夢の中の声
詳細はお義母様が戻られたら話す事となった。ガルロ殿絡みで後から話されると最も気にしてしまうのはお義母様だから。父親が弟だから、というのもあるのだろう。
両腕の手当ては保健室でされたから良しとして、髪の毛に関しては手櫛で適当にしただけだから若干乱れたまま。侍女にブラシを通してもらい、お義母様が戻るまで休みたい旨を伝えると部屋を出てくれた。
ベッドに横になり、先程のリアン様の相貌が目に焼き付いて離れない。悲しそうで、縋るような顔をされたのはどうして? あなたが好きなのはエルミナでしょう? 『予知夢』は外れない。的中率100%と絶対。覆らない。
「……」
色々事が起こって自分で思う以上に疲れていた。瞼を閉じるとすぐに意識は深く沈んでいった……。
――次に私が目を覚ました時、ベッドに横になっていたのに何故か立っていた。壁も床も天井も白一色の世界。長い廊下の壁には一定間隔で絵画が飾られていた。
だが、そのどれにも絵は描かれてない。金色の額縁、赤色の額縁、青色の額縁、様々な額縁があるが絵の中は真っ白。
どんな夢なのだろうかと不思議な空間を歩き出そうとした時。「お嬢さん」自分の夢の中ならば、自分で生み出した登場人物に全身が飛び上がる驚きは感じなくてもいいのに……不意に声を掛けられ、恐る恐る振り向くが誰もいない。また前を向いても、やっぱり誰もいない。
学院で感じるあの視線と同じだ。
「今はまだ姿を見せられないの」
声だけはしっかりとある。
「見せられないって」
「お嬢さんの夢に干渉してるだけだからよ。それより、壁に飾られた白紙の絵画に興味は抱かない?」
「抱きますがこれは一体……」
「これは、人間の運命を表す絵画よ。但し、認められた者にしかこれは見れない」
触れてごらん、と言われ、言う通りにした。疑問を抱かないのは私が気になっている事を知れるかもしれないという期待を抱いて。
青色の額縁に触れた瞬間――白紙の絵画に絵が浮かび上がった。人の手で描かれたにしては鮮明な絵。
それだけじゃない。絵は動き、人物は声を発していた。
「絵画になっているのは私がそうしただけ。本来は糸という形で現れるの」
「糸?」
「そう。あなたに流れる2つの血と私が18年前授けた祝福が影響して、他人の運命を見られる力と予知能力が複雑に混ざり合ってしまったの。本来であれば、あなたに目覚めることのなかった力よ」
「……」
女性の話す言葉はどれも私には理解が追い付かない。嘘を言っていると抱かないのは、女性の声色が真剣で知らないのに知っている錯覚を抱かせるから。何より、私がエーデルシュタイン家の予知能力を持つと知るのは極限られた人だけ。皆、勝手に他人に口を滑らせる人達じゃない。
女性が何者か訊ねても何れ知る時が来ると言われるだけで教えてもらえない。
「私に目覚めることのなかった力とは、私の予知能力のことですよね?」
「正確には予知能力ではないの。思い出してみなさい。あなたの視る予知は、周囲にいる人限定で起きていたでしょう?」
「それは……はい」
「あなたが無意識に他人の運命の糸に触れ、先を視てしまった。それを予知能力と勘違いしただけよ」
「な、なら、私が視る夢は? 私は夢でエルミナを……妹に酷い事を沢山しました」
「それは……、……ああ、残念。時間切れよ」
「え」
周囲の光が強くなっていく。女性の声が遠のいていく。待って、まだ聞きたい事が沢山あるの。私は追放された後結局死んでしまったの? リアン様とエルミナはちゃんと最後まで幸せになれたの? これが事実じゃないなら、事実って一体何なの……。
問いたくても声は出てくれなかった。急激に襲った睡魔に意識を奪われていく。
変な感じ。夢の世界なのに……。
「ん……」
あの眩しい光がなくなり、誰かに呼ばれている気がして瞼をゆっくりと上げた。寝惚けた意識が段々と明確になっていく。視界が鮮明になると心配げな面持ちをしたお義母様がいて。手が私の頭に触れた。
「お……義母……様……?」
「起こしてしまった? ごめんなさい。旦那様に学院であったことを教えられていても立ってもいられなくて……」
「いえ……」
夫人会から戻ったお義母様はお父様に事の経緯を聞き、慌てて私の部屋へ飛んで来たそうだ。肝心の本人がぐっすりと眠っていたから安堵した。
「お義母様に頭を撫でられるの、なんだか懐かしいですね。小さい頃はよくしてもらいました」
「そうね……大きくなったから、もういいよ、とあなたは言うけど親にとって子供は何歳になっても子供なのよ」
寂しげに笑うお義母様に胸がチクリとした。私が前妻の娘だと知らされる前は、よく寝る前に頭を撫でてほしいとお願いしていた。以降はしていない。年齢もあったけど、私にはその資格がないと思って。
何歳になっても親にとって子供は子供。
「……トロントおじ様がそうなのでしょうか」
「……でしょうね」
私の発言の意図を瞬時に理解したお義母様は深く溜め息を吐かれた。お義祖母様は最後に生まれたトロントおじ様を特に溺愛していたとお義母様やカンデラリア公爵様は話す。歳を重ねても母にしたら可愛い息子。息子にしたらどんな時だって味方になってくれる母親。共通の敵を前に2人でいれば怖くはない。
学院から経緯が書かれた手紙は届いており、お義母様と一緒にお父様の待つ執務室へ向かった。
私が起きるのを待っていくれたお父様は執務机に手紙を置いた。
「手紙を書いたのは王太子殿下だった。指定された日に登城してほしいと。呼び出すのはフィオーレに害意を齎した令息達とその家だ。勿論、私も出席する。君はどうする? シェリア」
「私も行きますわ。元凶はガルロなのでしょう? なら、トロントも来るでしょう。あの馬鹿は、こういった集まりには必ず来ますから。目立ちたがり屋ですし」
……トロントおじ様の名を発する時の声は氷のように冷たい。ガルロ殿に対しても同じ。
「あの、お父様。ガルロ殿は私にイースター伯爵家の跡取りから外されたと言っていましたが事実ですか?」
「事実よフィオーレ」
答えたのはお義母様。イースター伯爵夫人とは、トロントおじ様絡みで何かあったら直ぐに連絡する仲で共に伯爵夫人なら自分の方が相談しやすいからとお義母様は率先して夫人の相談を受けていた。
「ガルロがリグレット王女殿下の嘘を真に受けてあなたに暴言を吐いた時があったでしょう? 王太子殿下が態々、夫人に知らせてくれてね。
トロントはあくまで婿で、伯爵家の実権を握ってるのは夫人。先代伯爵も健在だし、この際だからガルロを跡取りから外したのよ。
お母様やトロントは猛反対したけれど、そこはお父様が黙らせたわ。お前達の自業自得だって」
私の知らない場所で物事は動いていた。跡取りから外された恨みを私にぶつけるとは思わなかったとお義母様に謝罪されるも、誰も予想していなかっただろう。この話し合いでどうなるか決まるがカンデラリア公爵様は、イースター伯爵夫人とおじ様の離縁を考えていると聞かされた。イースター伯爵家は夫人がいるし、先代伯爵も健在。次の跡取りとなる息子もいる。
ガルロ殿とトロントおじ様を追い出しても問題は起きない。
「追い出された2人はどうなるのですか?」
「そこまではまだ何とも。絶対公爵家の敷居には跨がせないとは思うけれど」
「エルミナが戻ったら、この件は伏せていただけますか? お父様、お義母様」
エルミナも危害を加えられた被害者。真相を知る側ではあるが詳細までは知らされない筈。アクア様に切られた恨みを私に向け、代償としてエルミナが狙われたと戻ったあの子にもそう伝えよう。納得いかない顔をされるもお父様もお義母様も頷いてくれた。
下手に話をして、エルミナの心配を増やしたくない。
王太子殿下も不用意な事は言わない人だから、信じよう。
……残るは。
「……お父様。ロードクロサイト様から婚約の打診があったとは本当なのですか?」
リアン様の件。
「本当だよ。フィオーレが入学して割とすぐに来た」
「何故、私なのですか? あまり接点はありませんが」
「そうだな。私も最初はエルミナと間違えているのではと抱いた。けど違った。確かにリアン様はフィオーレに婚約の打診をされた。
フィオーレは1番古い記憶で覚えている事は何かな?」
突然の質問に意味が分からず、困惑しようとも頭の引き出しから記憶を探る。私が覚えている最も古い記憶……。
あ、と声を出してお父様に話した。
「きっと4歳か5歳くらいでしょうか……お父様が私とエルミナを同時に抱っこしようとしたのに、失敗して庭の池に落ちてしまいましたよね」
「う……あ……ああ、そんな事もあったな」
お父様にしたら、あまり触れられたくなかった思い出だったみたいで。その時の私は全身ずぶ濡れになったと言うのに笑っていた気がする。エルミナはキョトンとして瞬きを繰り返していた。
咳払いをして空気を変えたお父様は、婚約の理由を話してくれた。
……私が『予知夢』で視た内容とあまりに違い、聞き終えると気力で平静を装い部屋に戻った。
ベッドに座った私は現実と『予知夢』のあまりの違いに戸惑うばかり。
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