50話。俺はシャルとサフィにステールスフィアの効果を教える
ガキ達は水瓶を胸元まで抱きかかえて、元気な足取りで去っていく。お手伝いを終えたら村中を駆け回って人を集めてくれるだろう。
シャルロットとサフィはもともと水瓶を持った子供達を避けて進路を譲っていたのでぶつかることもない。
「むう……」
何も見えないところから、かわいらしいうめき声がした。
俺はステールスフィアを解除した。
可愛いお顔が見えて俺は幸せだが、シャルロットは何か納得いかないことがあったのか、どことなく不思議がっている顔だ。
「どうした、シャル?」
「こんなことを言うと、自意識過剰かと思われるだろうが……」
「うん?」
「今の子たちは誰も私に見向きもしなかった。あ、いや、普段から美しいと言われ慣れているから、それを言われないことに不満を感じたとか、そういうわけではなく……。彼らは本当に人間の男か? 私の美しさに目を奪われないとは」
「……!」
す、凄い自信だ!
あ、いや、王宮や、百合っぽい騎士団の第一団で褒められまくっていたら、そうなるんだろうけど!
「みゃあ。ミャルロットに振り向かない男の人を初めて見たみゃ。いままで、みんな振り返っていたみゃ」
「へへっ! 心配しなくても、シャルは綺麗だよ! 太陽がなんで温かいか知ってる? 美人のシャルを見て照れて火照っているからだよ」
「え、えへっ」
シャルロットは頬をわずかに赤らめた。
褒められ慣れているわりにはチョロいな。
照れ隠しなのか早口で言いだす。
「そ、それはそうとアーサー。一緒になって笑っていたが、お前の精神年齢は子供たちと同じなのか?」
「へへっ。まあな」
前世がデビュー6年目のVTuberだから、精神年齢に関しては、さっきのガキの中で1番ちっこいやつより若いくらいだろう。
「……まあ、私の美しさに気づかない無知なところはあるが、可愛かったな」
「まあな。クソガキって感じで可愛かった」
「私は、あれくらい元気な子がほしい……」
シャルロットの声がごにょごにょと小さくなっていくし、うつむきがちだ。
「え?」
「……な、なあ、私たちの子供は……何人くらい……」
よく見たらシャルの顔が真っ赤だ!
子供のいる幸せな暮らしではなく、子供をつくる行為を妄想したに違いない。
「俺の可愛いシャル。不死鳥の翼のように真っ赤だよ」
「もう、意地悪なアーサー。美の女神を水牢にとじこめた海神のように意地悪……」
か、可愛い反応ぅ~~っ!
俺たちは手を握りあい、見つめあう。
重なった視線から星が生まれるかのように、シャルロットの美貌が輝いている。
手からぬくもりが伝わってくる……。
「俺の女神。優しい声で愛をささやいておくれ」
「私の大事な貴方。その腕で、私が悪い男神に連れ去られないように抱きしめて」
「ブヒブヒッ!」
メルディが鼻を鳴らして、馬面を俺とシャルロットの間に入れてきた。
「お。おう。脱線するところだったな。いや、お前、まじでいいタイミングで介入してくれるな」
「ブヒヒヒヒ」
「え? 俺とシャルロットに赤ちゃんができちゃったら、サフィが『自分は用済みみゃ……』と寂しがるかもしれない? メルディ、お前、めちゃくちゃ配慮できるな……」
俺はサフィに振り向き、少しだけ腰を落とす。
「サフィ。大丈夫だよ。俺とシャルの間に赤ちゃんができたとしても、俺たちの間にある奴隷契約が解除されたとしても、何が起ころうが、サフィは俺の大事な妹分だ」
「みゃあ……。ずっと一緒がいいから、奴隷がいいみゃ」
「うーん。奴隷は、駄目なんだよ。サフィがもう少し大人になったら、なんでか分かると思う。だから今は兄妹みたいな関係でいよう」
「みゃあ」
俺はサフィの頭を撫でてあげた。
サフィは嬉しそうに目を細めて喉をゴロゴロと鳴らし、尻尾をフリフリした。
可愛いなあ。
「それはそうと、シャル。サフィ。新しい技を編みだしたんだ。見てくれ」
「ん?」
「みゃ?」
「技の存在を知らなかったらふたりが困るかも知れないからな。教えておくよ」
俺は少し立ち位置を変更して、ジャロンさんに「ちょっとさがってください」と手で示して、少し移動させた。
「いくぞ。ステールスフィア!」
俺はステータスウインドウでジャロンさんの姿を消した。
「あっ! ジャロンさんが消えた! 一瞬で消えた!」
シャルロットが目を見開いて驚く。
一方、サフィはぱちくりと瞬きをするものの、意外と平然としている。
「みゃあ? ミャロンがぼんやりしてるみゃ」
ジャロンさんが首をかしげると、サフィも同じように首をかしげた。
「おやおや。本当ですか~?」
ジャロンさんが気を利かせてくれて、腕を振ったり、スキップしたりする。彼は先ほど既にシャルロットとサフィが消えるのを見ているから、驚かない。
サフィは少しだけ不思議そうにしたが、すぐにジャロンさんを真似した。
見えているっぽい。
「獣人には見えるのかな? 猫タイプだから?」
「ん? どういうことだ。私にはジャロンさんの姿が見えないが、サフィには見えているのか?」
「みゃあ。においもするみゃ」
「目の作りが違うのかな。サフィには見えているっぽいけど、まあ、とにかく、これがステータスウインドウの新たな使い方だ。人間には見えないはずだ」
「ステータスウインドウ? え? お前は何を言っているんだ。どこにステータスウインドウが出ているんだ?」
俺はステールスフィアを解除した。
ジャロンさんが現れた。
「俺の方からは何も違いはありませんでしたよ。おふたりのお美しい姿が見えていましたよ。おっと、いけない」
ジャロンさんはさっと頭を両手で覆って、俺をちらっと見てくる。
「お前は俺をなんだと思っているんだ」
「シャルロットさんやサフィさんを見ただけで嫉妬する、悲しきモンスター」
「……悲しきモンスターか。ふふっ。そうかもしれないな。誰だって心の中にモンスターを抱えているのさ……」
「ブフッ!」
メルディが噴いたから、俺はやつの顔を見る。
やつはにたっと笑ったあと、さっと顔を背けた。
「……ブヒヒッ」
こいつぅ……!




