闇夜
標的は1人。付近に活動する魔力は無く、辺りは夜闇に包まれている。装備と体調の状態は良好。問題なく、殺れる。扉を開き、部屋の奥に眠る「転生者」の元へ歩み寄る。そっとその首筋に手を当てると、眠っていた転生者はすぐに目を覚まし咄嗟に魔力で身を守ろうとした。しかし、次の瞬間転生者はカクンと倒れた。死んだ。殺した。その皮膚には血が滲んでいた。
転生者とは、その呼称の通り"転生"した者のことだ。その仕組みについては様々な仮説があるようだが、彼らがこの世界とは違う世界の記憶と、理を超えた力である”異界異能”を有していて、彼の仕事にはそれだけが重要だった。彼はシュウという、トゥテル王国のとある貴族お抱えの暗殺者である。当然、彼が転生者を殺すのは王の命令のためだ。ここ数十年ほど、世界中の転生者の誕生数が大きく上昇しており、それが災いを招くというのが王の思想だった。シュウの暗殺者としての経験はそこそこ長く、今更暗殺自体を躊躇することなどない。彼はあまり学がなく、その思想の真偽など微塵も分からない。だが、この"転生者狩り"は、これまでの有意義だと確信して行った暗殺とは違った。転生者の偉業はシュウの耳にさえ届くほどで、王に敵対する転生者の話は聞いたことがない。しかし、王は殺せと言った。芽生えかけた罪悪感と疑念を、2度目の生を、恵まれた生を与えられた彼らへの嫉妬や羨望で心の奥へと押し込んだ。
日が昇る前にシュウは拠点の宿に帰り、ちょうど今貼り出された掲示板を眺める。その中央近く、比較的目立つ位置に貼られた転生者の連続怪死というニュースが目に入った。彼もそろそろだろうと思っていたが、やはり"転生者狩り"が知られ始めている。転生者たちは賢く強い。警戒されればシュウといえど安全に仕事を遂行するのは難しくなるだろう。その日の昼、シュウの教官であり相談役の男に呼び出された。相談役は既に"転生者狩り"が知られつつあることを把握し、腕の立たない暗殺者を強い転生者に当てて返り討ちにさせ、1度事件の解決を演出すると言った。シュウは頷いた。また、警戒をさせないためにシュウはしばらくの間このトゥテル国では暗殺を行えないとも言った。そして相談役は顎に手を当てて"転生者狩り"の今後に関する計画を練って最後に言った。
「そういえば、トゥテルの東方、リエル森林の奥に転生者の住む、転生村とかいう村があるとか。ストラテス王はその噂を大変気にかけていらっしゃった。せっかく時間ができたのだから、赴いてみてはいかがでしょうか。あの森は険しいですが、魔力隠蔽の得意なあなたなら問題なく着けるでしょう。東門から真っ直ぐに向かうだけですから。」
これは進言ではなく命令だと、シュウはすぐに理解した。そしてほんの少しだけ、安堵した。それが暗殺を他人に見られる可能性が低くなるからか、ストラテス王から離れられるからかは彼自身にもわからなかった。シュウは早くもその夜にトゥテルを発った。支給された《走力強化》の術札を用いて木々の間を抜け、リエル森林に跋扈する魔物は極力避けて戦闘時も消耗を最小限に抑えた。丸一日走り続け、深い夜闇の中に灯が見えた。こんな危険な森の中にある村など1つしかない。
転生村だ。