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事情説明と婚約についての説明

 

 私が屋敷に戻るのはリアン様だけではなく、王太子殿下の中でも確定事項だったようだ。既に手配されていた馬車にリアン様と乗り込んだ。私を最後まで送り届けたら学院に戻ると。嬉しい筈の2人きりの空間。なのに、重苦しい空気が流れるのはきっと……。


 エルミナには内緒にしておかないと。エルミナが私を姉として慕ってくれていても、想いを寄せる人が他の女性と同じ空間で2人きりになるのは誰でも嫌だろうから。リアン様は優しいから、エルミナの異母姉だから、私を気に掛けてくれているだけ。


 勘違いをしちゃいけない。



「伯爵が在宅中なら良いんだが……」



 不意に漏らしたリアン様の言葉に小首を傾げた。だがすぐに納得がいった。今回の件を話す為だ。手紙は早急に手配されるが未だ準備をされている最中だろうから、私の帰宅が先になる可能性は高い。

 リアン様の役目は私を送り届けるまで。その先は私がしないとならない。



「お父様には私からお伝えします」

「……いや、別件で伯爵には用があるんだ」



 ……ひょっとして……エルミナの事……?

 それ以上は言わず、私はそうですか、と返し窓を見た。

 これで何度目だろう。リアン様が想っているのはエルミナだと何度も言い聞かせているのに、ちょっと自分の都合の良いことが起きると考え方まで方向がいってしまう。しっかりしろ、フィオーレ。私は絶対にリアン様とエルミナを両想いにさせると決めたのだから。


 私が隣国に行ってしまえば、順番的にエルミナがエーデルシュタイン伯爵家を継ぐ。ロードクロサイト公爵家の跡取りであるリアン様との婚約は本来なら無謀も良いところだが、私は『予知夢』でリアン様が対策を取っているのを知っている。

 お父様には2歳下の弟である叔父様はお祖父様の持っていた男爵位を受け継ぎ、2人の息子を設けていた。長男は次男と違ってかなり堪え性のない子で、本来であれば男爵位を継ぐのは長男なのだが問題が多すぎて次男を後継者にという声が多い。

 そこに目を付け、エルミナの代わりに長男をエーデルシュイタン伯爵家を継げるよう教育すると宣言したのだ。最初は誰もが反対したが、私が伯爵家を追放され、継ぐのがエルミナしかいなくなっても、彼が伴侶と望むのはエルミナだけ。

 エーデルシュタイン伯爵家の領地経営など、家に関わる勉強を除いた、貴族として必要な知識や振る舞い、その他人として大事な教養を全て彼に叩き込み。無事約束を果たすとエルミナとの婚約を許された。


 私は北の鉱山送られた後、きっと死んだのだろう。どんなに視ようとしても先を越えられない。馬車に乗り込む場面しか視られない。


 私が追放され、エルミナの卒業を待って2人は婚約し、結婚式を挙げていた。

 幸福に包まれたエルミナもリアン様も美しく、輝いていた。


 私の入る隙間なんて最初から何処にもなかった。

 ……あ、でも、お父様の姿だけがなかった。拍手を送るお義母様の隣にお父様はいなかった。誰よりもエルミナを娘として大事に愛していたお父様が参列しなかったのは何故だったの?



「フィオーレ嬢。着いたよ」

「は、はい」



 いけない、つい自分の世界に入り込んでいた。リアン様の声を受けて意識を現実に戻した。2人の結婚式についてはもう考えないでおこう。

 先に降りたリアン様のエスコートを受けて馬車から降りると帰宅の報せをしていないから、邸内から執事が慌てて出て来た。



「お帰りなさいませフィオーレお嬢様。急に戻られるなんて……何かあったのでしょうか?」

「ああ……うん。お父様やお義母様は?」

「奥様は夫人会へ。旦那様は今来客中です」

「誰が来ているの?」

「ロードクロサイト公爵閣下でございます」



 え? リアン様のお父様が……?



「丁度良い。フィオーレ嬢、伯爵達の所へ行こう」

「で、ですが、お話し中なら、終わった後の方が」

「俺や君にも関係があるんだ」

「……」



 私とリアン様に? 

 一体何がどうなっているのか。

 ダメ元で執事に取次いでほしいと頼み、私達は屋敷に入った。

 取次を待っている間、客室へ案内しますと前へ出かけた直後、執事が大慌てで戻った。



「お嬢様、すぐに旦那様が応接室に来るようにと」

「ありがとう」



 リアン様が来ている事も報せてもらっているから、そのせいで慌てさせてしまったのかな。リアン様とロードクロサイト公爵様が同時に来るなんてお父様でさえ予想していなかった。

 向かいながら公爵閣下訪問の意図を予想する。が、考えるだけ無駄。

 どう考えてもエルミナとリアン様の婚約しか浮かばない。


 執事に連れられ、お父様と公爵閣下のいる応接室に入った。重苦しい空気が漂う室内には、向かい合って座り、難しい顔をしていたお父様が私を見た途端顔色を変えて走って来た。



「どうしたんだいフィオーレ! こんなに早く帰るなんて……制服が汚れているし、リアン様がいるのは何が」



 やはりまだ報せの手紙は届いていなかった。正直に話そうにも公爵閣下がいる。後程話そうと過ぎるもリアン様が先に話してしまわれた。学院で起きた事件を聞くとお父様だけではなく、公爵閣下までも表情を険しくした。

 お父様が座り直したので私とリアン様は各々の父の隣に座った。



「そんな事があったなんて……」

「報せが届く前に私が先に帰ったみたいですね……」

「いや。無事で帰って来てくれて良かった。……あのトロント(馬鹿)ガルロ(馬鹿息子)のせいでフィオーレやエルミナがとんだ災難に遭うなんて……!」

「あ、あの、エルミナは怪我をしてしまいましたが軽傷です。私は怪我はしていませんから、お父様もあまり怒らないで」

「怒らずにはいられない。イースター伯爵令息が昔からフィオーレを気に食わないのは、トロント殿やカンデラリア先代公爵夫人の吹き込みのせいだが、下の弟や妹に影響がないのは本人の問題でもある」

「……」



 そう。イースター伯爵家で私を嫌っているのはおじ様とガルロ殿だけ。アルス殿とミーティア嬢は人懐っこい性格で私やエルミナと遊びたがる。吹き込みはきっと2人にもされているだろうが影響を濃く受けているのはガルロ殿のみ。イースター伯爵家の跡取りだから、余計強く言い含められたのだろう。

 お父様が怒りを覚えるのだから、今この場にはいないお義母様が聞いたら更なる怒りを覚える。お義母様はおじ様の姉だから特に。



「リアン」



 公爵閣下がリアン様を呼ぶ。



「その件にリグレット王女は絡んでいるのか?」

「……どうとも。今王女殿下は、王宮で軟禁されている」

「ふむ……。伯爵」



 顎を撫でながらお父様を呼んだ公爵閣下は、リアン様と同じ青水晶の瞳を真っ直ぐ私へと向けて紡いだ。



「この2年。貴殿にそこにいるフィオーレ嬢とリアンの婚約の打診をしてきた」



 ――…………え…………?



 今、なんて……?



「貴殿がリアンとフィオーレ嬢の婚約を了承しないのも、薄々リグレット王女の存在があるからだと予想していた」

「それもありました。ただ、最初に言った通り、フィオーレは我が伯爵家を継ぐ子です。リアン様がロードクロサイト家を継ぐ立場になかったらフィオーレの意思を尊重し、婚約を考えました。しかし此度の件、詳細を知り次第ですがやはり婚約の件は無かった事にしていただきたい」



 私とリアン様の婚約……?

 どうして、だって、『予知夢』ではリアン様が婚約の打診をしていたのはエルミナだった。幼い時に会ったお茶会でエルミナを好きになって、エルミナもリアン様を好きになって。2人は両想いで……。

 私は……馬鹿な嫉妬の末に身を滅ぼして伯爵家を追放され、恐らく死んだ。

 何より、公爵閣下は先程2年と仰った。入学当初から婚約の打診があったの? お父様が告げなかったのは今の会話からリグレット王女殿下の存在を心配して。『予知夢』の的中率は100%で、絶対に外れない。何故か身近な人の未来しか視れないがそれだけは絶対だ。



「待っていただけますか、伯爵。伯爵はフィオーレ嬢にこの婚約の話をしていないでしょう」

「……」



 リアン様の責める口調にお父様は眉を寄せた。答えずとも事実だと肯定したもの。



「……もしも、フィオーレが跡取りではなくても、私はこの婚約には反対なのです」

「何故っ」

「隣国の公爵家か……」



 硬い声で漏らしたのは公爵閣下。隣国の公爵家、私の母方のお祖母様の実家。隣国の現王妃出身の家。私の紫紺色の瞳は公爵家と同じ。顎を撫でるのが好きなのか、公爵閣下は私の瞳を捉えた。



「確かにフィオーレ嬢の瞳は隣国のフワーリン公爵家のものだ。王妃の生家であり、王家に次ぐ恐ろしい力を持つ家だ。

 今代の王族は女神に好かれている者が多いと聞く。私が聞いただけでも4人いる。1人はティベリウス先王陛下、2人目はオルトリウス前王弟殿下、3人目は現王弟シエル殿下、4人目は分からない。その先を知るのは禁じられた。

 運命の女神が決めた運命を唯一断ち切る力を持つと言われるのがフワーリン家だ。たとえフィオーレ嬢にその力がなくても、隣国の王族や公爵家を恐れる貴族からすれば厄介極まりない」

「ロードクロサイト家は王家に近い家です。無用な衝突を避ける為にもフィオーレとリアン様の婚約は望ましくない。何より私は、この子には伯爵家にいてほしいのです。ミランダが遺したたった1人の子なのです」

「ふむ……」



『予知夢』は絶対だ。内容がどうであれ、必ず起きた。お祖母様もエーデルシュイタン家が受け継ぐ予知能力は逃れられない未来を回避する絶対な物だと話していた。誰かの不幸を視たら事前に回避し、救うのが私の役目だとも。他人だけではなく、自分の身に訪れる不幸さえも回避しようとエルミナ入学を機に改めて決意した。

 隣国に行ってしまえば全て丸く解決、とはいかなくても私という不安定な要素がいなくなれば誰も不幸にはならない。


 だが間違いだったら? 絶対である筈の『予知夢』が実は絶対ではなかったら? 



 ……。


 ……。


 私は……私のしてきたことは……



「フィオーレ嬢」

「!」



 意識が思考の海に飲み込まれかけた時、私を呼んだ公爵閣下の声によって現実に引き戻された。



「君の意見を聞きたい。

 君はリアンとの婚約をどう思う?」



 3者の視線が私に集中した。未来を知らなければ泣いて喜び、婚約を受け入れた。必死に努力した跡取りしての教育を手放してでも大好きな人の隣を選んだ。

 私には――選べない。『予知夢』は結果を見せるだけで経緯までは知れない。なら、私の取れる選択肢はやはり1つしかない。



「私には過ぎた話です。()()()()()()()()様の婚約者は私では相応しくありません」

「……」



 名前を呼んでほしいと言われても2人だけの時しか言えない。傷付いた表情をし、呆然とするリアン様を見ただけで胸が張り裂けそうになる。

 耐えて、今からもっと耐えないといけないから。



「私よりも、エルミナの方が()()()()()()()()様の婚約者に相応しいかと。血筋も私より上で公爵夫人になるに最適かと」

「フィオーレ。血筋がどうかは関係ない。仮にあったとしても、ミランダはアルカンタル伯爵令嬢だった。王国一の財力を持つアルカンタル伯爵家と真っ向から争って勝てる家は殆ど存在しない」

「ですが……エルミナとリアン様がとてもお似合いなのは本当で……」



 お互いの気持ちを隠してはいるが2人が一緒にいる様子は何度か見た。『予知夢』通り、理想の恋人達なのだ。今度は公爵閣下が口を開かれた。



「どういうことだリアン」

「……エルミナ嬢とは何もない。生徒会の仕事も彼女とはアウムルを通してしか関わってない」



 リアン様の整った相貌がより悲しみに染まり、意地でもエルミナへの想いを隠そうとする姿勢に困惑する。無理に私と婚約を結ばなくてもエルミナを選べるのに選択しないのは、別の意図があってのことなのか。


 ――あなたが好きなのはエルミナでは……ないの?


 そう言えたら、私の中の不安も払拭されるのかな……。



 結局、まともな答えも出ず、話し合いは終わった。リアン様達を見送る際、濃い青の瞳に見つめられ全身の動きが止まった。黒にも見えなくもない青は何を表しているのか。


 私がそれを知るのはもう少し後のこと……。





読んでいただきありがとうございます!



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