25話。街道を歩いていると、性格の悪い男女と遭遇する
翌日。
俺たちは朝食を取り終えると、ニュールンベージュ近郊の村へ向かって出発した。基本的に村は、徒歩で領主に納税できる範囲に存在するため、せいぜい数時間ほどの距離だ。
ザマーサレルクーズ家が収めてきてきた土地エキサーヌの、次の領主が誰になるのか、シャルロットが国王に問いあわせており、その返事待ちをするため、ニュールンベージュから遠くへ行けない。
魔法伝書鳩は普通の鳩を訓練したものではなく、召喚魔法や精霊魔法に近いもので、魔法生命体を操作している。
基本的には発信者は移動しないことが前提だ。決められた位置同士で連絡しあうのが本来の使い方だ。
魔法伝書鳩は術者の魔力を頼りにして主の元に帰ってくる。優秀な使い手なら、魔法伝書鳩を飛ばした位置から移動しても、離れた位置で返信を受け取れる。
シャルロットは、元王国騎士団の団長なだけあって、非常に優秀な使い手のようだ。鳩について説明するときの言葉がちょっと自慢げだった。
俺たちは鳩の返事を待つ間、領内にある村を見て回ることにした。
マルシャンディにハンミャーミャーの作り方を教えたり、市場で旅の道具を見繕ったり、兵士たちと交流したり、冒険者ギルドの様子を窺ったりにしても良いのだが、先日の牛頭巨人の騒動で近隣の村々に何か影響が出ていないか調べることを優先した。
一応、前日に近隣の村からのろしが上がっている様子はなかったので、大規模なモンスター被害に遭ったところはないはずだ。
基本的に緊急事態ならのろしを上げるし、村に馬がいなくても、若くて体力のあるやつが走ってくるはず。
そういう連絡がないのだから、急ぐ必要はない。
村は20個ほどあり、だいたいどこもニュールンベージュを中心にして4時間くらいの距離だ。村というのは、こういう風に大きな都市の周囲に発展するものだ。人口100人程度の村で馬具や農具は作れないし生産できる食料にも限度があるから、大きい街と交易しないと、生活が成り立たない。
つまり、村は近い位置にある。
そこから昨日時点で緊急連絡が着ていないので、どこの村も無事だ。
だから俺たちは歩いている。
北側に野営していた山林(俺の実家がある山)があり、俺たちはその南方を西に向かってすすむ。
森の南は緩やかな起伏が幾重にも続いていて、意外と見渡せる範囲は狭い。背後にあった麦畑も、もう、小さな丘の向こうだ。
街道と森の間は草原と泥地が入り交じっていて、低木がちらほらと見える。
ちょっと湿った森の端って感じだ。
俺がサフィと並んで歩き、その後ろをシャルロットがブランシュ・ネージュの手綱をひいて歩く。
「アーサー。サフィ。後ろから馬が来る。もう少し接近したら道を譲ろう」
「了解ー」
「みゃあ」
しばらく進んだあと、俺たちは街道(※)から数歩ほどはみ出して、草が生えている場所で立ち止まる。
※:石畳が敷かれた立派な道、ではない。何十年、もしかしたら何百年と人々が歩いて踏み固めた道だ。泥濘などの歩きにくい場所に木や石が敷かれたり、ちょっとした段差に踏み台の石が添えられたり、ささやかな整備がされている程度。
馬が2頭、並んで通り過ぎていく。若い男女が乗っている。
来た方向や服装から察するに、ニュールンベージュの金持ちだろう。基本的に馬に乗るのは金持ちだけだ。
馬は、いかにも乗用馬って感じの茶色の毛並みをしており、シャルロットの軍馬ブランシュ・ネージュより一回り小柄だ。
通行人が通り過ぎたので、俺たちは街道に戻った。
……ん?
前からひそひそ話が聞こえる。
「おいおい。見たか、今の。人間が3人、馬に乗らずに歩いていたぞ」
「きゃははっ。庶民って馬鹿よね。馬は人間が乗るものなのに」
「ふふふっ。庶民は無知だからな。馬の使い方も乗り方も知らないのさ。無理して大金を払って馬を買ったけど、乗り方が分からないに違いない!」
「きゃははっ。奴隷の使い方も知らないみたい。獣人に人間みたいな服を着せて、鎖もつけずに歩かせていてたわ」
「あははっ。奴隷も無理して買ったんだろうね。見栄を張りたがる貧乏人。なんて哀れなんだ」
「きゃははっ。聞こえちゃうわよ」
「聞こえたって問題ないさ。僕はスキル剣術Lv7(※)が使えるからね。あんな貧乏人、一瞬でバラバラさ!」
「きゃあ。マークス、格好いい。頼りになるわ!」
※:小学生くらいの子どもでも頑張れば取得できる汎用スキル。昨日会った兵士たちがたぶん20から40くらいだと思う。少なくとも、18歳くらいにもなって自慢するようなレベルではない。当然、シャルロットの|公転するふたつの綺羅星や俺のレベル1固定みたいなユニークスキルより遥かに格下。
蹄のカポカポ音に紛れず聞こえてきた。
もしかして、わざと聞こえるように言ってる?
「みゃあ……」
「サフィ。気にしなくていいよ。サフィは奴隷じゃないし、俺はそういう扱いはしない。首輪もいつか取ってあげるよ」
俺はサフィの頭を撫でてあげた。
「みゃあ」
しばらく歩き、男女の馬が、緩やかな丘の向こうに消え、見えなくなった。




