15話。ミノタウロスの死体を、どうやって処理しよう
「うーん。困ったな」
「どうした? サフィを奴隷のように使うつもりがないのだろう? なら本人の希望を聞いたり、お前の能力との兼ねあいを考慮したりして進化先を決めればいいじゃないか」
「みゃあ。ご主人様の望むサフィになるみゃ!」
「そういうことじゃなくて……」
「ふむ。敢えて私からアドバイスするなら……。アーサーはステータスが全体的に高いし、どうやったら死ぬのか分からないくらいHPが異常に高いから前衛に向いているだろ? だが、状態異常魔法に手も足も出ない可能性があるし、サフィには防御系の支援魔法がふさわしいかもしれないな」
「みゃあ! ご主人様を守れる力がほしいみゃ!」
「そうじゃない……! そうじゃないんだ……!」
「?」
「みゃあ?」
「この進化は、罠だ!」
「ど、どうした。なんでいきなりそんな大声で……」
「これは進化したら大人になるという、あるあるトラップだ!」
あの作品も! あの作品も!
獣人ロリが一瞬で成長して大人になる!
獣人は成長が早いとか、能力の覚醒で肉体が大人になるとか、そういう設定いらないから!
ロリはロリのままでいいだろ!
俺はロリコンではないが、ロリはロリのままがいい!
なんでWeb小説の獣人は大人になるんだ!
俺は、コミカライズ化した際の規制が影響しているのではないかと邪推している。
アニメや漫画では、ロリのサービスシーンは大人のサービスシーンより強めに規制される。特に昨今の、動画サイトやWeb漫画サイトで全世界に配信する状況だと、ロリの乳首が出ていたら公開不可能な国は多いだろう。
ふざけやがって。
ロリエロを回避するための大人化か?!
そんなことするくらいなら、ロリのエロシーンをなくせ!
「どうした、アーサー。今度は黙ったかと思えば、そんなに小さく震えて……。まさか、怒っているのか?」
「いや、気にするな……」
俺は気を取り直して、普段のように喋る。
「進化ツリーを見ろ。サフィは現状が幼猫獣人なのに進化したら猫獣人になる。幼がとれる。進化したら大人になるかもしれない。寿命が縮んだら大変だ。だから、進化は大人になるまで待とう。もしくは、自分に危険が迫って、どうしようもなくなったときに進化しよう。それまでは俺が護るから」
「みゃあ……」
サフィが振り返り、俺に抱きつく。
「大人になるまで、ご主人様と一緒……。嬉しいみゃ……」
「むう。……微妙に理解できないが、サフィ自身が納得しているならそれでいい」
ということで、サフィの進化は保留だ。
現状でも、王国騎士団の副団長クラスらしいし、たぶん、悪徳奴隷商や普通のモンスターくらいには負けないだろう。
「……ところで、サフィ」
「みゃ?」
「俺のことはアーサーって呼んでくれないか? スキルシステムか魔法システム的には主従契約を結んでいるのかもしれないけど、俺はサフィのことを大事な仲間だと思っている。友達とか家族とか妹とか、そういう存在だ。だから、ご主人様というのは、ちょっと違う」
「わ、分かったみゃ。……みゃ、ミャーサー様」
「ミャーサー! 可愛いな! 様はいらない!」
「ミャーサー」
俺はサフィをがばっと抱きしめ、頭を撫でまわす。
「よしよし! 可愛い! 可愛いよ! サフィ!」
「むむむ。サフィ。私のことも、シャルロットと名前で呼んでくれ! もちろん、様なんて他人行儀な言い方はするな」
がっ! ぐいっ!
シャルロットが俺の顔をつかんで押して、サフィを奪い取った。
俺は女の子に触られて緊張したから、抵抗できなかった。
「ミャルロット」
「サフィ! 可愛いな! よしよし! よしよし!」
シャルロットがサフィを撫でまわし、頬をすりあわせる。
「みゃぁ~」
こうして俺たちの絆が深まった。
さて。
サフィをレベリングできたし、次の問題だ。
「……なあ、シャルロット。牛頭巨人って、牛肉とれる?」
「……は? 何を言っているんだ。牛肉は牛の肉だから牛肉だぞ(※)」
※:英語だと牛はメスならcow、オスならbullで牛肉はbeafになるため、シャルロットの発言が英語ベースだとこの表現はおかしい。だが、フランス語だと牛も牛肉もboeufだ。ただし、牛が生き物の状態と肉の状態で同じ単語を使うのは例外的だ。フランス語でも豚や羊は生きている状態と肉の状態で、言葉が異なる。歴史的に、豚や羊と異なり牛は高価だったため食肉に加工されることが少なかったため、肉を意味する単語ができなかったと思われる。
「牛頭巨人の肉は、牛頭巨人の肉だ(※)。牛肉ではない」
※:牛頭巨人の肉に、例えば牛頭巨人肉みたいな呼び方があれば、それがこの世界で食肉として加工されていることを示唆するが、シャルロットが牛頭巨人の肉という表現を使っている以上、食べる文化がないのだろう。
「あ、いや。俺は教養が足りていないから教えてほしいんだ。牛頭巨人の頭部は……牛でしょ? 牛タンはとれる気がするし、頬肉はシチューに使えるのでは?」
「……! たしかに! 言われてみればそのとおりだが、とんでもないことに気づくな! 氷竜の鱗(※)とはまさにこのこと。だが何故、牛頭巨人を食べるという発想が出てくるんだ」
※:コロンブスの卵的な意味。つまり、先に誰かがやったことだから簡単なことのように思えるが、最初にひらめくのは難しいということ。氷竜の鱗は非常に固いが、お湯をかけたあと引っ張ると簡単に剥がせることからこの表現が生まれた。
「食べないのか?」
シャルロットは巨大な頭部にちらっと視線を送る。
「食べたくないだろ……」
日本でモンスターを食べる漫画が流行ったからなあ。わんちゃん、このでっかい牛頭巨人を牛肉ハンバーグにして、ミノハンミャーミャーを作れるかと思った……。
カーン、カーン。
都市の方からゆっくりとした鐘が響いてくる。
脅威が去ったことを知らせる合図だ。
「なあ、牛頭巨人の死体はどうするんだ?」
「ふむ。では、街に戻る道すがら、モンスターを倒した際の一般的な話をしよう。今後の役に立つかもしれない。サフィも聞きなさい」
「みゃあ」
「よろしくお願いします。シャルロット先生」
シャルロットが手で指し示すから、俺とサフィはニュールンベージュに向かって歩きだす。
「先ず、大きく分けてモンスターは、この地上にいる野良タイプと、モンスターホールから出てくる土獣タイプがいる」
シャルロットが指を2本、立てる。
しゃべり方はゆっくりだ。
騎士団の団長をしていただけあって、説明し慣れている感がある。
「野良タイプの代表例がスライムだ。これは地上に広く存在する。土獣タイプはサーベルウルフや単眼巨人、牛頭巨人だな。スライムが土獣として出現することもある」
「みゃあ……」
サフィが混乱しているようだ。
さすがに難しかったか?
土獣ガチャと野良ガチャがあって、無料土獣フェスに野良ガチャモンスターが混ざった闇鍋ガチャがあったり、変なモンスターがすり抜けてきたり、土獣限定フェスがあったりするってことだ。
排出モンスターのラインナップが一部かぶっているってだけだし、あまり深く考える必要はない。
「どちらも人類の脅威であることには代わらないから、両タイプが討伐対象であることに違いはない。そして、どちらを倒しても、王国から報奨金が出る。ただ、国庫も無限ではないから金額は知れている。それに、討伐申請をする際には、討伐を証明する第三者が必要になる。これは誰でも良いというわけではなく、貴族や騎士が該当する。私には申請する資格があるが、今回は当事者だから申請はできない。街の兵士に有資格者がいるかどうか、あとで話を聞いてみるよ」
「なるほど。報奨金ってすぐに貰えるの?」
「いや、少し時間がかかる。受け取り位置と王都を魔法伝書鳩に往復してもらうから、場所にもよるが数日はかかる。鳩のほうが高くつくことが大半だから、モンスターを退治しても、報奨金を申請しないこともある。まあ、今回は問題ない。牛頭巨人10体なら、小さな屋敷や、2頭だての豪華な馬車だって買えるだろう」
「そっか……」
「どうした?」
「あ。いや、すぐにお金がもほしかったなと思ったんだ。街の人が怖いめにあったし、兵士も頑張ったし、酒でも買って配って『宴会だ! どん!』ってやりたかった」
「昼前から宴会はどうかと思うが……。いや、いいだろう。それは私が立て替えておこう。ワイン商の伝手はないから、マルシャンディに相談してみる」
「ありがとう」
「な、なに。ふ、夫婦なら、当然のことだ……」
……やはり、夫婦って言っているよな。
ただ、これ、俺の思考が日本語だから『夫婦』って認識しているが、実際にはフランス語のクープル、もしくは英語のカップルに相当する単語だ。
どういうことかというと、クープルやカップルは夫婦という意味だけでなく、恋人同士や単なる『ふたり1組のペア』という意味にもなる。
つまり、シャルロットは「ひとくみのペア」と言っているだけの可能性がある。さらにいうと、フランス語では『猟犬を2頭ずつつなぐ革紐』も、クープルという。そこから『紐でつながれた1組の猟犬』という意味にもなっている。
だから、もしかしたら俺とシャルロットで『1組の戦士』だから夫婦と言っている可能性がある。
くっそめんどくせえ……!
異世界翻訳機能のバグだろ、これ。
どれくらい距離を詰めていいか、分からん……!
彼氏気取りでぐいぐいいっていいのか?
「報奨金が貰えないなら、モンスターを倒す意味はないのか? でも、冒険者ギルドはあるんだよな?」
「ああ。冒険者ギルドは、素材の買い取りをしている。牛頭巨人の角は少し加工して持ちやすくするだけで強力な槍として使えるから、かなりの高額になるはずだ」
「あ。なるほど。お金儲けがしたければ、冒険者ギルドに素材を持って行けばいいんだ」
「そういうことだ。牛頭巨人の舌や頬肉を欲しがっている人がいるなら換金できるだろう。ちょうどタイミング良く好事家が依頼を出していればだが……。通常、そういった珍品は、依頼を受けてから獲る」
つまり、あれだ。
日本で、鹿や熊といった害獣を狩って自治体から報奨金を貰いつつ、肉をジビエとして売って小遣いを稼ぐ感じか。
「なるほど。モンスターの死体をまるごと持って行く必要はないのか?」
「ものにもよるな。私は冒険者として経験が浅いからあまり詳しくはないが、毒タイプのモンスターなら全身が売れる。血や脂肪が、薬そのものや薬の材料になるからな。逆に、一部しか売れないわかりやすい例が、牛頭巨人だ。角以外に使い道はない」
「10体も狩っちゃったな……」
「ああ。出てきたモンスターホールに捨てるしかない」
モンスターホールは地属性の魔法使いが埋めるのだが、どういう仕組みかは分からないが、土獣タイプのモンスターを穴に放りこむと、早く塞がるらしい。
「モンスターホールが開いた位置は分かるし、あとで死体を片付けるよ。宴会の手配と王国への討伐済み申請は頼む。あ。その前にサフィの服と靴と、(小声)パンツ(小声)を買ってあげてくれ」
「分かった」
「(小声)パンツ(小声)」
「念押ししなくても聞こえてる」
ということで、俺はふたりと別れて牛頭巨人の死体を穴に捨てることにした。
シャルロットとサフィは討伐済み申請や、服や靴の購入だ。