20話。キスして意識を失った俺、目が覚めたから、シャルロットに愛の告白をする
……。
…………。
………………。
「う、うーん……」
「起きたみゃ?」
「サフィ? あれ? 俺はいったい、何を……。ここは……。荷車の上?」
どうやら俺は、荷車の秣に寝転がっているようだ。
あかね色が差しこみつつある狭い空と、影色に染まった石の壁が見える。
荷車は石像の建物の脇に止まっているようだ。
サフィは猫のように俺の脇腹横で丸まっている。気温が下がってきたから温めてくれていたらしい。
「ミャルロットにペロペロされたら、ミャーサー、倒れちゃったみゃ」
「え? あ。あー」
そ、そうだ。俺、シャルロットとキスをして、興奮しすぎて気を失ったんだ。
「お、起きたか?」
荷車の横からシャルロットが恐る恐るという感じで覗きこんできた。
「お、おう」
「す、すまない。異性とする接吻は初めてで、加減が分からなかったんだ。《《ふたつ以上の鐘を聞く》》(※)私でも、こういうことには疎くて……。ゆ、許してくれ……。お前が息ができなくなって倒れてしまうまで、激しく吸ってしまった……」
※:物知りを意味することわざ。一般的に、生活圏内における教会の鐘はひとつ。異なる鐘の音を聞いたことがあるなら、他の街にも行った経験があることを意味する。それは、多くの鐘の音を知る者ほど様々な物を見聞きしていることを意味する。
俺はキョドりながら、大声早口で言う。
「あ、いや、先ず『異性とは初めて』なんて百合を匂わせるな。気になるだろ。あと、激しく吸ったの?! 記憶ないんだが?! 唇が触れた瞬間に意識を失ってるんだが?! 窒息はしてない。体調は大丈夫だ! 鐘が生活に密着していることを示唆する発言ありがとう! シャルロットは物知りだな! これからも色々教えてくれよ!」
あ。やばい。
視線がどうしてもシャルロットの唇に吸い寄せられてしまう。
はあはあ。息が苦しくなってきた。
「い、色々というのは……。キスよりも凄いことか?」
「そ、そういう意味ではなく!」
「お、おい。アーサー。顔が鍛冶職人の手より真っ赤だぞ!」
「シャルロットだって、鍛えている最中の刀剣のように真っ赤だ!」
「いいから、火を噴く前に冷ませ」
「お、おう。お前も、染料職人が絞りに来る前に冷ませ」
「ほ、ほら。飲め。ハーブが入っている。落ち着くぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
シャルロットが白磁のカップを差しだしてくれたから、受け取り、中の液体を飲んだ。
ドキドキして味が分からねえ!
熱い液体か冷たい液体かすら分からねえ!
「みゃあ。ふたりとも野いちごより真っ赤みゃ」
ペロペロ。
サフィが俺の唇についた液体を舐めとる。
それから頬をペロペロしてくる。
「ありがとう。落ち着かせようとしてくれているんだな」
サフィのペロペロは平気だ。子どもだし、猫の獣人だし。
だけど、同年代(ちょっと年上)の美人にキスされたら、意識が飛ぶのは仕方ない。それくらい、この体や、俺の人格にとってはシャルロットとのキスは刺激的すぎた。
サフィがペロペロを終えたので、俺は上半身を起こす。
俺が寝ていたのは二輪タイプの荷車だったらしく、ぐらぐらと揺れた。
サフィは今度はシャルロットの頬を舐め始めた。
シャルロットがしょんぼりしているから、慰めようとしているのだろう。
「……あー。ごめん。シャルロットが気にすることじゃない。俺が女性に対して免疫がないんだ。えっと。言い換えると、嬉しすぎて意識が飛んだ」
「ほ、本当に?」
「ああ。なんなら、記憶が飛ばないように頑張るから、またキスしたい」
「そ、そうか。そう言ってくれると気が楽になる。し、しかし、キスでこの反応だと、結婚式を挙げた後……。しょっ……初夜はどうするんだ……。もっと、激しく凄いことをして、大丈夫なのか?」
初夜と言ったよな?
聞き間違いではないよな?
夕方になったので街から労働の音が減り、そのおかげではっきりと聞き取れた。
「……あ、ああ。それは、俺がもう少し女性に慣れてから」
「そ、そうだな。は、はは」
「みゃあ~。ふたりとも、ずっと真っ赤みゃ。大丈夫みゃ? もっとペロペロするみゃ?」
「あ、ああ。大丈夫だ。と、ところで、そろそろ日が暮れそうだし、宿を探さないか?」
「その……。私は宿には泊まらない。行きたいところがあるんだ……」
「一緒に行っても大丈夫なところなら俺も行くぞ。サフィも行くよな?」
「みゃあ」
「どこに行くんだ? 宿に泊まらないってことは街の外か?」
「ああ。馬を迎えに行きたい」
「馬?」
「馬?」
「ブランシュ・ネージュといって、ここまで旅をともにした愛馬だ。醜悪顔地底人と遭遇したときに逃がした。森の中で小柄なゴブリンと戦うには、馬上は向いていないからな。賢い子だ。脅威が去ったと分かれば、別れた位置に戻ってくるはずだ。だから、私はブランシュ・ネージュが戻ってくるまで、アーサーと会ったあたりで野宿をしようと思う」
「なるほど。分かった。付きあうよ」
「みゃあ!」
「いいのか? ふたりはベッドのある宿に泊まってもいいんだぞ?」
「おいおい、俺たち――」
仲間だろ、という言葉をのみこむ。
こんなにも好意を向けてくれているんだ。
俺は《《耳の悪い主人公》》になったとしても、臆病で鈍いやつになるつもりはない。
押し切られた感もあるけど、出会ってからの短い時間でもシャルロットの魅力はじゅうぶん伝わってきたし、受け入れよう。
いや、俺からも好意を向けていこう。
「――夫婦\おーい!/になるんだろ\アーサーさん!/」
「俺のことを\よかった!/好きになってくれて\無事だったんですね!/ありがとう。俺もシャルロットのことが\倒れたって聞いて/好き\心配していたんですよ!/だよ\無事で本当に良かった!/」
「マルシャンディ! てめえ! ステータスオープン!」
俺は路地を駆けてくる眼鏡の優男を怒鳴りつけながら、ステータスウインドウを開いた。
「ぎゃああああああああっ! 目がっ! 目があああ!」
マルシャンディは両手で顔を覆って転倒し、ゴロゴロと転がる。
「あっ。こら! どうしてそうすぐに攻撃的になるんだ! 明らかに、心配して声をかけてくれたんだろ!」
「だって、俺がいいこと言おうとしたタイミングでうるさいから!」
「だ、大丈夫だ。……ちゃんと聞こえた」
「え?」
「……聞こえた」
という言葉はすっごくちっちゃかったが、聞こえた。
「お、おう……」
「まだ真っ赤みゃ……。心配みゃ」
シャルロットの顔は夕焼けに染まった空よりも赤かった。
俺も同じくらい赤いんだろうなあ。
俺は荷車の荷台からおりた。
地面に転がっているマルシャンディを、仕方なく起こしてあげる。
だって、俺が手を貸さないと、シャルロットが手を貸しそうだったし。
「で、マルシャンディ。なんの用だよ」
俺はぶっきらぼうに言い放った。
ベチッ!
後ろからケツを叩かれた。サフィが叩くとは思えないから、シャルロットだろう。
「あ、いえ。宴会中に倒れたと聞いて心配だったので……。私もようやく、振る舞い酒の手配が終わったので、アーサーさんの様子を見舞おうかと」
「ふーん」
ベチッ!
シャルロットにケツを叩かれた。
俺は振り返る。
「だって、しょうがないじゃん! わりと、ガチの勇気を振り絞ったんだよ! 牛頭巨人と戦うときより、勇気を振り絞って言ったんだよ! 邪魔されたら不機嫌になるよ!」
「む……。勇気をかき集めないと、お前は私に好きと言ってくれないのか……」
「あ。待って。なんか変な誤解を与えているかも。あ、いや、好きだよ」
「わ、私も……」
「……へ、へへ」
「……ふ、ふふ」
俺たちは見つめあうと恥ずかしくなって、同じタイミングでさっと視線をそらし、また見つめあい、視線を逃がす。それを何度も繰り返す。
「私は何を見せられているのでしょう」
「みゃあ。さっきからふたりともずっと真っ赤みゃ。病気かみゃ?」
「あー。放っておいても大丈夫そうですよ」
「みゃあ~」
サフィの呆れたような声が、聞こえてきたから、俺たちは繰り返しを終えた。




