結界強化 2
本能で生きている獣にとって、相手の強さを正確に把握することは重要なことだ。
神獣の咆哮を聞いただけで離れた場所にいた魔獣もびくっと動きを止め、特に猛獣や動物だった魔獣は逃げ出し始めた。
「追え! 逃がすな!」
「第一部隊の半分は討伐に向かえ。残りは眷属の補佐に回れ」
ラングリッジの騎士たちは眷属とも顔見知りだから、こういう時に動きが鈍らないけど、応援に来ていた部隊はもう駄目ね。
魔道士と神官の護衛だから比較的安全な位置にいるのに、展開について行けずに立ち尽くしていた。
魔獣との実戦を経験していない人間に、この場で臨機応変に動くのは無理だ。
血の匂いと魔獣独特のにおいが充満し、指示を飛ばす指揮官の声に混じって耳をつんざく鳴き声が響く。
バフをしていても怪我人は出るので、血に染まった騎士が救護室に運ばれていく様子も恐怖を搔き立てるようだ。
戦闘時にぼんやりしている人間を気にする暇はない。
障害物になっている人間は怒鳴りつけられ腕力で押しやられ、よろめいて転んだ先は血に染まった大地だ。
優秀な神官が揃っているから、怪我人は回復してもらったらすぐに飛び出していくんだけど、動揺している彼らは、元気になった騎士の姿は目に入っていない。
ほんの数分前に体を切り裂かれて、回復してもらったからってすぐに戦場に復帰する騎士の神経もちょっとおかしいとも思うしなあ。
私もそっちの人間だけど。
「魔力を」
「ほい」
敵の数が増えたので、魔力を使い切った人が増えてきた。
私が魔力供給するのはメインの人達だけなので、他の人はポーションを飲みながら交代での攻撃だ。
「どのくらい?」
イライアスはだいぶ慣れたとはいえ、まだ気持ち悪くなるのよね。
ガンガン魔力を供給されて、どんどん魔法を使っている大神官と聖女は他の人から見たら化け物らしい。
「満タンで」
ガソリンスタンドの従業員になった気分だわ。
「ポーション持って、相手を選んで攻撃して。バフがそろそろ切れるから」
「了解です」
次から次へと魔力供給をするために、魔力を奪われた魔晶石がどんどん砕かれて足元に積もっていく。
待機所に薪のように積み上げていた魔晶石は、あとどれくらい残っているんだろう。
三人もその運搬専属がいるのに、消耗する速度に追いつけなくなってきていた。
「右手! また魔獣です」
「左手も!」
なんでそんなに魔獣がいるの?
両側でもう二十体以上倒しているはずでしょう。
「オグバーンは金があったからな。他国から生きたまま動物を買って魔獣にしていたのかもしれない」
指示を出す合間にクレイグが答えてくれた。
「まさか、お茶はそのために?」
「そうかもな。だが大丈夫だ。神獣様がいてくださるおかげで、元は人間だった者以外の魔獣は動きが鈍い。討伐が楽になってきた」
会話をしているからって、私やクレイグがさぼっているわけじゃないわよ。
クレイグの周りには伝令が絶えず報告に来るし、クレイグも大声で指示を出している。
私だってバフをかけたり魔力供給したり、片手は常に魔晶石に触っているような状態よ。
神獣様がいてくれてよかった。
人間から変化した魔獣はあまり数がいないようで、アリシアにバフをしてもらうのは一度で済んだ。
「レティシア!!」
様々な音にかき消されないように、ひび割れた声でオグバーンが叫んだ。
元気だなあとちらっとそちらを見たら、もう神獣はオグバーンを踏んでいなかった。
「動けなくしておけばいいんですから、あんな汚い物を踏んじゃ駄目ですよ。肉球を拭きましょう」
「こいつ、体がぼろぼろだからすぐに死んじゃったらつまらないわ。魔法で動けなくして痛みは感じる程度に回復して、しばらく放置しましょう」
アシュリーが神獣の足を布で磨いて、サラスティアはポーションをオグバーンの傷口に振りかけている。
あそこだけのんびりしてるわね。
まだ騎士団を手伝ってくれているのはフルンだけだ。
しかたないんだけどね。
女神と同じで神獣や眷属も、あまり人間には関わらない。
結界強化がうまくいかなかったら、それは人間の自業自得だろう? というのが彼らの考え方だ。
ただ私が頑張っているから、まあしょうがないから手伝うよってだけだもんね。
「全員道連れだ! 俺を認めない世界など滅べば……」
がつんと音をさせて、サラスティアがポーションの瓶でオグバーンの頭を殴った。
あの瓶すごいな。割れないんだな。
「右手、魔獣七体! 三体が人型です!」
「まだいたのか!」
まずい。もうアリシアのバフは切れているし、そっちにいるのはクレイグの部隊じゃない。
「突破されました!」
「あいつら結界に!」
敵に突破されたのは、守備の手薄な結界近くだった。
私やアリシアを守る陣形をしていたから扉前は手薄だったし、そもそも闇属性の魔力の濃度が高すぎて人間を配置出来なかったのよ。
そうじゃなくても今日この場にいる人間全員が、魔力吸収の対象なんだから。
「魔法を打て!」
「神官は全員、攻撃!」
彼らの動きが見えるように、前にいる人を押しのけて結界の方向に移動する。
「まさか」
「扉を開けようとしている」
クレイグもすぐ横まで来ていた。
「前に立つな! 巻き込まれるぞ!」
「魔力が残っている者は攻撃! はずすなよ!」
大神官とイライアスを中心に強力な魔法が三体の魔獣に降りそそいだ。
さすがにそれだけやられれば魔獣は跡形もなくやられてしまったけど、僅かな隙間に爪を食い込ませて引き開けていたところに、強力な魔法の刺激を受けたせいか扉が少し開いてしまった。
「魔力が……」
扉の隙間から、黒い靄のようなものがゆっくりと滲みだしていた。
あまりに濃度が濃いために、魔力が煙として目で見えてしまっているのだ。
「まずい」
「結界が破られた?」
あの煙に触れたら、人間は間違いなく魔獣化するか死んでしまう。
だから誰も動けず、どうすればいいのか指示も出来ない。
でもやることはひとつよ。
開けたなら閉じるしかない。
木刀で殴れば少しは閉まるかも。
「レティシア!」
体勢を低くして駆けだしたのに、すぐにクレイグに腕を掴まれてしまった。
「離して」
「無茶をするな!」
「この世界で闇属性の影響を受けない人間は私だけなの。私が行かなくてどうするの」
「しかし……」
「クレイグ、がっかりさせないで」
自分の立場と今の状況を冷静に考えて。
なにも死ぬ気なんてないわよ。
私はあの扉の前でも普通に生活できるはずなんだから。
「俺も行く」
これが最大限の譲歩か。しょうがない。
短時間なら大丈夫なはず。
魔力吸収とアリシアの魔法で、クレイグも死なせはしないから。
「わかった。行くわよ」
走り出した私とクレイグを止める者はいない。
誰もが他に手はないとわかっているから。
まだかろうじて息があった魔獣が、よろよろと立ち上がるのが見えたけどかまやしない。
全速力で駆け、扉まであと三メートルほどのところまで来た時に突然目の前が明るくなった。
「ペンダントだ」
「え?」
思わず足を止めてしまった。
胸のペンダントがひさしぶりに眩しいほどに輝いている。
『投げなさい』
女神!?
え? 手助けしていいの?
いや、そんなことを言っている場合じゃない。
こういう時は鎖を引きちぎって……切れない。首が痛い。
えーー、これってどうやって外すんだっけ?
「はずすのか?」
さすがクレイグ、話が早い。
「あそこに投げて!」
まっすぐに扉を指さした。
「よし」
そこからのクレイグの動きは早かった。
遠慮なくペンダントを掴んで鎖を引きちぎり、振りかぶって綺麗なフォームで扉に投げる。
ものすごい速度で一直線に扉に飛んだペンダントは、ぶつかる直前で止まり、光を放ちながらくるくると回転し始めた。
その後どうなったかはわからない。
たぶんクレイグは、私を荷物のように抱えて、扉を背に何歩か走ったんだと思う。
地面が見えるなーと思ったら、くるりと回転して空が見えて、そのあとは肩か胸に顔を押し付けられて何も見えなくなった。
ただ、地面に倒れ込んだのだけはわかった。
「うわーーー!」
「眩しい!!」
「見ると目が潰れるぞ!」
魔獣たちの悲鳴と人々の声からすると、ペンダントの光は直視出来ないくらいに眩しく輝いているようだった。
「詠唱を止めるな」
大神官の声が意外と近くから聞こえた。
まだアリシアが詠唱を続けているのに、今まで気づいてなかったわ。
しばらくしてあたりが静かになったので、おそるおそる薄目を開けて視線を落として地面を見てみた。
特に眩しさはない。
砕けた魔晶石が日光を反射して輝いているだけだ。
道理であちこち痛いと思ったわ。
魔晶石の上に倒れ込んだから、手足に切り傷が無数に出来ているんだ。
「無事か」
クレイグがゆっくりと立ち上がり、私を引き上げて起こしてくれた。
腕も足も傷から血が出ているけど、特にひどい痛みはない。
そっと動かして確認しても問題ないようだ。
「私は平気」
「よかった。……っ」
「肩を痛めたの?」
「そのようだな。あとで回復してもらおう」
私を守ろうとしたせいだ。
扉の前からアリシアたちのいる場所まで戻っているということは、全速力で引き返して、アクション映画みたいに私を抱いたまま飛んで地面に倒れ込んだんでしょ?
……ちょっとそれ、見てみたかったな。
「アリシア、もういい。……先程、女神の声が聞こえた」
「私もです。何があっても詠唱を続けるようにと」
詠唱を続けられるように、光がさく裂した時に大神官が扉に背を向けて壁になり、アリシアを抱きしめていたようだ。
聖女も大神官も、立派に務めを果たしたのね。
結界の扉はすっかり様変わりしていた。
メタリックって言えばいいのかな。
ボルトがいくつもついた銀色の巨大な扉は、たぶん自動ドアのように左右に開く形式だ。
見た感じ、崖に軍事施設が埋まっているみたいだ。それも近未来の。
そして今回は無理やり開けようとする者を排除するためか、扉の前に十畳ほどの空間を囲むようにして格子の壁が出来ている。
天井は普通に格子だけど、壁面部分は古いエレベーターで扉が斜めの格子になっているやつがあるじゃない? あれに似ている。
女神の新たな趣味なのかな。
近未来系のアニメが面白いって言っていたしな。
「結界強化は成功した! 作戦完了だ!!」
クレイグの言葉が心に響くまでちょっと時間がかかったんだろう。
ワンテンポ遅れて、歓声が広がった。
「馬鹿な……滅びるはずが……」
神獣の足元に無様に倒れているオグバーンを気にする者は誰もいない。
ひとりで死ぬ勇気もなくて、この世界ごと滅んでしまえなんてあほなことを考えるやつは、眷属の怒りが消えるまで苦しめばいいのよ。
「この男はもらって行くよ」
神獣の姿が消え、アシュリーが片手でオグバーンの襟首を掴んで引き上げた。
「レティシア! おまえのせいだ! 兄が死んだのも全て!!」
「そんな言葉で私が傷つくと思っているの?」
無視しようと思っていたけど、そこまで言われたら言い返したくなっちゃうじゃない。
「私があなたに伝える言葉はただひとつ」
巫子は品がないと言われそうだけど、これだけは言わせて。
「ざまーみろ! 勝ったのは私達よ!」
腰に手を当てて高らかに言ったら、私の肩を抱き寄せてクレイグが声をあげて笑い出した。
「さすがレティシア様」
「そうだそうだ」
「神獣の巫子様 万歳!!」
ラングリッジ騎士団は大喜びだし、オグバーンが悔しそうな顔をしているから大満足よ。
本当は中指を立ててやりたいところだけど、この世界では意味がないからなあ。
「きみが無事でよかった」
周りに人がいるというのに全く気にせずに、クレイグが頭にキスしてきた。
「あなたが守ってくれたんじゃない」
「きみを守れてよかったよ。本当に……」
「ふふふ。あなたは私だけじゃなくて、この世界を守ったのよ」
あの時、私の気持ちを尊重してくれたのは、本当に嬉しかった。
普通の男なら、もっとためらったと思う。
それに彼が一緒に来てくれたから、ペンダントを投げられたんだ。
「あ、首から血が出てる」
「まじか。すまん。無茶をして鎖を切ったせいだ」
「いいのよ。私ひとりだったらペンダントをつけたまま扉に体当たりするしかなかったわ」
「想像するだけで胃がキリキリするからやめてくれ」
あれ? ペンダントで結界強化が出来るんだったら、初めからそうしていればよかったんじゃない?
そしたらアリシアが苦労しなくても済んだし、今日だって簡単に……。
『楽しようとすんじゃないわよ! 今回は特別よ!』
あ。もう普通に話しかけてくるんだ。
女神の声が聞こえたと感激しているアリシアと大神官に申し訳ない気になってきた。
あと二話で完結です。
もう少しお付き合いください。




