34話。通りすがりのおっさんに金貨を施す
みんな徒歩で、馬4頭を連れ歩く。
俺はあまり地理には詳しくないが地元民だからひとりで先頭に立ち、馬4頭を間に挟み、最後にシャルロットとサフィが並ぶ。縦列陣だ。
飼い慣らした馬なので手綱を引かなくても勝手に街道を外れてどこかへ逃げることはない。
鞍を用意すれば、元ザマーサレルクーズ家の馬たちに人間が乗り、戦闘時にシャルロットがブランシュ・ネージュに乗り換える運用が可能になる。
たとえ強くともサフィに戦闘をさせるつもりはないので、馬の世話係に任命だ。
少し行くと、前方から行商人がやってきた。行商人といっても、空の籠を持っただけの、ただのおっさんだ。
ニュルンに行って魚か野菜か果物か何かを買って自分の村に持ち帰って販売する商売をしていると思われる。近隣の村はそうやって、村ではとれない食料を輸入している。
同様に、ニュルンから近隣の村にものを売りに行く人もいるから、街道は結構人通りが多い。
おっさんは進路を譲ってくれた。
俺は立ち止まり、声をかける。
こんな通りすがりのおっさんに、王族の美少女と会話する栄誉は与えない(たんに、シャルロットが他の男と会話していたら俺が嫉妬するだけ)。
「こんにちは。ありがとうございます」
「おう。こんにちは。気にすんな。いい馬だな」
「ブヒブヒ」 ← 馬が褒められたと理解するだけの知能と、自分のことだと思いこむうぬぼれを併せ持つメルディ。俺が育てた。
「どうも。先日、ニュールンベージュの近くでモンスターホールが出現して、牛頭巨人が出たんですけど、そちらはお変わりないですか?」
「な、なな、なんだって。牛頭巨人?! 田舎者の俺ですら、旅芸人の語る英雄譚で聞いて知っているモンスターだぞ。世界の破滅を告げる殺戮魔王の軍勢だ! そんなのが現れて大丈夫なのか?!」
「ええ。領主から追放された元息子のアーサーという好青年が知力と勇気を振り絞り、仲間や都市の兵士と協力して、市民を護ったたそうですよ」
「へえ! そいつは凄い! この土地にも素晴らしい英雄がいるんだな!」
「……」 ← 俺が背中に感じるシャルロットの視線
「……」 ← 俺が背中に感じるサフィの視線
「……」 ← 俺が背中に感じる、馬たちの視線
「ブヒブヒ!」 ← 自分が「凄い」と言われたと思っているやつ。
「しかし、市民を護れたのは良いことだが、街は破壊されたんじゃないのか? 街の兵士は無事なのか?」
「けが人はひとりもいないそうですよ!」
「なんだって! そんな馬鹿な! 簡単に城壁を破壊してしまうような化け物に襲われたんだろ?」
「なんと! 王族リュミエール家のご令嬢にして、王国騎士団第一団長のシャルロット様が颯爽と現れて、閃光の二つ名にふさわしきご活躍で、モンスターを倒したのです! その美貌たるや、震える兵士を鼓舞すること、戦女神のごとく! 俺はあんなに美しい女性を他に見たことがない! 目を奪われるとはまさにあのこと!」
「……えへっ」
振り返って抱きしめたくなるくらいかわいらしい声が背後から小さく聞こえた。
「おおっ! なんと! 田舎の村までその美貌と実力が轟く、あのシャルロット様が! いや、しかし、シャルロット様が美しいというのは、宮廷お抱えの詩人や旅芸人が誇張した噂ではないのか?」
あ。話がまずい方向に進むか?
おっさんは話好きなのか、気分良く笑いながら話してくれているが、そろそろステータスウインドウか?
「噂じゃなくて本当に美人ですよ」
「そうか? 俺ぁ、あんたが連れている娘の方が、噂なんかよりよっぽど美人だと思うぞ! おっといけねえ。俺が言ったこと、街の兵隊さんには内緒にしておいてくれよ。牢屋に入れられちまわあ! がはははっ! ついでに俺の嫁にも内緒な! がはははっ!」
「あははっ!」
俺が笑っていると、シャルロットが「ふふふっ」と上品に笑いながら、近寄ってきた。
シャルロットは俺の横に立ち、おっさんに声をかける。
「そなたよ。手を出すが良い」
「ん? どうしたい? 俺の手に虫でもついてるか? それとも、都市の美人さんには、こんな土汚れが取れなくなっちまったゴツゴツの手が珍しいかい?」
「いや、なに。物事の道理を知る賢者に、施し(※)を与えようと思ってな」
※:庶民を見下したり馬鹿にしたりする意図はない。高貴なる者は庶民に寄付をするのが美徳という考えがある。
シャルロットはおっさんの手に、手のひらサイズの革袋を渡した。
ドチャッ……。
「ん? なんだい? 麦でもくれるのかい? それにしてはやけに重いが……」
「ニュールンベージュに行ったら、それで牛馬や有輪犂(※)を買い、村の共有財産として活用すると良い。マルシャンディという商人に頼めば、手配してくれるだろう」
※:牛馬にひかせる農具。ここで言うのは重量有輪犂のこと。畑をめちゃくちゃ効率よく耕せる。ヨーロッパでは13世紀頃から普及し、麦の生産量を爆発的に増大させ、人口増に繋がった。ヨーロッパ文明の発展を支えた発明品と言っても過言ではない。
「え?」
おっさんは袋の紐をほどき、中身を確認する。
袋の口から見えた黄金色の輝きを目のあたりにし、おっさんは目を大きくする。
「なっ、ななっ、なんだこれは! み、見たことのない金貨だ!」
「王都で鋳造されたイルード金貨だ。1枚で10オールになる」
「そ、そそっ、そんなもの、受け取れねえ!」
おっさんが顔面蒼白になっている。そりゃそうだ。いきなり通りすがりの人に大金を渡されたんだし。
おっさんはプルプル震える指でなんども失敗しながら革袋の紐を締めようとする。
「あー。おじさん。受け取っていいと思いますよ。いつも働いて納税しているんだし、王族が還元してくれたと思って、受け取っておいてください。大金過ぎて不安になると思いますが、別に違法な金ではないです」
「は? お、王族?!」
「うん。この人が、ニュールンベージュを救ったシャルロット・リュミエールさん」
「う、あ、おっ、おっ、失礼を致しました!」
男が土下座しかねない勢いだったので、シャルロットが「よい」と制止した。
「ひれ伏さずとも良い。服が汚れてしまえま、細君に怒られるだろう。こちらこそ素性を明かさなかった非礼を許せ」
「そ、そそ、そんな、滅相もない」
「仕事で忙しいところ、呼び止めて、すみません。びっくりさせちゃったし」
「いやいや、本当に心臓が悪いですよ。はー。旅芸人の詩歌ってのは本当のことを言うものなんですなあ。いや、お美しい」
「ちなみに、俺が、領主から追放された息子」
「あ。そうなんですか。これはどうも」
まったく恐縮した様子はなく、ごく普通に、ぺこりとお辞儀された。
まあ、王族と比べたら田舎領主から追放された息子なんてそんな扱いよな!




