嫉妬と嫌がらせ5
空き教室でリアン様に抱き締められている間、ずっとこの時間が続いてしまえばいいのにと思ってしまう自分が嫌になった。リアン様を拒否しているのは自分なのに、こうしてリアン様に求められて喜ぶ自分がいる……。嫌な女だって思われているだろうな……リアン様に本当の事を話して、好きだと言いたい私と『予知夢』での出来事が本当に起こるのか起こらないのか不明な今はまだリアン様に話してはいけないと否定する私がいて。どちらにも傾きそうなのに、否定する私に重きがいってしまう。
そっと体を離したリアン様に額に口付けられ、行こうと促されて空き教室を出た。
教室に着くとリアン様と別れてアウテリート様のところに行き、心配げな面持ちをされるので大丈夫ですと首を振った。
「フィオーレ、気を付けなさいよあの王女。油断ならないわ」
「王太子殿下が王宮へ帰したのなら、取り敢えずは大丈夫なのでは?」
「と思いたいけど……王女に甘々な陛下なら、王太子命令で動いている騎士の動きを止められる」
「あ……」
アウテリート様が何を言いたいか察した。もしも王宮に戻されたリグレット殿下を見た国王陛下が、学院に戻すよう命じれば騎士達は従わざるを得ない。王太子と国王の命なら、どちらに重きが傾くか分かってしまう。
「早くどうにかしてほしいわ……」
「アウテリート様?」
「……王太子殿下が陛下とあの王女を排除する為に動いているでしょう? おじ様も噛んでいるなら、さっさとしてほしいわ」
「オーリー様ですか?」
「ええ。……助っ人を呼んだよって言うから、誰が来たかと思ったら……」
「?」
1人小声で何かを言うと深い溜め息を吐き、額に手を当てたアウテリート様は心底困った様子で。私に何か出来る事はと告げると顔を上げられた。
「フィオーレが出来るのはリアン様の側にいる事。後、絶対に1人にならない事。いい? 絶対よ?」
「で、でも、それだとリアン様やアウテリート様達に迷惑が……」
「何かあってからじゃ遅いの。只でさえフィオーレはぽやぽやして危なっかしいのに」
前にエルミナにはのほほんとしていると言われたけどそこまでのんびりしてるように見えるのかな……。
念を押すアウテリート様に頷き、そろそろ授業が開始するからと席に着いた。
……胸がざわざわするのはどうしてなんだろう。
こういう時は大抵碌でもない事が起きる前兆。
――それが事実だと私が知ったのは昼休みに入ってからだった。
アウテリート様と食堂へ向かう途中、ハンカチを鞄に入れたままなのを思い出して1人教室に引き返した。一緒に行くと言うアウテリート様には席取りを頼んだ。昼の食堂は激戦で早めに行って席を確保しないと食べる場所がかなり限られる。教室に戻って食べてもいいけど、食べ終えた食器を戻すのにまた食堂に戻らないといけないから2度手間となり、実際にしている生徒は殆どいない。
残っている生徒が少ない教室に入って席に向かい、鞄からハンカチを取り出しスカートのポケットに仕舞った。いつもハンカチを入れる場所を決めているから、すぐに見つけられる。
遅くなったらアウテリート様が心配するのですぐに教室を出た。食堂へ向かう道中、登校中リグレット殿下の取り巻きだった数人の男子生徒が行く手を阻んだ。
ニヤニヤと嗤う彼等に嫌な予感がしつつも、弱気なところは見せられない。
「……何か御用ですか」
「エーデルシュタイン嬢、僕達と一緒に来てほしい場所があるんだ」
「お断りします。食堂で友人が待っているので」
「妹がどうなっても良いの?」
「なっ」
妹? エルミナ?
1人が出した言葉に過剰に反応してしまう。彼等の様子から察するにエルミナに何かをしたのは明白だ。
「エルミナに何をしたのですか……!」
「まだ何もしていないよ」
「っ……」
つまり、私の対応次第でエルミナをどうにかするつもりという意味……。
「何が目的ですか……」
「エーデルシュタイン嬢の事は前から狙っていたんだ。とても可愛い令嬢だって」
「妹君が大事なら、僕達とおいで。痛い事はしないから」
「っ」
肩に男子生徒の手が置かれ、肩が跳ねた。服越しからでも手の感触が気持ち悪くて顔が青くなっていく。
リアン様……リアン様なら……気持ち悪いなんて思わないのに……。
エルミナを助けるには私が一緒に行かないとならない。昼時、食堂から離れた廊下は人気がない。狙っていたんだ……私が1人になるのを……。
彼等はリグレット殿下の取り巻き、朝のアウテリート様の言葉が蘇る。甘く見ていたのは私が大馬鹿だった。
私が逃げないよう囲み、場所を移動すると掛けられ、震える足で何とか歩き始め……着いたのは普段から使用されない物置小屋。古い机や椅子が置かれており、物置小屋に入るなり腕を掴まれ机に押し倒される。
抵抗する私の腕を2人がかりで押さえ付け、もう1人が制服に手を掛けた。
見上げる先にあるのは彼等の厭らしい笑みや耳を塞ぎたくなる言葉。
「悪く思わないでくれ。これも王女殿下の為だ」
やっぱりリグレット殿下の差し金だった。リボンが解かれ、制服のボタンが外されていく。
たす……けて、助けて……リアン様……
「――お前達、寄ってたかって1人の令嬢を襲うなど言語道断! 恥を知れ!」
「殿下! 此方です!」
全部のボタンを外されシャツを開かれそうになった時、けたたましい声が物置小屋内に轟いた。私の腕を押さえていた2人が慌てて手を離し、私の制服のボタンを外していた人は私から離れた。体の前を隠しながら上体を起こした私は駆け付けたのが今朝見掛けた王太子殿下の護衛騎士だと知る。
逃げる男子生徒3人を2人で気絶させ、もう1人の騎士が王太子殿下とリアン様と一緒に駆け付けた。
「あ……」
リアン様と目が合った。
……助けてほしいと願った人が側にいる……助かったのだと安心したら、視界が潤み瞬きをしたら一瞬クリアになってもすぐにまた潤んだ。幾つもの雫が零れていく。
大きく目を見開いたリアン様は上着を脱ぎ私の体に掛け、痛いくらいの力で抱き締められた。
リアン様が側にいるのだともっと感じたくて私もリアン様に抱き付いた。力は更に強くなり、さすがに体が痛くて背中を叩いたら若干緩めてくれた。
「フィオーレ……君が、床に転がっている奴等に連れ出されたと聞いた時……君に何かあったらと考えただけで……気が触れてしまいそうだったっ」
「リアン、様……私……リアン様に、助けてって願ったんです……リアン様が来てくれて、私……」
「フィオーレ……」
自分自身何を言いたいのか分からなくなっていても、額に薄っすらと汗を浮かべるリアン様を見て更に涙が止まらなくなった。必死になって駆け付けてくれたのだと思うだけで嬉しくて、同時に自分が情けなくて嫌いになってしまう。
リアン様を拒絶しておきながら、リアン様に助けを求める身勝手な女だって何時か嫌われたら……その時の私は正常でいられるだろうか。自分で蒔いた種なのに……。
背中を何度も優しく撫でられながら、少し距離を離したリアン様は上着のボタンを締め前を隠してくださった。それが終わるとまた抱き締められ、額に何度もキスをされた。
「リアン」
王太子殿下に呼ばれたリアン様が顔だけ動かした。
「騎士達の話を纏めると、どうもリグレットは帰っていなかったみたいだ」
「何故だ。ムルの護衛騎士が連れ帰った筈じゃ」
「父だ。父が別の騎士を使ってリグレットをそのまま登校させてしまったらしい」
アウテリート様の読みは当たっていた。リグレット殿下に甘い国王陛下が別で騎士を動かし、王太子殿下の命令によってリグレット殿下を王宮へ戻そうとする騎士を牽制した。ただ、王太子殿下の護衛騎士は納得がいかなかったようで密かにリグレット殿下の動向を見張っていた。何事も無ければ昼休みに入った王太子殿下に報告へ行くとなったが、取り巻きの男子生徒を使って私を襲う計画の実行を知った騎士達は急ぎ私の居場所を付き止め、突入する方と王太子殿下への報告役とで分かれた。
「エルミナは、エルミナは無事ですか? 私が言う事を聞かないとエルミナに危険がって……!」
「エルミナ嬢? ……転がっている連中はフィオーレを従わせる為に平気で嘘を言ったのか」
「う、そ?」
「俺とムルが生徒会室に行ったら、忘れ物を取りに来たとエルミナ嬢と友人の令嬢が一緒だった。彼女達はすぐに食堂に行った。エルミナ嬢は無事だよ」
「よ、良かった……」
エルミナが無事ならそれでいい。
エルミナが無事と知って体から力が抜けていく。リアン様が抱き締めたままではなかったら、今頃後ろに倒れていた。
「殿下、この生徒達は如何なさいますか?」
「リグレットの差し金だろうと令嬢に暴行未遂を働いたのは見過ごせない。即刻連行し、彼等の家に連絡を入れ登城させろ」
「はっ!」
「それと……リグレットを捕らえ城へ戻ってくれ。今度も陛下の騎士が邪魔をしないとは限らないから、おれも同行する。リグレットを捕らえたら伝えに来てくれ」
的確な指示を1人1人に出し、命じられた騎士は外へ走って行った。
私を抱き上げたリアン様は王太子殿下に幾つかの言葉を交わすと医務室に向かった。先生は生憎と不在で、医務室を利用している生徒もいない。
ベッドに下ろした私にキスをするリアン様。怖い気持ちを消す優しい口付けをもっとしてほしくてリアン様の首に腕を回すと私の後頭部と背中に触れ、ベッドに倒された。
男子生徒達に机に押し倒された時は凄まじい恐怖と嫌悪に襲われたのに、相手がリアン様というだけで恥ずかしさとそれに負けない喜びしかない。
キスが終わると互いを見つめ合う。熱の籠った青の瞳をぼんやりと見上げているとキスが再開した。
「ん……んん……」
「……フィオーレ……ん……」
「リアン……様ぁ……」
「リグレットを……片付けるまで……俺の側にずっといてくれ、……また君に何かあったらと思うだけで……狂いたくなるんだ」
キスの合間に切なげな声で訴えられてしまうと気持ち良さに喘いで理解が追い付いていない私は頷くしかなかった。
「……あいつらに……何かされた……?」
「なに、も……制服のボタンを外された、だけ……です」
「触られなかった……?」
「大丈夫……です……」
肩を触られたけれど制服越しで直接ではないからまだ耐えられた。
私が答えると少しだけ安心したリアン様は、私に掛けてくれた上着を退かしシャツのボタンを付け始めた。
全部付け終えると最後にリボンを結んでくれた。
顔を近付けたリアン様に再び口付けられ、王太子殿下が来るまでずっとキスをし続けた。
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