第1話 つかの間の一時
「はぁはぁ……何とか無事に通路へ逃げ込めたわけだが……」
息も絶え絶えに瑛士が壁にもたれ掛かって座り込むと、心配そうな顔をしたルリが声をかける。
「ご主人、大丈夫かのう? まさかこんなことになるとは思っておらんかったのじゃ」
「ルリのせいじゃねーよ。まあ、もう少し早く教えてほしかったが」
肩を落として落ち込むルリを見て、瑛士が声をかける。すると、彼女の肩に手を置いた音羽が優しく声をかける。
「ルリちゃん、そこまで落ち込む必要はないわよ。みんな無事だったわけだし、瑛士くんが読書魔法を自分から使えることもわかったわけだし」
「あのな……さっきは緊急事態だから使っただけだぞ」
「まあいいじゃない。この先は何が起こるかわからないし、おそらく目的の八階層は何か異変が起こっていそうだしね……」
暗闇が広がる通路の先を見つめ、険しい顔で口を開く音羽。ただならぬ雰囲気を感じ取った瑛士は顔を上げると、暗闇に鋭い視線を向けながら話しかける。
「その様子だと何か感じるものがあるようだな?」
「ずいぶん意地悪な質問の仕方ね? 瑛士くんも気が付いているんじゃないの?」
笑みを浮かべた音羽が聞き返すと、小さく息を吐いて瑛士が口を開く。
「気が付かないと思っているのか? あからさまに異様な魔力の高まりがあるし、おそらくその中心にあるのは、ルリの探し物だろうな」
「な、なんじゃと? わらわの探し物がモンスターどもに囲われておるのか?」
話を聞いていたルリが驚いた表情になり、大声で叫ぶ。その姿を見た瑛士は真剣な声で答える。
「ああ、十中八九間違いないだろうな……ぼんやりとだが、何かを守るように固まっているように感じる」
「な、なんということじゃ……今までそんな現象は一切起きておらんかったのじゃ……」
話を聞いていたルリが目を見開き、信じられないといった表情で呟く。その姿を見て、今度は音羽が口を開く。
「これはあくまでも私の推測だけど……おそらく別の何かが動いている気がするわ。まあ、間違いなく飯島女史が仕掛けたことだとは思うけど」
「そうだな。俺も同じ考えだ……たしかにモンスターどもが群れで行動する事象はこれまでも見受けられた。だが、あくまでも自分たちに危害が及ぶときに限ってだ。今回みたいに何かを守るとか、物に執着しているというのは考えにくい」
真剣な表情で語る瑛士と音羽。彼らが言うように迷宮のモンスターにはある一定の共通項があった。それは自分たちのテリトリーに侵入することと、危害を加えようとしていることの二つだ。当然、迷宮を訪れるものはモンスターからしたら侵入者でしかない……そのため、排除しようとするとき、考えられないほどの連携を発揮することもある。中でも五階層の鉄牙狼の集団は、連携に関してはほかの階層とは比べ物にならない。狼という種が持つ群れで行動するという本質的な性質が大きいのだろう。
「うむ。二人が言う通り、アイツらの連携は本当に見事じゃった。エリアボスをリーダーとして、子分たちの連携も目を見張るものがある……どうやって意思疎通をしておるのか謎じゃが、我らも見習うことが多いのう……」
顎に手を当てながら呟くと、床に座り込む瑛士と少し離れていたルナに視線を送る。
「あ? ルリ、俺とルナを交互に見なかったか?」
「キュー?」
視線に気が付いた瑛士とルナがほぼ同時に声を上げると、わざとらしく大きなため息を吐くルリ。
「はぁ……なんでこういう時に限って、息がドンピシャなんじゃろうか……」
「は? どういう意味だよ。こいつと息を合わせるわけがないだろ」
「キューキュキュキュ」
「あ? なんで合わせないといけないんだ。お前が合わせるのが筋だろう……ってこいつは……」
ルナの煽りを受け、瑛士が睨みつけると再び空中で火花が散り始める。その様子を見たルリが呆れた表情で音羽に話しかける。
「のう、音羽お姉ちゃん……この二人を見てどう思うのじゃ?」
「どう思うって……ここまで息がぴったり合うコンビもなかなかいないと思うわよ。まあ、相性は最悪を通り越しているけど」
「じゃろうな。もう少しお互いに仲良くしてくれたら、いろいろとやりやすいのじゃが……」
「うーん、それは無理じゃない? 瑛士くんもプライドだけは高いし」
音羽がわざとらしく声を大きく言うと、耳に届いた瑛士が睨みつけながら話しかける。
「あ? 誰がプライドだけは高いって?」
「聞こえちゃったかしら? 昔から瑛士くんって頑固だし、妙なこだわりを持っているじゃない」
「やかましいわ! こだわりだったらお前のほうが強いだろ……妙に執着心も……」
「え? 何か言ったかしら?」
瑛士が思わず口を滑らせそうになると、笑みを浮かべたまま目を細める音羽。彼女から鋭い視線を向けられ、急にトーンダウンする。
「い、いえ……何でもないです……」
「そう? 何ならゆっくり話す時間を作ってもいいけど?」
「あ、いや……大丈夫です……」
音羽から向けられる圧力にいつの間にか瑛士は床に正座し、額から滝のような冷や汗を流していた。そんないつもの光景を見ていたルリが思わず失笑したとき、奥のほうからすさまじいうなり声が響き渡る。
「ウガァァァァ!」
「なんじゃ? 今の鳴き声のようなものは?」
一瞬で通路内の空気が緊張感に包まれる。
突然響き渡った唸り声の正体は何なのか?
最後に――【神崎からのお願い】
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