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俺は彼女を抱くわけにはいかない  作者: 生出合里主人
第五の試練 俺はヒロインを抱くわけにはいかない
26/66

26 幸運の星

 夜八時、流星観測が開始された。


 流星観測は三十回目という大ベテランの小平先生いわく、出現数は一時間当たり六十個に達するらしい。

 もう流れ星を見ても、悠長に願い事を唱えている暇はない。


 流星は前触れもなく流れるし、走り去るのは一瞬だ。

 なんとなく見えたような気がしても、長さ・明るさ・色などを把握していなければ記録のしようがない。

 しかも流星は、視界の真ん中を通ってくれるとは限らない。

 しばらく出現しないこともあれば、同時に複数流れる時もある。


 観測者は常に集中していなければならないわけだが、何時間も夜空を見つめていれば飽きてくるし、考え事に気を取られてしまうことだってあるだろう。

 だが流星が見えやすいのは、月が西の空に沈んで辺りが暗くなる午前一時以降なのだ。

 どれだけ流星を記録できるかは運もあるが、最も肝心なのは観測者の忍耐力なのである。



 歩夢は感覚的に記録していくだけなので正確性に自信が持てなかったが、それでも執念を燃やして観測を続けていた。

 しかし前夜興奮して眠れなかった歩夢は、強力な睡魔に襲われる。

 目の前がボーっとしてくるたびに、歩夢は激しく首を振り、まぶたを限界まで大きく開く。

 それでも午前零時を過ぎた頃には、意識が断続的に飛んでいた。


 睡魔はやすやすと勝利するかに見えた。

 しかしそんな睡魔に対抗できるだけのモチベーションを、歩夢は持っていた。


 場所は離れちゃったけど、真理愛先輩が同じ場所で同じことをしている。

 それだけでも十分、俺は運がいい。

 この時間が、ずっと続けばいいのに。



 東側の空がほんのりと明るんできた頃、歩夢は半分ぼやけた意識の中で、流れ星がボワッと膨らんでから消えていったような気がした。


 寝袋を出て部員たちに聞いて回っても、小平先生に確かめても、誰も見ていないと言う。


 しかし瞳をらんらんと輝かせた真理愛が、寝袋から飛び出してきた。


「爆発流星だわ! いわゆる火球、ファイヤーボールよ! 大気圏の低い所で燃え尽きたんだわ! わたし生まれて初めて見た! 日比野君も見たの? やったわね!」


 子供のようにはしゃぐ真理愛は、歩夢に駆け寄って軽くハグをした。


「あふっ、先輩、あの……」


 突然すぎて驚きすぎて、歩夢は遠慮することができなかった。

 淡い石けんの香りが、全神経を惑わせる。

 眠気が一気に吹っ飛んで、体がマグマを噴き出しそうなほど熱くなった。


「わたしと日比野君だけが爆発流星を見たのね。わたしたちは火の玉仲間よ」

「はいっ。俺は火だるまです」

「えっ、日比野君自身が火だるまなの? でも、なんとなくそんな感じもするわね」


 部員たちから笑いが起こったが、歩夢はバカにされているとは感じなかった。

 真理愛がもたらした柔らかな感触の余韻が、歩夢をしばし恍惚とさせる。



 夜が明けた。

 東の空がだいぶ明るくなっても、等級の高い流星は流れていく。

 それもまた美しい。

 なぜなら明るいだけではなく、それが終末の流れ星だからである。


 朝方まで継続的に記録を続けたのは、歩夢と真理愛だけだった。

 歩夢の記録数は百九個。

 天体図に書き込んだ「爆発」という言葉を見返して、歩夢は一人ほくそ笑む。


 歩夢の天体図をのぞき込んだ黒部は、目を見張った。


「ひ、日比野君、すごいよ。記録数、一番多いじゃない。ぼ、僕なんて、半分しか記録できなかったよ」

「いや、単に夜に強いってだけだ。それに黒部のほうが、記録が丁寧じゃんか」

「な、なら僕たち、二人そろえば、いい活動ができるかもね」

「あぁ、そうかもな」


 歩夢はいつもウザいと思っていた黒部が、今は不思議と親しく感じられた。



 空全体を支配していた闇が力を失い、真っすぐに伸びた直射日光が山の斜面に光の道をしるしていく。


 観測結果を確認し終えた部員たちが、あくびをしながら一ヶ所に集まってきた。

 運んできた弁当で朝食を取るためだ。

 しかし手早く弁当を配る宝蔵院の手が触れ、歩夢は反射的に弁当を落としてしまう。


「あっ、すいません……」

「なんだ貴様、わたしの手が汚いとでも言うのか」


 落ちた弁当を無言のままウェットティッシュで拭いている歩夢に対し、宝蔵院は目をつり上げた。

 歩夢の唇はなにか言おうと震えているが、言葉はいつまでも出てこない。


「宝蔵院、日比野は潔癖症なんだよー。しょうがないじゃんか~」

「キモッ。貴様になど、わたしのほうが触りたくないわっ」


 不満げな宝蔵院の肩に、真理愛がそっと手を置いた。


「宝蔵院さん。日比野君はね、自分のことを汚いと思っているのよ。だから自分が触れることで、宝蔵院さんを汚したくないの。それだけ宝蔵院さんのことを大事に思っているのよ」


 歩夢は目を丸くして真理愛の顔を見つめた。

 前に突き出された真理愛の手が、歩夢の反論を食い止める。

 二人を見比べた宝蔵院は、不思議そうに首をかしげた。


「いまいち理解できないが、どうやらわたしは言いすぎたようだ。日比野、悪かったな」

「いえ……じゃあ、腹切り、してくれるんですか?」

「貴様、調子に乗ってるとたたき斬るぞっ」


 宝蔵院が振り下ろしたエア日本刀に合わせて、自分が斬られて倒れるふりをしてしまったことに気づいても、もう取り返しがつかない。


 真理愛は幼い子供のように、黄色い声を上げて笑っていた。

 その笑顔を、昇ってきた御来光が照らしている。

 鋭利な閃光でさえ、真理愛が生み出す朗らかな温もりにはかなわない。



「高良先輩って、何者なんですか?」

 みんなで並んで御来光を眺めている時、歩夢は思わず質問し、そして赤くなった。


「わたし? わたしは遠くの星から日比野君を救いに……じゃなかった、わたしは日比野君に救ってもらいに来たの」

「えっ、俺が、先輩を救うんですか?」

「でも責任感じたりしないでね。もう十分救ってもらってるから。あっ、流れ星っ。御来光と流れ星がいっぺんに見られるなんて、すごいラッキーだわ。なんか奇跡が起こっちゃうかも~」


 奇跡は、あなた自身だ。


 俺はあなたに幸運を与える一筋の流れ星になりたい。

 もしもその願いがかなうなら、一瞬で燃え尽きても構わない。

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