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エピローグ 1   その後の日々

 結界強化が無事終了して半年。

 世界は何事もなかったように平穏な日々を取り戻していた。


 庶民にとって重要なのは天候が回復することで、結界強化は聖女や神官たちとラングリッジ騎士団が、当然成功させるものだという意識が強かったようで反応が薄かった。

 それより住む家や明日の食事の心配のほうが強かったのかもしれない。


 天候回復を祝うお祭り騒ぎをしたばっかりだし、派手なお祝いをするお金があったら、復興に使えよって話よね。

 それで凱旋パレードはなしになり、結界強化に(たずさ)わった人たちへの慰労とお祝いを兼ねた宴の席が設けられただけだった。


 王族もラングリッジも、これ以上クレイグや私に注目が集まるのは避けたかったのでちょうどいい。

 アリシアもしばらくのんびりとした生活をしたいって、国王にお願いしていたもんな。

 このまま巫子も聖女も人々の話題にのぼらなくなって、そんな人がいたっけって思われるのが理想だわ。


 それよりも国が発表した補助金や仮住居のほうがよほど注目を集め、責任者を任された王太子が一気に注目を集めることになった。

 貴族には、そのアイデアを出したのが私だという話が伝わっているので、いろんなところからいろんな招待をされたけど、しばらく休息が必要だという理由で全て断った。


「社交なんて必要ない。レティはバイエンスの復興を第一に考えるべきだ、このままラングリッジにいてくれ」

「いるわよ。神獣様のところに行くたびに兄には会えているんだし、王都に用事なんてないんだから」

「さんざん怖がっていたくせに、今になって婚約者のいるレティを口説こうなんて、かたっぱしから消してやろうか」

「口説かれていないってば」


 すぐに結婚するぞと息巻いていたけど、クレイグの思い通りにはいかなかった。

 国王の息子である公爵と神獣の巫子の結婚式を、身内だけで簡単に……なんて出来るわけがなかった。

 呼んでもいないのに世界中から来賓が集まってくるんだって。

 復興のための物資の調達は他国に頼るしかないから、断るのはさすがにまずいからって国王や大臣たちに頭を下げて頼まれたらやるしかないでしょ。

 結界強化成功より、私たちの結婚式のほうがよっぽど派手なイベントになってしまいそうよ。


 そして今日は、マクルーハンの一族と織物関係の工場や商会の人たちが、ラングリッジに引っ越してくる日なの。

 すでにサラスティアがラングリッジ側の事業責任者と迎えに行ってくれている。

 眷属たちには、いつもいつも助けてもらってばかりで、どうやって恩返しするか困ってしまう。

 結婚式が派手になるのも、実はそれも理由のひとつなの。

 私の結婚式なんだからって特にサラスティアが楽しみにしていて、派手にやりたいんですって……。


 いや、それより今は新事業の話よ。

 話を持ち掛けてからすでに半年近く、ようやくここまでこぎつけたんだから。

 信頼してもらうまでにも時間がかかったし、平民になったマクルーハン一族の人達のプライドの問題もあった。

 でも商社を立ち上げて雇用主と労働者という関係を作ったことで、元貴族と平民が互いに付き合いやすくなったみたい。


 私たちは土地を貸し出すだけで、必要以上に彼らに関わる気はないの。

 領民に仕事が増えればそれでいい。


「住居の準備が整いました」


 報告を受けたクレイグが、図面を手に指示を出している。

 今日は軍服ではなくて、若い商人に見えなくもない私服姿だ。

 上質だけど華美ではない服装は、男らしい顔立ちのクレイグによく似合う。


「転移してくるよー!」


 ブーボが先に転移して来て知らせてくれた。

 ここは織物工場を建物ごと移転する場所だ。

 冒険者が多い町の中心から少し離れた位置にあり、区画整理や道の整備を終えて、緑豊かな環境のいい土地になっている。


 騎士や公爵家で働く人たちの住居が多い地域にも近いので、工場で働く人たちの仮住居はその地域に建設したのよ。

 なんて言ったって治安がいいし、託児所もあるしね。


 でも、引っ越してくる人たちにばかり美しい街並みの新しい住まいを貸し出したら、昔からこの土地に住む人たちから不満が出るでしょう?

 だから私の個人財産をほとんど使いきって、賃貸集合住宅をいくつか建てたの。

 結界強化が成功したってことは魔獣の数が激減して、冒険者の仕事がなくなるってことだからね。

 街を作るという大事業でいろんな仕事を作って、新しい仕事に就いた人たちを応援しなくちゃ。


「レティ、来たようだ」

「ええ」


 ラングリッジは今日も快晴。

 あれから雨も降ったし曇りの日もあったけど、植物って強いのね。

 たった半年でもひび割れてむき出しだった地面が草に覆われて、道の両側に植えた木は着々と育ち、花壇では花が咲いている。


「……まあ」


 悪天候が続く土地にいまだに暮らしていたマクルーハンの人達は、転移して来てすぐに周りの景色を見回して息を呑んだ。

 特に若い人たちは、空の青さや花の鮮やかさに驚いているようだ。


「本当にここで暮らせるんですか」

「ああ、そうだ。空はこんな色だった」


 彼らの姿は、天候が回復した日に見たこの土地の人たちの姿と同じだ。


「ラングリッジ公爵閣下、神獣の巫子様、いろいろとありがとうございます」


 マクルーハンの当主とは何度も顔を合わせているし、彼はこの地にも何度か足を運んでいる。

 ここにみんなを連れてこられる日を、楽しみにしていた。


「これから大変なこともたくさんあるだろう。何かあったらいつでも相談に乗る。ともに領民たちのために頑張ろう」

「はい。……はい」


 クレイグの言葉に感激して泣きだす人たちの様子に、私までもらい泣きしてしまいそう。

 でも同情や親切で彼らの引っ越しを決めたんじゃないから、仕事はしっかりとやってもらって、いい商品を作って稼いでもらわなくちゃ。

 私が使ったお金は、返ってくると思っているんだからね。先行投資よ。


「あ、神獣様だわ」

「ええええ」


 恐怖さえ感じて慌てて跪くマクルーハンの人達に比べて、ラングリッジの人間はすっかり慣れ切っちゃって、すっと(ひざまず)いて、すぐに立ち上がって自分たちの仕事に戻っていく。


「神獣様も眷属も、基本放置でいいからね。仲良くなったらモフらせてくれるかもよ?」

「モフ……?」


 マクルーハンの当主は真面目そうだからなあ。

 当分は緊張して近付けないかもね。


「神獣様、フルン、こっちに来るのは珍しいですね」


 ここから先はクレイグや専門家に任せて、私は神獣様とお話しよう。

 なにしろ神獣の巫子なんだから、最優先は神獣様のお相手よ。


「最近、バイエンスにいないではないか」


 神獣は周りに知らない人間がたくさんいるせいか、ぴしっと前足を揃えて座っている。

 尻尾をぺたんぺたんと地面にぶつけているということは、ご機嫌斜め?

 

「拗ねている」


 フルンが隣に来て小声で教えてくれた。


「明日からバイエンスに行きますよ」

「そうか。それで神殿を建てる土地は決まったか?」

「本気だったんですか!?」


 バイエンスでも生活できるように神殿の別館を作るって神獣様が言い出したのよ。

 いいの? それ。

 いや、神獣様がいいならいいんだけどさ。

 王都にいなくちゃいけない理由なんてなさそうだし。


「兄はなんて言っているんですか?」

「両方の神殿を自由に行き来できるようにすると話した。そうすればレティに今より会いやすくなるだろうと」

「それで納得しちゃったの?」


 そういえば、クロヴィーラ侯爵家のあの屋根裏部屋は今は倉庫になっているんだけど、そこから見下ろす中庭の風景がすっかり変わっていてびっくりしたわ。

 喪中ということで屋敷に籠っている夫人が、ガーデニングにはまっているおかげですっかり華やかになっていた。

 これからも彼女に関わる気はないけど、あの人も初めて会った時とはだいぶ変わった。


「レティ、神獣様とバイエンスに行くのか?」


 近付いてきたクレイグの腕を取って寄り添って、真っ青な空を見上げた。


「いいえ。今日は一緒に彼らの門出をお祝いしなくちゃ」

「ああ、そうだな」


 女神のペンダントのおかげで、闇属性の魔力は綺麗さっぱり消えてしまった。

 もう魔力吸収も必要ないし、バフもいらない。

 でもクレイグは私を必要としてくれて、ラングリッジの人々はすでに私を公爵夫人として接してくれる。

 人のあまりいない土地で、神獣様とのんびり過ごそうと思っていたけど、今はこの土地のためにクレイグと一緒に生きていきたいと思う。 

 

 風景が変わって、人々の表情も変わって。

 私自身も、この世界に来た当初とは変化していて。

 でもきっと今までと同じような問題がこれからも起きて、悩んだり泣いたりするんだろう。

 それでも私を愛してくれる人たちがいるこの世界で生きていける日々が、これからも続いていくことが嬉しいと思えるから。


 少しだけ女神に感謝している。

 私をこの世界に連れてきてくれてありがとう。

 結界強化の日から一度も話しかけてこないけど、きっと見守ってくれているわよね。




次で完結です。

続けて更新します。

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