛想笑いをしているだろう。村人たちがクスクス笑ってる。
その近くの村人もなかなか腕が太い若者だ。
ジャロンさんは屈強な男をスルーして隣の村人の前に立つ。
その村人は、先の村人に比べると若いし、かなりひょろい。中学生くらいだろうか。
しかし、ジャロンさんはその村人の前に数秒ほど立ち止まったあと、横へ移動する。
村人たちが「ビビってんじゃねーぞ!」と笑う。
そしてジャロンさんは「かっけー!」連呼のガキんちょの前に来た。
ガキんちょたちは「やんのか!」「負けねーぞ!」とイキり散らかす。
なんとジャロンさんはそのガキんちょすら、スルーする。
村人たちは大爆笑だ。
俺はそんな様子を見ながらも、ゴロツキたちをちらっと警戒。さいわい、彼らも戸惑っているらしく、動かずに立っている。
ジャロンさんは、ついに、ようやく歩けるようになったばかりといった感じの幼女の前に立つ。
「うおおおおっ!」
ジャロンさんは気合いの雄叫びをあげ、右腕をぐるんぐるんと回す。
しかし、顔をあげて幼女の背後に視線を送り、ビクッとして動きを止める。
幼女の後ろには母親らしき、めちゃくちゃ恰幅のいいおばさんがいる。
一瞬、『なんで村人の中にオークが……』と錯覚しかけるほど、デカいおばさんだ。
腕組みをしていて、めちゃくちゃ怖い。
村人みんながジャロンさんとデカいおばさんを見つめる。
「うちのマリーに、その右手をどうしようっていうんだい?」
「え? えへへへ」
「娘に手を出すくらいなら、私にしな」
「え、えい」
ジャロンさんが背伸びをし、おそるおそるといった感じでおばさんの顔にそっと腕を伸ばして、拳を当てた。
ぺふっ……。
「オーク討ち取ったり!」
ジャロンさんが勝利宣言をし――。
バチーンッ!
おばさんはとんでもない威力の張り手をジャロンさんにぶちかました。
おばさんは空気を読んだのか、読めなかったのか、どっちだ。
「ぎゃああああああああああっ!」
ジャロンさんはその場でコマのようにぐるぐると回転する。
「誰がオークだい!」
「あはははははっ!」
「いいぞ、マリーさん! あんたが一番だっ!」
「マリーの腕っ節にかなうやつなんて、いねえぞ!」
「あはははははっ! 芸人のお兄さん頑張って~っ!」
「マ、リ、イッ! マ、リ、イッ!」
ガチで本日最大のダメージを喰らって頬を真っ赤にしたジャロンさんが涙目でおどけて、村民からさらに笑いを引きだした。
さすがプロの旅芸人。
彼は俺と違って、村人たちを観察していて、誰を巻きこめるか事前に調べていたに違いない。
でかいおばさんと幼女を見つけて、今回のオチを計画したのだろう。さすがだ。
そろそろだな。
俺はシャルロットの前にステータスウインドウを小さく表示して点滅させ、合図を送った。
シャルロットが前に出てくる。
突如現れた美少女に、いったい何が起きるんだと、期待の目が集まる。
シャルロットは、芸スペース中央に堂々と立つ。
そして、これまた上手いんだけど、いつのまにかジャロンさんも、中央に立っている。
村人の意識がシャルロットに向いている間に、彼はこっそりと次の芸がやりやすい位置に移動していた。さすがだ。勉強になる。
村人の注目が集まる中、シャルロットとジャロンさんが向きあう。
シャルロットは慈愛の女神のように微笑むと、首を曲げて頬を突きだす。
ジャロンさんが拳を振りあげ、シャルロットの前に1歩近づく。殴る流れだ。
「ふざけんな!」
「人でなしー!」
「ぶーっ! ぶーっ!」
「マーサはともかく、そんな美人は殴ったら駄目だろ!」
「やめろーっ!」
「さいってー!」
「誰だい、今、私なら殴ってもいいみたいなこと言ったのは」
「ぎゃああっ。おっかねええ!」
「ぎゃはははははっ!」
「ジャロン! ジャロン!」
村人が騒ぎだす。
ジャロンさんは拳を揺らして村人の期待を煽る。
ますます、村人は声を大きして叫ぶ。
シャルロットはすまし顔で頬を差しだしたまま待ち構えている。
ジャロンさんはプルプル震えながら拳をそっと下ろす。
ほっ……。
村民が安堵のため息をついた。
だが、間髪入れずにジャロンさんが拳を振りあげ、前のめりになってシャルロットに迫る。
「やめろーっ!」
「ぶーっ!」
「ふざけんな!」
「そんな綺麗な人を殴るなんて、信じられない!」
「殴るなら俺の母ちゃんにしてくれ!」
「ぎゃははははははっ!」
「あはははははっ!」
客も面白いことを言って、その知りあいらしき人が笑って、母ちゃんらしき人が子供を叩いて、ますます村人は盛りあがった。
ひとつの笑いが連鎖になって膨らんでいく。
そして、いよいよ、村民が結末を待ち、ジャロンさんを見つめる。
「ううううっ……」
ドカッ!
ジャロンさんは自分の顔を殴った。
「こんなの、あんまりだ~~~~っ」
ジャロンさんがおちゃらけて言うと、静まりかけていた笑いが、再びドッと大きくなる。
彼はふらふら~っと、おぼつかない足取りであっち行ったりこっち行ったりして、それからピタッと動きを止めると、体をピーンと真っ直ぐにしたまま倒れた。
笑い声と拍手の規模が更新された。
はあ。いいもん、見れた。
俺も異世界転生してからいちばん笑ったかもしんねえ。




