30話。ばっ、馬鹿男が王族に向かって泥を投げつけたぁぁっ!
俺はしょんぼりしているサフィの頭を軽く撫でてから、男の方に向かう。
「足を外してやるから、じっとしてろ」
「く、くそっ! まだ目がチカチカする! ふざけやがって! 早くしろよ! 僕を怒らせたらどうなるか分かっているんだろうな!」
「はいはい。分かったよ」
俺は男の足を、鐙から外してあげた。
「ほれ。怪我してないか?」
「とろくさいんだよ! ゆっくりやりがって!」
立ち上がるのを手伝ってあげようとすると、男は俺の手を叩いて払った。
「下賤の手で僕に触るな! 僕を誰だと思っている!」
女が駆け寄ってきて、男に寄り添う。
「マーク。大丈夫? 下民に変なことされなかった?」
「ありがとう。キャスリン。大丈夫だよ」
男女は手を取りあい、一瞬だが瞳をキラキラさせて自分たちの世界に陶酔した。
……というか、女がさっさとそうやって駆けつけていれば良かっただろ……。
「お前たち、許さないからな! パパに言いつけて、奴隷にしてやる!」
女と見つめあって勇気100倍なのか、男が声を大きくしてきた。
しかし、パパて……。
「そうよそうよ。マークと私のパパに逆らえるやつなんていないんだから!」
俺は男女から離れて、シャルロットやサフィの側に立つ。
男女は俺を睨んでくる。
「お前達3人とも奴隷にしてやるからな! 覚悟しておけ! 街の兵士たちだって、僕たちのパパには逆らえないんだ! すぐにお前達を捕まえて奴隷にしてやる!」
「あ、いや、うん。お前達、随分と偉いんだな」
「聞いてなかったか! 僕のパパもキャスリンのパパも、都市の参事会役員だぞ! 貧民街に済む下民は、誰が都市を支配しているのか、知らないようだな!」
うーん。都市の支配者か。
敢えて言うなら俺のクソ親父だったが……。
「なあ、服を見ようぜ」
「は?」
「俺の服はお前たちのと大差ないと思うけど、シャルロットが着ている服は随分と高級で立派だと思うんだけどなあ……。レースのひらひらがついているんだぞ。こんなレース、ニュールンベージュのどこで作れるんだよ。剣の鞘だって七宝細工が象眼されていて豪華だ。あ、言葉が難しくて分からないか? 宝石がついていてキラキラしているってことな。それに、白馬の毛並み、上等だろ。鞍は金細工が施されて輝いている。拍車やベルトの金具も銀製品じゃないのか? 田舎都市でイキっていて、外の世界を知らない者には分からないか? この、さりげなく全身を高級品で包んだファッションが」
「パッション? 何を言っているんだ、お前! 僕たちを馬鹿にしているのか!」
「馬鹿にするつもりはないけど、馬鹿だなあって思ってる。多分、今って、産業や経済が発展して、いろいろと贅沢品を作れる余裕が出てきて、それが上流階級に出回り始めた頃だろ? それを知らないお前達は上流に届かない田舎者だってこと」
「僕たちの服は汚れたのに、その女は汚れていないなんて生意気だ! おい、女! お前も汚くしてやるよ!」
ガッ!
シャッ!
男は泥をつかみ、シャルロットめがけて投げた。
うおおおっ!
さすがにそれはあかん!
お前、王族に泥を投げつけたら、一族全員断頭台送りで死刑になっても文句を言えないぞ!
「はあっ! ステータスオープン! そして、アーサーパンチ!」
俺はステータスウインドウを開いて男女を攻撃しつつ、泥に向かってパンチを放つ。風圧により、泥はシャルロットを汚すことなく男の方へ戻っていく。
「ぎゃあああああああああああああっ! 目がああああっ! 口に泥があああっ!」
「いやあああっ! 目がああああああっ! 口がああああっ!」
「ふう。間にあった」
「アーサー。泥を防いでくれてありがとう。だが、どうしてステータスを……」
シャルロットの前には下弦の月が浮いていた。俺が助けなくても、カスの泥が彼女を汚すことはなかったようだ。
「パンツの風圧でスカートがめくれるかもしれないだろ」
「パンツの風圧ではなくパンチの風圧だろ」
「細かいことを気にするな。言い間違えただけだ。パンツだけに」
「……パンツだけに? え?」
「特に意味はない」
「何度も言うが、私は馬に乗るからスカートの下は半ズボン(※)を穿いている。下着が見られることはないから心配は要らないぞ」
※:半ズボンという名称が用いられているが、実際は短パンやホットパンツと呼ぶべき短さ。
「俺はお前の脚が見えるだけで嬉しい! 他の男も同じに決まっている! いいかげん、そっちこそなんども言わすな! お前の肌を他の男に見せたくない!」
「わ、分かった。……そ、そんなに見たいなら、もっと見つめて、愛の言葉をささやいてくれればいいのに……」
なんかごにょごにょ言っている。
そんなことよりさっきの風圧で、男女の馬が怯えてる。
ごめんよ~。なでなで。
俺は馬に近寄り撫でてあげた。サフィもやってきて一緒に馬を撫でる。
すると、男が目を押さえながらよろよろと動き、腰の鞘を掴む。
「よくもやったな! もう許さないぞ! 下民!」
チャキンッ!
男が剣を抜いた。
おっ、おおっ、王族に剣を向けた~~~~っ!
おまっ、おまっ、お前、死刑になりたいのか?!
目が見えてなくて、俺が移動したことに気づいていてなくて、俺に向けたつもりか?
そっち、シャルロットしかいないぞ。




