第1話 忘れ去られるエリアボス
「で、いったい何があったのか説明してもらいましょうか?」
五階層のフロアーに凍てつくような音羽の声が響き渡る。彼女の前には地面に正座させられた瑛士と、四つ足を揃えて座るルナと翠の姿もあった。
「えーっと……説明しろと言われても、何のことか……」
「キュ、キュ……」
苦笑いを浮かべた瑛士とルナが顔色を窺うように視線を向けた時だった。
「は? 何のことかわからない? 笑えない冗談ね……本当に心当たりがないというのかしら?」
凍てつくような視線が瑛士とルナを貫き、何も言えずに固まってしまう。異様な空気に包まれる中、遠巻きに見ていた鉄牙狼率いるモンスターたちが唸り声を上げながら近づく。
「グルルルル」
モンスターたちの気配を感じ取った音羽が鋭い目で睨みつけると、殺気だった声で一喝する。
「あ? こっちは取り込み中なんだから、静かにしていなさい!」
「ク、クーン……」
あまりの迫力に押され、モンスターたちの威勢は消えてその場に立ち尽くしてしまう。すると、さらににらみを利かせた音羽が追撃の言葉を放つ。
「なに? その不満そうな目は……アンタらに構っている時間はないの! 邪魔するって言うのなら……一瞬でフロアーごと消し炭にすることもできるけど?」
「キャン、キャン!」
身も凍るような発言を聞いて、真っ青になって顔を勢いよく左右に振る鉄牙狼と取り巻きの狼たち。その様子を音羽の隣で見ていたルリが思わず呟く。
「……音羽お姉ちゃんがいればわらわたちは見ているだけでよさそうじゃのう」
「ん? ルリちゃん、何か言ったかしら?」
呟きを聞いた音羽が笑顔で問いかけると、両手を大きく振りながらルリが声を上げる。
「な、何も言っていないのじゃ! 鉄牙狼を従える音羽お姉ちゃんはすごいのじゃと思っただけなのじゃ」
「そう? まあ、ちょっと大きい犬みたいなもんだし……ちゃんとしつけないとね」
さも当然のようにとんでもないことを言う音羽を見て、口を半開きにしながらあきれるルリ。
「ははは……普通の犬とはちょっと違うのじゃが……」
呆然と立ち尽くすルリのことなど気にする様子も無く、瑛士たちに向き直ると再び低いトーンの声で問いかける音羽。
「じゃあ、質問の内容を変えましょうか……私たちを通路で足止めしていた時、四階層で何があったのかしら?」
「……えーっと、特に変わったことは何もなかったというか……」
「ホントに何もなかった? 私の目を見て同じことがいえるのかしら?」
瑛士たちに向かって歩み寄ると、彼の目前まで顔を近づけて問いかける。その圧力は先ほどの比ではなく、フロアー全体の空気が凍り付く。瑛士たちの後ろにいる鉄牙狼をはじめ、全員の体が震え始める。そんな空気の中、翠だけは呑気に欠伸をしていたのだが……
「ねえ? さっさと吐き出してしまった方が楽になると思わない?」
満面の笑みを浮かべた音羽の問いかけを聞き、全身を震わせながら聞き返す瑛士。
「それは……どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味よ。素直に話してお仕置きを受けるか、後ろのワンちゃんたちと一緒に私に叩き潰されるのがいいか……好きな方を選ぶといいわ」
「それって、どっちにしろ俺にメリットはゼロだよな? 結局お仕置きされるだけじゃないの?」
話を聞いた瑛士が悲痛な叫び声を上げると、音羽が顔を傾げながら話を続ける。
「え? 全然違うわよ。前者はちょっと病院送りになるかもしれないだけ。後者は……この世の狭間にある川の向こうで誰かが手を振っている景色が見えるだけよ。あ、打ち所が悪かったら前者でも見学できるかもしれないわね」
「お、お前な……それは選択とは言わないんだぞ……」
真っ青な顔になった瑛士が絞り出すように声を上げると、何かを思いついた音羽が手を叩いて声を上げる。
「そうだ! どっちがいいか考える時間も必要よね……それに、ルナちゃんも何か言いたそうな顔をしているし……よく話し合う時間をあげましょう!」
「キュー! キュキュ」
言葉を聞いたルナが大きな鳴き声を上げ、激しく顔を上下に動かす。その様子を見た瑛士が思わず呟く。
「コイツ……今まで自分は関係ないですって顔をしていたくせに……」
「キュ? キューキュキュキュ!」
「は? 元をたどればお前が結界なんか張って足止めするからこうなったんだろ……だと? お前だって賛成していただろうが!」
「キューキュキュ」
「俺は何も知らない、気が付いたら結界の外にいただけだもん……って、この野郎……なんで、自分は被害者ですって顔をしているんだよ!」
問いかけに対し、顔をそっぽに向けるルナ。その様子を見た瑛士の怒りが頂点を突破する。
「ふざけんな! だいたいお前が絡むといつも碌なことが起きないんだよ!」
「キュー、キュキューキュキュ」
「あ? それは日ごろの行いが悪いからだろ。そもそも、四階層の止めを刺したのはお前だろうが……俺は何が起こったのか知らんし、じゃねーんだよ」
「キュー?」
怒り狂う瑛士に対し、目を丸くして可愛らしく顔を傾げて見せるルナ。
「だって、何もわからないんだもん……って、そんなわけねーだろうが! お前には元に戻った後、何をしたかちゃんと説明しただろうが! こんな犬どもよりももっと厄介な……」
「へえ? もっと厄介な何かしら? 詳しく聞きたいところね?」
我に返った瑛士が顔を上げると、いつの間にか立ち上がって腕を組み、笑みを浮かべた音羽が見下ろしていた。しかし、その眼は全く笑っておらず、正確に瑛士とルナを射抜いている。
「あ……えっと……これは……」
瑛士の頭から滝のような汗が流れ、顔色はどんどん青くなる。
彼はこの難局を無事に切り抜けることができるのであろうか?
最後に――【神崎からのお願い】
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