18話。戦勝の宴だ! どんっ!!
俺はシャルロットと他愛のない雑談をした。
現代知識無双欲がムクムクしていた俺は、サフィが目を覚ました後、童話『桃太郎』を聞かせた。
さすが娯楽の少ない世界。めちゃくちゃウケた。
暇してた兵士や農民も近寄ってきたから、ちょっと恥ずかしかったが、他の童話も言い聞かせた。
4時の鐘(地球でいう15時)が鳴ったから午後の作業を再開。
牛頭巨人の死体はラス1だから俺が引き受けて、兵士には本来の業務に戻ってもらった。
幸いなことに、弔鐘は一度も鳴らなかった。弔鐘というのは、死者を弔うための鐘だ。それが鳴らないということは今日の襲撃で誰も死ななかったことを意味している。
ヘミングウェイ著の『誰がために鐘は鳴る』という有名な小説があるが、ここでいう鐘とは弔鐘のことで、タイトルは「鐘の音(人の死)は、いったい誰のために鳴る」という意味だ。人の死を世界に告げることへの意義を問うタイトルだ。深い。
昼休憩は3時間だった(※)。
※:朝の6時から3時間ごとに鐘がなる。そのため、異世界人は「4回目の鐘が鳴ったときを4時」と言っている。1時は6時で、2時は9時で、3時は12時だ。1時間は3時間になるし、このあたりも異世界転生サービスの翻訳機能のバグだと思う。
決まった時間に鐘が鳴るから、地球では「鐘(ラテン語:clocca)」から「鐘(フランス語:cloche)」を経て、「時計(英語:clock)」という単語が派生したように、この世界でも、鐘と時計はほぼ同じスペルと発音の言葉だ。
そして、やはり地球の言語と同じように、こちらでも『鐘』というと「鐘という物体そのもの」を意味し、同時に「鐘の音」という意味も持つ。
さて。
俺が最後の死体を処理し終えて都市に戻ると、城門をくぐった所に酒樽が用意してあり、兵士たちが待っていた。
「あっ! アーサーさん! やっと来た!」
「こっちですよ! ほら! 手に水をかけます。じっとして」
「すみませんね! 宴会の準備を見られたくなかったんで、最後の死体片付けをやらせてしまって」
「シャルロットさんたちはあとから来るそうですよ。なんでも、獣人の子の仕立て直しが終わったそうなんで、それを取りに行ってくるそうです」
「ささ、こっち、こっちですよ」
「……みんな! おう!」
本日の英雄である俺は、宴会に強制参加だ。
椅子はないからみんな立つか、石畳の上に直座りだ。
基本的に、若いうちから働き始める世界なので、兵士も全体的に若い。年上の飲み会に紛れ込んでしまったようなアウェー感はない。
「さあ、ニュールンベージュ防衛の英雄アーサー様! 挨拶お願いします!」
ディーンさんがカップを差しだしてきたので、受け取る。
普通の牛の角の内側の空洞を利用したカップだ。中に琥珀色の濁った液体が入っている。
「お。おう。えー。あー」
宴会の挨拶なんてしたことないぞ。何を言えばいいんだ。
食べ物もあるみたいだし、待たせるのはよくないよな?
シンプルでいいよな?
俺は角カップを高く掲げる。
「みんな。俺が合図したら、ドンッて言ってくれ。いいな? 行くぞ? 飲もう!」
「ドンッ!」 × たくさん
俺は液体を一口、飲んでみる。
この酸味のある味は……ピケットだ。ピケットというのは、ワインを作った際に余る汁を水で薄めて再発酵させたもの。要するに、庶民向けの安い飲み物。
ちくっとするという意味のpiquerが語源になっていることからも分かるように、ピケットはぴりっとした酸味がある。アイスピック(突き刺す)とかピックアップ(つまむ)とかの語源でもある。
「まるで、Web小説みたいに薄められた酒だな!」
俺はピリッとした台詞を口にしてみた。
俺は、名台詞を言ったんじゃないのか、と自分に酔いながら、ゆっくりピケットを飲み干した。
ピケットのアルコール度数は低いが、飲酒経験がなかった俺は早くも顔が熱くなり、気分が良くなってきた。
「アーサーさん。ほら。こっち、チキンがあるぞ。食べなよ」
「おう。いただくよ。チキンは冷ますと、何年も弄られるからな!」
「いやー。それにしても、アーサーさんあんた、すげえよ! ひとりで牛頭巨人の巨体を運ぶなんて、スゲえパワーだ!」
「それに、俺たちと一緒に働くなんてな! お前、いいやつだな! あのクソ領主の息子とは思えねえ!」
「アーサーさん! カップが空じゃないのか? ほら、もういっぱい飲んでくれよ!」
「おう! ピケット、もっと、飲もっと!」
「……」
「……」
「……」
「お、おい、どうした急にシーンってなるなよ」
「……」
「……」
「……」
「笑えよ……」
「ははっ……!」 ← から笑い
「ははっ……!」 ← 愛想笑い
「ははっ……!」 ← 苦笑い
「ははっ……!」 ← 作り笑い
「ははっ……!」 ← 微笑
「ははっ……!」 ← 社交辞令笑い
「お前らなあ……」
俺のカップにピケットを注ごうとしていた兵士の手から、壺を奪う。
「いいよ。自分で、ポットから、ピケット、もっと、くもっと」
「……あはっ」
「あははははははっ!」 × たくさん
やっとウケた。俺からしょんぼりしている感じが出ていて、それがウケたのかな。
「……ごくっ。ふう。うめえ! ほら、お前のもついでやるよ!」
「ありがとうございます!」
それからしばらく、他愛のない牛頭巨人談義をした。モンスターホールに放りこんだ死体はどうなるのだろうかとか、穴を埋める土魔術師はいつ頃来てくれるのだろうか、とか。
労働後の飲み会だから、仕事を引きずった話題になるのはしょうがない。
しばらくすると仕事の話題は終わり、雑談に変わっていく。
「なあ、アーサーさん。独身だよな? うちの娘をもらってくれねえか?」
「おいおい。奴隷商をやっていた疑惑のある父を親にもつ俺に、大事な娘をくれるのか?」
「やっぱなし。俺の娘はやれねえ!」
「へへへ! だったら俺の嫁をくれてやるよ!」
「おう! うちの嫁もやるぞ!」
「ご子息! うちのおっかあも貰ってくれないか!」
「俺に奴隷になれってのか! お断りだ!」
「あははははははっ!」 × たくさん
盛り上がったが、別に泥酔しているわけではない。
この世界では庶民が暮らす家に私室なんてないからプライバシーという概念は弱々で、デリカシーも弱々だから、人々はこういうノリだ。