48話。親にボコられて泣きわめくクソガキ、ざまあ! 俺はシャルといちゃつく!
俺は村長をにらみつける。眉間が痛くなるくらい力をこめて、圧をかける。
「元王国騎士団第一団長シャルロット・リュミエール様の名前を知らないとは言わせないぞ。おあん? ああ~ん?」
背後からぼそっと「お前は知らなかったくせに……」とシャルロットが言った。
村長は俺の圧に屈したのか、視線を斜め下に逃がす。
「そ、そんな……」
「こんなところに王族がいるはずがないと思うか? ああん? 牛頭巨人がニュールンベージュを襲撃し、そこに居合わせた元王国騎士団第一団長のシャルロット様が撃退した話、村長なら聞いているよな? おおん? ニュールンベージュから被害を確認する早馬がお前の所に来たよな? えぁおぅ?」
村長は俺に視線を戻すと一気に顔を青ざめさせた。
そして、すぐに顔をそらす。
「そ、それは、とんでもないことを! おい! ジャイラン!」
ドガッ!
村長は振り返り、その勢いのままガキを殴りつけた。
「ぎゃあっ! なにすんだよ、父ちゃん!」
「だ、黙れ! このクソガキ、なんてことを!」
村長は左手で息子の襟をつかみ、右の拳を何度も振り下ろす。
ガッ! ドゴッ! バキイッ!
「痛い! 痛い! うわああんんっ! あああああああああんっ! 父ちゃんが殴ったあああっ! 母ちゃあああああああああああんっ!」
「泣いて! 許されると思うな! お、お前は、死んでお詫びしろ!」
ガッ! ドゴッ! ドゴッ! ズドッ!
「うわあああああああああああああんっ! あああああああああああああんっ!」
「俺が付与魔術師なら、村長を強くしてやるのに……!」
「アーサー。落ち着け。村長よ、もう良い。やめるんだ。当たり所が悪いと子供は簡単に死んでしまうぞ。私はその子の死など望まない」
「そうだ。村長、お前が代わりに死ね!」
「アーサー!」
「だって!」
「だってじゃない!」
「ううっ」
だってじゃないって怒られたの、ママ味を感じてちょっと嬉しい……!
「それよりも、アーサー!」
ちらっ。
シャルロットが視線を下げる。
「見ろ」
「え?」
シャルロットが俺の手首をつかむ。
「ほら。私が触れても、お前の意識が正常だ。今までは気を失うか、意識朦朧としていたのに。さっき、お前が子供を握りつぶそうとしたとき、私はお前の手首をつかんで制止したよな? あのときも無反応だった」
「本当だ! 今もさっきも平気だ! まさか、これが怒りによる覚醒というやつか!」
「な? 私は、さっき嬉しさのあまり、子供がスカートをめくるのを止められなかった。それほどまでに私は、お前に触れながら会話できることのほうが嬉しかったんだ。ほら。私の体温を感じてくれ。怒りを収めるんだ」
胸に熱い物がこみ上げてきた。
「シャル……。俺のエーデルワイス!」
俺は手を持ちあげて、シャルロットの手を両手で包むように握り直す。
「エナの言葉を真似るな。お前の言葉で私を呼んでくれ」
「愛しのシャル」
「もっと、私のためだけに考えた甘い言葉で」
「俺の女神! 世界で最初に降った雪のように清らかな肌、天使の羽で織ったかのように柔らかな肌、ユニコーンの眠る野に咲く花のようにかぐわしい香りの肌、星の誕生とともに生まれた孤高な氷山のように輝く肌」
「は、肌ばかりだな!」
「ああ。触れたシャルのぬくもりと柔らかさが刺激的すぎて。ああ……。こんなにもシャルの手は柔らかくて気持ちいいんだ……」
「ふふっ。また膝枕で意識を失うか、試してみるか」
「へ、へへっ。今の俺なら意識を保っていられるかな?」
俺たちは見つめあい、微笑みを交わす。
「ブヒブヒ!」
急にメルディが鼻先で俺たちの間に割りこんできた。
「ブヒブヒ! ブヒヒヒヒッ!」
「え?」
メルディに指摘されたから周囲の様子をうかがってみると、村長は土下座しており、隣にクソガキを土下座させて頭を押さえつけている。
サフィは突っ立っていたが、俺の視線に気づくと、愛想笑いを返してくれた。
ジャロンさんもちょっと離れた位置で立っていたが、気まずそうな笑いを返してくれた。
「ブヒヒ、ブヒ」
「そうだよな。次期領主候補と王族の間には、普通の人は割って入りにくいよな。すまん。ふたりの世界に入っていた」
「ブヒッ!」
「ああ。お前みたいに空気の読めない馬がいてくれて助かった」
「ブッ、ブーッ!」
「あ。そっか。逆に空気が読めて偉いんだな!」
「ルンルン!」
「ルンルンの使いどころも上手い!」
俺はメルディの鼻筋を撫でてあげた。
「というわけで、村長。村の広場で芸をしたいんだ。使ってもいいか?」
「え?」
「親子ともども、顔を上げるなよ。顔を上げた瞬間、目をやく」
「アーサー」
ペちっ。
お尻を叩かれた。
俺はシャルロットに、村長達から離れろという意味で、お尻を叩こうと手を上げ……。
さすがにお尻タッチは怒られるか?
いや、でも、俺のエーデルワイスだし。いいよな?
でも、エロいことしたら嫌われる。
「いくじなし」
なんと、シャルロットは小悪魔的な笑みを浮かべると俺の手をとって引っ張り、自分のお尻の方へ――。
「わ、わわっ」
チキン野郎の俺は、触れる寸前に自ら手を引いてしまった。
はあ、はあっ。
な、なんだ、この複雑な感情。
残念なような、興奮するような、はあはあっ。
「ふふっ。私だってお前に触られたいんだ。あまり焦らしすぎると、意気地なしのお前を、私が襲っちゃうぞ」
「……ッ! ……は、はい」
なんてことを言うんだ、こいつは……!
俺のエーデルワイスは思ったより積極的なのか?!
そういやこいつ、初対面のエナとあったその日に唇を重ねていたよな。
はあはあ……!
心臓バックンバックン言ってる! 破裂しそう!
「ブルルルル……」 × 3
メルディ、ランディ、クルディの3頭が俺の3方を囲み、長い馬面で俺の顔を包んだ。
俺は馬しか見えない。
「メルディ? ランディ? クルディ? いったいどうした……」
暗くて馬くさい。
……。
……落ち着く。
ありがとう。
俺を落ち着かせようとしてくれているんだな。
なんかちっちゃい者が正面から加わって抱きついてきた。
サフィだな。ありがとう。可愛い奴め。なでなで。
俺はちょうど手の届く高さの、サフィの柔らかい部分をなでなでもみもみした。
「みゃあ……。ミャルロットのお尻を触れない分、サフィのお尻を触るみゃ……。くすぐったいみゃ……」
こいつぅ、俺が具体的にどこを触っているのかは曖昧にしておいたのに、明言しやがって……。おしおきだ。
「みゃっ! そ、そこは駄目みゃ……」
尻尾が絡みついてきた。はあ、落ち着く……。
しかし、俺よりかなり背が低いサフィの尻に俺の手が届くってことは、俺の脚が短いってことか?
いや、サフィの脚が長いってことにしておこう。
俺は馬やサフィのおかげでだいぶ落ち着いた。
クソガキへの怒りが、燃える「感情」から、過去の「情報」へと変わった。
むかついていることに変わりはないが、その思いは、制御できる。
みんな、ありがとう。
「アーサー。お前から馬の外は見えないかもしれないが、私からはお前がサフィのお尻を撫でまわしているのが、しっかりと見えているからな」
淡々とした口調だった。
怒っているのか嫉妬しているのか呆れているのか分からない。
だから俺は「……えへっ!」と可愛いらしく笑ってごまかした。




