冤罪2
未だガルロ殿が悲鳴を上げている最中、今ままでの経緯をリアン様に話した。時折、髪や腕を引っ張られた時や大声で怒鳴られた怖さを思い出して声が止まってもリアン様は急かさず、私が話すのを待ってくれた。労るように頭を撫でられ、強張る体からも力が抜けていく。全部を話し終えると王太子殿下が険しい声色でガルロ殿達を非難した。
「つまり、こういう事か? お前達は、フィオーレ嬢が窓の近くにいたから犯人と決め付けたのか? 普通、物を落とした犯人がずっと同じ場所に居続けると思うか?」
「で、でも僕達は!」
私の髪をガルロ殿と一緒になって引っ張った男子生徒が言い訳を紡ごうとするが「ではこうしよう」と王太子殿下は遮った。
「事は生徒同士のいざこざを超えている。下手をしたら、死人も出ていたかも知れない。真犯人が捕まったとリアンが言っているのにフィオーレ嬢を犯人と決め付けるんだ。相応の証拠があるのに違いない」
「あ……ぃや……その……」
「後日、話し合いの場を設けよう。
ガルロ=イースター君、マルコ=グリシェン君、アドラ=ウッドロウ君、フレッド=アシル君。君達の家には明朝、今回の件を記した手紙をそれぞれの家の父君に届くよう手配する。ああ、ガルロ君は母君にするよ。イースター家の正式な主人はイースター伯爵家出身の君の母君で父君は婿養子に過ぎないから」
ガルロ殿はリグレット王女殿下の件で名前を知っているとはいえ、他の3人の名前を知っているのはさすがだ。
「オル……オーリー様も此処は私に任せて頂けますか?」
「僕は他国の隠居貴族だよ? この国の貴族の争いに首を突っ込む気はないよ。ただ、手を貸してあげるのは出来る。必要な事があれば言っておくれ」
「……では、当日彼等への聞き取りのご協力をお願い申し上げたい」
「構わないけれどいいのかい? 尋問官がいるだろう」
「あなたに任せた方が確実だと思いますので」
「そう。ところで真犯人は捕まってると言っていたけど誰だったの?」
私も気になっていた。リアン様を見上げると「ドロシーという女子生徒だ」と教えられ瞠目してしまった。ドロシー様といえば、新入生歓迎会の日にアウテリート様が隣国の公爵令嬢と知らずに侮辱しアクアリーナ様に切られてしまった方だ。その後の形跡を全く知らなかった。
何故ドロシー様が一歩間違えれば人を殺す凶行に走ったのか。心当たりはアクアリーナ様に切られたのを私にせいにしたとか? だが、今回は偶然私があの場に居ただけでもし外にいたらどうしていたのだろう。
「ドロシー様が真犯人だと分かったのは何故です……?」
「アクアリーナが捕まえたんだ」
「アクア様が……」
「……アクアリーナと親しいのだな」
「え? ああ、えーっと」
親しいと聞かれると悩む。アクアと呼ぶように言われただけで交流らしい交流がない。
ドロシー様を捕まえた経緯を訊ねれば、私との会話を終えたアクアリーナ様は教室へは向かわず2階フロアで降り教員室に用があり足を向けたらしい。その途中、上から何かが降ってくる光景を視界の端に捉え、直後大きな割れる音を聞いたアクアリーナ様が窓から下を覗き込むと手を前へ突き出すように倒れているエルミナがいた。近くには割れて土を散乱させた植木鉢が……。当たったのだと大慌てで窓から離れ外へ行こうとした刹那、青白い顔をしたドロシー様が階段を降りていくのを目撃し、怪しいと睨んで外へは行かずドロシー様を追った。
人気のない場所に着くと独り言のように「私は悪くないっ、悪いのはあいつの姉よっ」と呟くのを耳にしドロシー様が植木鉢を上からエルミナを狙って落としたのだ。
「ドロシー様がどうして……」
ドロシー様の独り言の姉が私なのはエルミナを狙った時点で解った。問題は何故彼女に恨まれたか。
「多分だが……新入生の歓迎会を覚えているか?」
「はい。ドロシー様がアウテリート様を隣国の公爵令嬢だと知らなかったあれですよね……」
「ああ。恥をかかされたとアクアリーナはドロシー嬢をその日中に切ったんだ。元々、ノーラント侯爵令嬢の取り巻きの中でも親しくしていたのを図に乗っていた節があったんだ。アクアリーナに切られたドロシー嬢には友達がいなくて以来1人ぼっちになったんだ。そこに目を付けたそいつらがドロシー嬢に話を持ち掛けたみたいだ」
私を陥れ、学院だけではなくエーデルシュタイン伯爵家にいられなくようにする為に……。
ドロシー様が私を恨んで持ち掛けられた話に乗ったのは理解しても、ガルロ殿達が凶行に及んだ理由はまだ知れてない。
それは王太子殿下が決める話し合いの場で明らかにすると宣言された。手首を折られたらしいガルロ殿も無事な他3名の男子生徒も後から駆け付けた教師達に引き渡され、自宅謹慎となった。早急に各家に事情を報せる手紙を書いた王太子殿下が従者に届けるよう託した。
私といえば、リアン様に抱えられ保健室に連れて来られた。
設置された椅子に座らされ怪我の有無を訊ねられた。
「痛い場所や怪我はないか?」
「大丈夫ですよ、髪や腕を引っ張られただけです」
「っ……」
非常に痛かったが殴られるまではなかった。いや、オーリー様やリアン様達が助けてくれなかったら、頭に血が上ったガルロ殿に殴られていた可能性は大いにあっただろう。痛ましげに顔を歪めたリアン様は私の腕にそっと触れた。
「今回の件にリグレットが絡んでいる可能性は低いだろうが断言はしない」
「今は王宮で謹慎中だとエルミナに聞きました」
「ああ。王女としての振る舞いをしているとアウムルが判断するまでは、外に出て来るなと告げたらしい。王妃殿下の計らいで大変厳しいと有名な家庭教師もついた。まあ、1日で解雇になったがな」
「そ、それはまた」
「国王陛下が解雇にしたんだ。それでまた、王妃殿下と陛下の溝が深まった」
「……」
王族の問題に一伯爵令嬢が首を突っ込むものではない。
ここは何も言わずにおこう。
袖を捲っていいかと問われ、戸惑いがちに頷いた。リアン様に捲られ、顕になった腕は予想以上に酷かった。
力加減を無視されていたから手形がくっきりと残り、痛々しいまでに赤い。明日になったら青痣に変わっているだろう。
「……君の腕を握っていたのはイースター伯爵令息と後は誰だ?」
「アシル、男爵令息です」
「アシル男爵家か。廃嫡ものだな」
アシル男爵家はお母様の実家アルカンタル伯爵家から多大な支援を頂いていた。傾きかけていた領地経営も支援のお陰で持ち直したというのに、孫に当たる私にこの様な行いをした。当然、アシル男爵の耳に入れば只では済まない。良くて廃嫡だろうとリアン様は言う。
「アシル男爵家には他に子供はいなかった筈だから、あいつが廃嫡されれば跡取りがいなくなるな」
「ガルロ殿は、前々から私が気に食わなかったのは知ってます。他の3人とはどういう繋がりなのでしょう……」
「それは後日設けられる場で分かるだろう」
私から離れたリアン様が棚を漁り出した。中から包帯と薬を持ち出し、赤く変色した腕に薬を塗り、最後に布を当てて包帯を巻いてくれた。今は保健室の先生が不在なので応急処置しか出来ない。この後はエーデルシュタイン伯爵邸に帰ろうと告げられた。
「もう話は伯爵にも届く頃だ。授業を受けるより、今日は帰った方がいいだろう」
「エルミナはどうしているのですか?」
「手当を受けた後は友人と教室に行ったよ。エルミナ嬢はこのまま授業を受けると選んでいたから」
なら私も、と発しようとするとリアン様に首を振られた。
「君は駄目だ。イースター伯爵令息達の件が片付くまで休んだ方がいい」
「で、でも、ガルロ殿達は登校されないのでは? 流石に王太子殿下や先生達にも知られましたし……」
「隣国から来てる人もいたから、話し合い当日までは自宅謹慎だろうな。……それまで息をしていればいいが」
最後だけ声量を下げられ何を言われたか聞こえなかった。首を傾げても「何でもない」と首を振られ、授業に出るという選択肢はリアン様の中にはもうない。差し出された手を取るしかない私はリアン様の手の上に自身の手をそっと乗せた。
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